二刀流、岩国寿司に敗れる

2016-11-18 00:00:43 | あじ
二刀流といえば、今や大谷翔平のことを指し、投手と打者との二種類の達人を指すのだが、元の意味は二本の刀を両手に持って振り回す剣術のことで、代表的な剣士は宮本武蔵だ。

その宮本武蔵と下関の近くにある巌流島で戦い、船の櫂で頭を叩き割られたと言われるのが剣豪佐々木小次郎なのだが、ある場所でついに敵を討つことができた。


岩国で錦帯橋を渡り、吉香公園を通って岩国城を上ろうという時、正午を少し回っていた。「余は昼飯を所望するのじゃが・・」と小声でつぶやくと、「岩国寿司」と書かれたのぼりが目に入った。さっそく入店し、岩国寿司定食を注文。

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しばらくして登場した定食には、錦糸卵がのった押寿司である『岩国寿司』と、野菜の煮物である『大平』と魚介類のミンチをトンカツ状にフライにした『がんす』がセットになってでてきた。

太平は、見た感じの予想と同じ味だが、がんすは、食べたことがなかったこともあるが、超美味だった。早く首都圏デビューしてほしい料理だ。まちがってもB級グルメ路線に進んでは駄目だ。

そして気が付いたのは店名。『佐々木屋小次郎商店』。いかにも佐々木小次郎にあやかっている。その場知識だが、小次郎の秘伝の技である「燕返し」は、錦帯橋で練習して編み出したとされているそうだ。

そして、岩国寿司は押寿司であり、飯が圧縮されていて硬いわけだ。それを割り箸で食べようというのだから割り箸がしなるわけだ。「二本の割り箸は二刀流ということなのだから、これは武蔵と小次郎の戦いなのか」と思った瞬間に、箸が折れた。それも二本同時に箸が折れた音が店内に響き、気が付いた複数のお客様方からの失笑の気配を感じる。

二刀流敗れたり!


帰宅後、小次郎や燕返しのことを調べてみると、佐々木小次郎は1612年に武蔵に殺されたのだが、錦帯橋が完成したのは数十年後であり、全くの時代錯誤だ。それに橋の上で剣を振り回して練習できるはずがないだろう。吉川英治が書いた「宮本武蔵」が原因のようだ。時代小説家は事実に大きな想像を書き加えることが許されているのだが、時代の順番まで並べ変えるのはどうかと思う。なお吉川英治は「よしかわ」で、岩国藩主吉川は「きっかわ」と読む。


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