国共合作風は異夢同床か?

2005-05-03 15:17:10 | 市民A
067dd909.jpg中国には、概ね3つの政党がある、と考えてみる。共産党と国民党と民進党だ。そして、それぞれの主張は敵対的だが、今のところ、前の1つと後ろの2つは地理的に分離されているので、騒動にはなっていない。そして、共産党の本拠地である北京に国民党主席の連戦氏が訪れ、胡錦濤総書記と握手をし、雑談をし、一緒に中華料理を食べた。一方、民進党の陳水扁総統は、国共合作風による統一化にネガティブに反応している(民進党の主張はわかりやすい。民主主義でない政党はダメと言っているのだから)。今回の連戦北京入りは共産党からの招待とは言うものの、行くつもりがないなら招待されないというのが政治の常識だろうから、両者ともに事情があるのだろう。

では、共産党と国民党はそれぞれ何を考えたのか。

手がかりを探すために、かつて愛読した「毛主席語録」を開く。威勢のいいことばが氾濫している。
 すべての反動派はハリコの虎である。
 一部の階級が勝利し、一部の階級が消滅する。これが歴史だ。
 全世界は必ず人民のものである。すべての悪魔は残らず一掃されるだろう。
 人民の軍隊がなければ、人民のすべてではない。
など

しかし、国民党のことを直接的に表現している部分が少ないことに気がつく。一節に、蒋介石について書いてある。
 蒋介石は、人民からわずかな権利も必ず奪い、わずかな利益も必ず取上げる。・・・
 蒋介石はもう刀を研いでいる。従って、われわれも刀を研がねばならない。(1945.08.13)
考えれば、毛沢東語録が世に出たとき、既に国民党は台湾を征服してしまったので、国共合作のような面倒な話は書かなかったのだろう。

まあ、語録は置いて、あと10年先の中国は共産党の一党独裁なのだろうかということなのだが、まず難しいだろう。すなわち、既に原点の純粋共産主義からは、大きく逸脱して、現代中国はむしろ帝国主義的であるわけだ。例のイスラム教原理主義のような、真性共産主義者があらわれる時、少なくても共産党内部での対立は避けられないだろう。もちろん、もう一度天安門の前に10万人の大衆が集まれば民主的制度を導入しなければならないだろう。

連戦が考えているのは、その多党化時代に国民党勢力をメインランドで広げようということではないだろうか。そして、公選制度の上に乗って、再び国民党を中国第一党にして全中国を自分達の党派のものにしようと考えているのだろう。単なる勘だが、10年後の中国は、国民党が40%、民進党が30%、宗教政党が20%、共産党が10%程度になっているかもしれない。

一方、共産党側は民進党退治のために、国民党を支援しようとしているのだが、逆効果で、Taiwan Formosaでは陳水扁の人気が高くなるだけだろう。

では、両岸問題は平和的に解決されるのか、武力衝突に向うのだろうか?もっともあぶない時期は、これからメインランド内に国民党(民進党もそうだが)の組織をどんどん作りだした場合だろう。そして、それはメインランドの反共意識が高まることであり、その先に見えるのは緊張と混乱なのかもしれない。しかし、両岸ともグローバル経済に組み込まれた状態の今、統一的民主的国家にたどり着けるかどうかは世界的課題であると同時にリスクは残っている。さまざまな社会的課題のために自壊する危険だ。

最後に、今や歴史上から忘れられた存在の毛沢東語録から、この一節を紹介する。
 われわれは、決して傲慢な大国主義的な態度をとってはならない。思い上がってはならない。(1956.09.15)


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