人間が類人猿より進化できたのは、料理というありふれた日常の行為のおかげかもしれない。先週の学会でこのような研究報告が発表された。
食事の支度という習慣は人間の摂食時に特徴的な行為と考えられているが、その起源は、180万年前の絶滅したヒト属ホモ・エレクトスまでさかのぼる。
アメリカ、イリノイ州にあるノースウェスタン大学の人類学者ウィリアム・レナード氏は今回の研究結果を受けて、「食生活の進化を支えているのは人間の柔軟性と適応性だ。私たちを人間たらしめているのは、身の回りで食物を探したり作ったりする能力である」とコメントしている。
狩猟採集生活を行っていたホモ・エレクトスは、初期のヒト属に比べて大型の脳と体を有していた。手に入れた動物の肉を調理する機会も多かったはずだ。しかし、この“最初のシェフたち”がなぜ食物を加熱するようになったのか、その理由については様々な議論がある。
2月12日、アメリカ、マサチューセッツ州にあるハーバード大学の生物人類学者リチャード・ランガム氏が自身の仮説に対する新たな証拠を提出した。「食物を調理することで、食事に要するエネルギーが削減される」というものだ。
シカゴで開かれたアメリカ科学振興協会の年次会合でランガム氏は、「人間を含めた霊長類が他の動物との生存競争に打ち勝つには、効率よくエネルギーを得る必要がある。食事から取るエネルギーを多く得られる種が自然淘汰を生き延びていくのである」と述べている。
同氏によると、加熱すればデンプン類がゼリー状になり、タンパク質は分解され、硬い食物が柔らかくなるという。食物の組織構造が変化し成分の化学的変化が起こることで、摂取や消化が容易になるのである。
調理という食生活の変化は、現生人類の人体の構造にも反映されている。例えば、私たちのアゴは最初期の祖先よりかなり小型化しており、硬い食物を食いちぎる能力が弱まっている。また、私たちの消化管は調理した方が食物を消化しやすい構造になっている。
ノースウェスタン大学のレナード氏によると、高品質で高カロリーな食事の必要性は生存圏の拡大という衝動と分かちがたい結び付きがあり、私たちが類人猿 をしのぐようになった大きな理由の1つだという。健康的な食事が世界中で多様化しているのは、さまざまな食物を探して調理する人間の驚くべき能力に起因し ているのではないかと同氏は考えている。
しかしその反面、私たちの多くは狩猟採集民だった祖先と比べて座って生活することが多くなっている。私たちは高カロリーの食事を続けているにもかかわらず、初期人類と比較して運動量は減少しているのだ。 「進化は成功したが、私たちはその犠牲者でもある」と同氏は指摘する。
古代の生活様式に戻れば“文明病”は解消されるという研究もある。例えばある研究論文には、オーストラリアの先住民アボリジニの糖尿病患者にその祖先と 同じ食事を与えたところ、7週間足らずで糖尿病が治ったと記されている。また、数千年前から同じ行動範囲を維持している狩猟採集民族に歩数計を持たせると いう実験も行われている。この実験では、歩数計を付けた被験者全員がそろって1日約13キロというほぼ同じ距離を歩いていることが判明した。
各国政府は健康維持のために1日10キロほどの歩行を推奨しているが、実験で判明した狩猟採集民の歩行距離はこの数値に驚くほど近い。この結果は、“古 代の生活様式が最も健康的”という発想の信憑性を高めている。とは言え、安易に古代食ダイエットに飛びついたとしても、奇跡的な体重減少が期待できるわけ ではない。レナード氏は、「古代食に着目したダイエット本にはいい加減なものが多い。実践すると危険なものもあるかもしれない」と警告を発している。
Illustration by Jack Unruh/NGS
食事の支度という習慣は人間の摂食時に特徴的な行為と考えられているが、その起源は、180万年前の絶滅したヒト属ホモ・エレクトスまでさかのぼる。
アメリカ、イリノイ州にあるノースウェスタン大学の人類学者ウィリアム・レナード氏は今回の研究結果を受けて、「食生活の進化を支えているのは人間の柔軟性と適応性だ。私たちを人間たらしめているのは、身の回りで食物を探したり作ったりする能力である」とコメントしている。
狩猟採集生活を行っていたホモ・エレクトスは、初期のヒト属に比べて大型の脳と体を有していた。手に入れた動物の肉を調理する機会も多かったはずだ。しかし、この“最初のシェフたち”がなぜ食物を加熱するようになったのか、その理由については様々な議論がある。
2月12日、アメリカ、マサチューセッツ州にあるハーバード大学の生物人類学者リチャード・ランガム氏が自身の仮説に対する新たな証拠を提出した。「食物を調理することで、食事に要するエネルギーが削減される」というものだ。
シカゴで開かれたアメリカ科学振興協会の年次会合でランガム氏は、「人間を含めた霊長類が他の動物との生存競争に打ち勝つには、効率よくエネルギーを得る必要がある。食事から取るエネルギーを多く得られる種が自然淘汰を生き延びていくのである」と述べている。
同氏によると、加熱すればデンプン類がゼリー状になり、タンパク質は分解され、硬い食物が柔らかくなるという。食物の組織構造が変化し成分の化学的変化が起こることで、摂取や消化が容易になるのである。
調理という食生活の変化は、現生人類の人体の構造にも反映されている。例えば、私たちのアゴは最初期の祖先よりかなり小型化しており、硬い食物を食いちぎる能力が弱まっている。また、私たちの消化管は調理した方が食物を消化しやすい構造になっている。
ノースウェスタン大学のレナード氏によると、高品質で高カロリーな食事の必要性は生存圏の拡大という衝動と分かちがたい結び付きがあり、私たちが類人猿 をしのぐようになった大きな理由の1つだという。健康的な食事が世界中で多様化しているのは、さまざまな食物を探して調理する人間の驚くべき能力に起因し ているのではないかと同氏は考えている。
しかしその反面、私たちの多くは狩猟採集民だった祖先と比べて座って生活することが多くなっている。私たちは高カロリーの食事を続けているにもかかわらず、初期人類と比較して運動量は減少しているのだ。 「進化は成功したが、私たちはその犠牲者でもある」と同氏は指摘する。
古代の生活様式に戻れば“文明病”は解消されるという研究もある。例えばある研究論文には、オーストラリアの先住民アボリジニの糖尿病患者にその祖先と 同じ食事を与えたところ、7週間足らずで糖尿病が治ったと記されている。また、数千年前から同じ行動範囲を維持している狩猟採集民族に歩数計を持たせると いう実験も行われている。この実験では、歩数計を付けた被験者全員がそろって1日約13キロというほぼ同じ距離を歩いていることが判明した。
各国政府は健康維持のために1日10キロほどの歩行を推奨しているが、実験で判明した狩猟採集民の歩行距離はこの数値に驚くほど近い。この結果は、“古 代の生活様式が最も健康的”という発想の信憑性を高めている。とは言え、安易に古代食ダイエットに飛びついたとしても、奇跡的な体重減少が期待できるわけ ではない。レナード氏は、「古代食に着目したダイエット本にはいい加減なものが多い。実践すると危険なものもあるかもしれない」と警告を発している。
Illustration by Jack Unruh/NGS