生き物たちから見つめられることには、幾つかのスピリチュアルな意味があるとされています。以下に幾つかの例を挙げますね。
直感の鋭敏さ: 動物があなたを見つめる時、それはあなたの直感が鋭くなっているサインかも知れません。
動物たちは人間の感情やエネルギーを敏感に感じ取ることが出来るため、あなたが特別なエネルギーを発していると感じているのかも知れません。
癒しの力: 動物たちは癒しの力を持っているとされており、あなたを見つめることでその力を分け与えようとしている可能性があります。彼らの視線は、あなたに安心感や安定感を齎ことがあります。
自然との繋がり: 動物があなたを見つめることは、自然との深い繋がりを示していることがあります。
これは、あなたが自然のバランスを保つための重要な役割を果たしていることを示唆しているかも知れません。
メッセージの伝達: 動物たちはしばしばスピリチュアルなメッセージを伝える存在とされています。
彼らがあなたを見つめることで、何か重要なメッセージを伝えようとしているのかも知れません。
動物たちの視線には、私たちが気づかない深い意味が込められていることが多いです。あなたが感じる直感やエネルギーに耳を傾けてみると、より深い理解が得られるかも知れません。
私が良く生き物たちから見つめられたりするのは、私が「アニマルコミュケーション能力」に優れているからだと思われます。
アニマルコミュケーションとは、生き物たちと直接コミュニケーションが出来るということです。
人の言葉(言語)での会話などでは通じ合うことが出来ません。そこで、私は念(波動)を無言(テレパシー)で送ると、生き物たちも波動を持っていますので、その波動を察知することが出来たら、私に何を伝えたいのか?などが分かるというよりも、何となく感じるというものです。
ですから、私が自然の中で生き物たちを探していると、オオスズメバチが目の前に飛んで来て、眼と目が合い、刺されるのかと思ったら、私の左肩に止まり、5分ほど休んでいました。つまり、私の身体に止まると、生き物たちが癒されるようです。
以前には、お腹の膨れたメスのカマキリが私の左腕に止まり、身体が重くて飛べないので、樹木のあるところまで連れて行って欲しい分かり、樹木のある処に連れて行き、左手を下ろしたら、降りようとしません。そこじゃないよと分かり、少し移動して左手を下ろしたら降りて来て、私の方を振り向き、ありがとうと伝わりました。
また、カモシカの親子に昨年と今年も逢い、撮影もしていますが、メスのチャバコと名付けたカモシカのメスは、私がお辞儀するとチャバコも挨拶してくれます。
昨年の6月に生まれたメスのカモシカの子供が、生後四か月目に青梅の森の急斜面から転落死しました。そのことも私が知っているので、今年は5月下旬に生まれたカモシカの子供は、元気なオスでした。
生後2ヶ月後に初めてカモシカの子供と逢いました最初は、隠れるようにして確認は出来ましたが撮影が出来ませんでした。
翌週にも親子のカモシカと出逢い、チャバコが我が子に、何やら言ったのか、子供のカモシカがじっと私のことを見つめながら、口を半開きして「「初めまして」と挨拶されたように思います。賢いチャバコなので「ママの知り合いだから挨拶」してと促したのだと思います。
つまり、チャバコが私に我が子を紹介してくれたのでした。宜しくお願いしますと言われた様に、私も護って上げるからと告げました。
最近は、ツミの親子と9月中旬頃に初確認してから、二週間以上、青梅の森の中にいます。二羽の幼鳥は両方ともメスでした。つまり、姉妹のツミと分かりました。
最初に生まれた。姉のツミは、19日頃に青梅の森から巣立ちましたが、下の妹のツミは、25日過ぎてもいます。親から餌を貰ったりしています。もしかすると今月末ぐらいにはなるのではないと思われます。
巣立つまで心配なので、毎日の様に撮影も兼ねて様子を見に行っています。そんなことを分かっているツミの幼鳥は、私のことを木に止まっていながら、見ています。
この間は、親に向いて鳴いていると思ったら、私の方を見て鳴いていました。また、逢ったねと鳴いているように思いました。その後に、不思議なことがありました。
私の方を見ながら、右の羽を広げて見せてくれました。そうしたら、今度は、左の羽だけを広げて見せてくれました。
その後は、両羽を閉じるようにして、木の上から獲物を狙う仕草をしましたが、捕らえることは出来ませんでした。
何か、私に大きくなったよ!もう幼鳥じゃないよと伝えて呉れたように思います。
私が他のカメラマンでは撮影出来ない、幾ら専門のプロのカメラマンでも撮影が不可能と思われるシーンや行動などを簡単に撮影できるのは、生き物たちとコミュニケーションが出来るからでもあります。
私の写真の得意は、生き物たちの正面顔や近距離撮影です。このような撮影が出来る人は、生き物たちから見つめられる人です。
センスプロデュース研究所、葛西行彦