ホロヴィッツ プレイズ スクリアビン

2008-03-16 00:00:59 | 音楽(クラシック音楽他)
最近、ウラジミール・ホロヴィッツのモスクワ公演のDVDを観た。80歳のピアノ演奏は、さすがに全体としての輝きには欠けるものの、随所には光輝く瞬間があり、角の取れたダイヤモンドと喩えられるのだが、特に、スクリアビンを弾く時の楽しそうな雰囲気は、かつて、十八番だったのだろう、と確信したわけだ。そこで、スクリアビン(1872-1915)をホロヴィッツ(1904-1989)が全盛期に弾いた一枚を購入。ホロヴィッツがRCAに残した音源のほぼ全部が収録されているらしい。



実は妙なきっかけでスクリアビンを聴き始めていて、この難解な作曲家がモスクワ音楽院ではラフマニノフの同級生であり、ピアノ演奏でも作曲でもいつも一番の席をラフマニノフに譲っていて、並々ならぬ対抗心を燃やしていたことを知っている。かたや、ラフマニノフの伝記を読んだところでは、彼の方からはスクリアビンに対して特別の感情は持っていなかったらしい。まあ、世間の優等生物語にはつきものの話だ。詳しくは、近日公開の映画「ラフマニノフ」を観るといいかもしれない。

さて、スクリアビンの楽譜は演奏が難解極まることから、ピアニストに敬遠され、手に入れることからして困難をきわめるらしい。それをホロヴィッツがどう料理するか、ということだが、このCDに入っているソナタ第3番、第5番、数々の前奏曲、練習曲を聞くと、ホロヴィッツはこの難解曲群をきっちりと弾いているということが感じられる。さすがに50歳頃の演奏である。

が、・・・

きっちり弾くから、聴いている方が理解できるかというと、それはまた別。例えば、ロシア語とかアジア南部の会話のように、耳に入っても、まったく頭に残らない曲が結構ある。要するにリスナーにとっても難解なのだ。

例えば、有名なピアノ系作曲家としてショパン、リスト、ラフマニノフ、スクリアビンと並べてみると、演奏者にとって難解なのは、リストとスクリアビンだろう。ラフマニノフの難しさは、テクニックとは別の次元の問題で、感情移入とか、一曲全部の中でのメリハリをつけることとか、アシュケナージのような名人芸を要求するところがある。しかし、ショパン、リストはいずれもリスナーの気持ちを「快」にするようなエンターテインメント性を多く含んでいて、聴くだけなら、何の緊張も要らない。しかし、スクリアビンは違う。

さらに、青年期のスクリアビンの性格上の難解性は、モスクワ音楽院在学中にやや世間との妥協方向に向かうのだが、卒業後、周囲の反対を押し切り結婚し、さらに黒魔術を信奉する神秘主義に溺れていく。そして愛人と失踪してスイスに隠れたりしているうちに、再び難解性に磨きをかけてしまう。つまり、難解性から出発し、結局、さらに難解な世界に行ってしまうわけだ。

このCDの中でも、彼の人生の中で、もっとも一般性を保っていた1890年から1900年までの何曲かの前奏曲(作品11)と練習曲(作品8の11、12)はすばらしい。世界のどこにもない旋律をホロヴィッツは魔法使いのように楽しそうに演奏している。二曲のソナタに比べて魔術性は低いのだろうが、私にはその辺までしかついていけない。

実は、神童ホロヴィッツは、1915年、11歳の時にスクリアビンと会ったそうである。1915年といえば、43歳でスクリアビンが虫刺されによる炎症が原因で亡くなってしまう年である。ホロヴィッツの母親が新聞で訃報を見つけ、「ウラちゃん、この前あったオジサンだよ。作曲なんかやると頭を使いすぎて寿命が短くなるから、ピアノだけにしときなさいね。」と忠告したおかげが、「85歳の寿命」と「巨万の富」だったのかもしれない。

スクリアビンは、さらに1890年代の作品に絞って聴いてみようと思うが、たぶん前述した映画「ラフマニノフ」を観てしまうと、今度はラフマニノフを聴きまくるのだろうと予想しておく(ラフマニノフには、既に何度もはまっているのだけど)。