「亀の尾」と大吟醸「亀の翁」

2013-05-24 00:00:05 | あじ
kamenoo「虎の尾を踏む」という常套句があるために、「亀の尾」という単語からは「亀の尾を踏む」という新常套句を連想して、前の政権に参加していたミニ政党のボスの顔を思い出す人がいるかもしれないが、何の関係もない。


実は、幻の名酒米として知られる品種で、明治中期に庄内の阿部亀治翁により育成され、当時は広く酒米として用いられていたそうだ。

ところが戦後になると、酒造りはエコノミーで計算される薄利多売商法が幅を利かすようになり、風害や病虫害に強い品種に特化することになっていく。味はまあまあの標準的でいいということになる。「マイカーならカローラで十分」「牛丼なら吉野家で十分」という発想だろうか。

ところが、昭和50年頃になり、越後杜氏の河合清という長老が、「昭和10年頃に『亀の尾』で造った吟醸酒の味が忘れられない」と言いだしたことになっている。この辺りのいきさつは、コミック「夏子の酒」に詳しく、平成6年にはテレビドラマにもなっているそうだ。

結局、農事試験場から保存種1500粒を頂戴して、米作りから始めて、ついに昭和57年に大吟醸『亀の翁(かめのお)』が完成したそうだ。

米の『亀の尾』も、酒の『亀の翁』も、どちらも「かめのお」と発音するのは、米の場合は「作る」という字を用い、酒の場合は「造る」という字を用いるのと相通じる感じだ。

似たような話は岡山県の赤磐地方の地酒が、日本標準の品種「山田錦」から、その源流である品種「雄町」に回帰していったストーリーを以前書いたことがあるが、農業をやむなく離れた元農家の納屋や蔵の中に残っている古い古い一粒の籾(もみ)や玄米を必死に集めている農事試験場の研究員もいるそうで、このあたりの宝探しの熱意の差が県によって違うようである。

そして話を戻すと、この『亀の翁』だが、一日出荷量はほんの数本という情報もある(ネット価格は1万円弱)。ちょっとおめでたい話があって、某氏秘蔵の一本を分けていただいた次第なのだが、大した心構えもなく、GW中に酒の在庫がなくなってしまい、冷蔵庫から取り出してしまった。

最初の飲み口は、あっさりさわやかだが、一秒後には、その酒のパワーが舌の上から口の中、そして喉から胃の方まで拡がっていく。

「味のある酒」である。さわやかでもなく、酒臭いわけでもない。おそらくは、酒造りに向いた品種を、杜氏の技によって、各種様々なテイストに仕上げることができるのだろうと推測する。


まあ、一度ならず何本か飲んでみたいな、と思っているうちに飲み切ってしまった。そして一般人にとっては入手が困難なことを思い出してしまうし、裏口入手ルートについても、もう一度めでたいことが起きないと手に入らないのであるが、そういうことは起きえないことも、わかっているわけだ。