神の子どもたちはみな踊る(村上春樹著)

2020-05-07 00:00:00 | 書評
1999年から2000年に書かれた六篇の短編をまとめた一冊である。六篇とも阪神淡路大震災の後、直接被害にあわなかった人たちの内面に発生した「廃墟」とか「再生」といった心模様をハルキ流の現実と非現実をおりまぜたスタイルで組み立てている。



実は6篇のうち、最初の三篇を読んだ頃は、六篇のすべてが有機的につながっていて読み終わる頃には、それぞれに含まれる小さな謎が解けているのだろうと感じたのだが、私の想像力不足からかもしれないが、有機的とか直接的とかいう感じでは繋がっていない。

とはいえ、「かえるくん」というのが、二篇に登場するとか、ある短編に登場する女性主人公にとって「地震で死んでいればいい」と憎まれる男性が、実は別の短編の中に登場している人物ではないか、とか感じないでもないが、証拠不足だ。

第一話の『UFOが釧路に降りる』では、主人公の男性の妻が大地震の状況をテレビで5日続けて見続けた後、山形県の実家に帰って、二度と会わないと言い出す。夫はどうしていいかわからず会社に行かなくなり、心配した同僚から、釧路にいる妹に渡す荷物(軽い箱)を預かる。そして、釧路空港にいくと、初対面同士で打ち合わせていた手順を間違えたのに、ことはスムーズに進み同僚の妹の知り合いの女性が現れて、そのままラブホテルに行ってしまうわけだ。そして、「まだはじまったばかりなのよ。」と宣告される。箱の中身も不明のままだ。ところが題名のUFOなのだが、主人公の男性の同僚の妹の知人が聞いた話が、その知人の妻がUFOに乗って行ってしまったということで、主人公との遠い関係性も不明なままになる。

『アイロンのある風景』は、逆に神戸から家族に告げずに逃げ出した芸術家の男が主人公。茨城の海岸で流木を集め、夜に一人で焚火をするのが趣味。冷蔵庫に閉じ込められて死ぬ夢をよく見るので、家に冷蔵庫をおいていないわけだ。

『神の子どもたちはみな踊る』は、新興宗教にはまった母親を扱いきれない息子が主人公。母親からは、自分の父親は、神様か耳の一部がちぎれた男かのどちらかと言われていたのだが、ついに千代田線の中で耳のちぎれた男を発見し、尾行を開始する。東京都のはずれの駅からタクシーに乗り、人気のない場所で路地に入って行く。村上春樹のお得意の舞台装置だ。そしてたどりついたのは野球場。主人公は、こどもの頃から野球は下手だし、ガールフレンドから「かえるくん」とあざ笑われていたことを思い出す。

『タイランド』。この六篇がなんらかの関係性を保つとするなら、この四篇目はターニングポイントになっている。大学病院の女性ドクターが主人公。バンコクでの学会に出席した後、タイ国で不思議なスピリチュアルな体験をする。

『かえるくん、東京を救う』。実は、この短編集を読んいる途中で、拙庭にアマガエルを見つけた。あまりにかわいいので写真を写したり追いかけたりしたのだが、後で写真を見ると、何かにおびえているような目をしていた。2~3センチぐらいなのだから人間の60分の1サイズ。人間がアマガエルの大きさだったら、相手は100メートル以上の生物になる計算だ。いやな夢をみそうだと思っていたのだが、本篇も最後は夢の中に向かっていく。

ある日、主人公が家に帰ると、2mもある「かえるくん」が待っていて、「もうすぐ新宿を震源地とする巨大地震があって多くの死者がでるので、一緒に地底のみみずくんと戦おう、と言われる。みみずくんと戦うのは主人公の会社のビルの地下ということで、主人公には、かえるくんが戦う気力を失わないように、声援を送るだけでいい、ということになる。

ところが、戦いの当日、戦場にむかう主人公は、いきなり狙撃されて病院に担ぎ込まれ、意識不明のまま長い夢を見続けることになる。その夢の中でかえるくんはギリギリの戦いでみみずくんを倒し、地震にはいたらなかった。病院に入院中の主人公の前にかえるくんは現れ、戦いの結果を報告し、そのままバラバラに解けていってしまう。

『蜂蜜パイ』。主人公は小説家。おおむね村上春樹氏自身を小説用に微修正したモデルである。大学の時に、いつも同級生である男性と女性と三人でつるんでいた。良くある話だが、気の弱い主人公は女性に専属交際を申し込まないうちに、相方が先に手を出してしまい、結局二人は結婚し、主人公は長く独身を続ける。ただ、友人という線で繋がっていて、二人間の娘には、小説家らしく即興で話を聞かせている。それで、よくある話だが、先に結婚した男女は離婚することになり、主人公がそのあとがまになるわけだ。

しかし、この奇妙な三角関係だが、驚異的なベストセラーとなった『ノルウェーの森』の構造と似ているわけだ。大きく異なるのは、三角関係のうち、友人のキズキも女性の直子も死んでしまい、主人公のワタナベだけが生き残る。本作は、ほぼ真逆構造で、友人は別の女性の元に走り、女性は強く生きることになる。ある意味、ノルウェーの森に決着をつけたのかもしれない。

ちょっと、あらすじを多く書きすぎたかもしれない。

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