富岡多恵子(全)詩集

2023-05-01 00:00:44 | 書評
2023年4月6日に老衰にて亡くなられた富岡多恵子氏(87歳。)の事実上の全詩集(全589頁)を書棚から探し出した。



1973年10月1日発行になっている。収録されているのは女性初のH氏賞(詩壇の芥川賞にあたる)を受賞した『返禮(1957年)』から始まり『カリスマのカシの木(1959年)』、『物語の明くる日(1960年)』・・・『厭芸術反故草紙(1970年)』までの長編詩集と発表各誌に分散している自作をまとめている。特徴としては、日本ではほとんど存在しない長編詩による時空間の創出といった方向性だろうか。

『返禮』は、こうはじまる。

二匹の犬と

つかれて駅頭におりたつ
帽子屋に入って
鳥打帽をひとつ買う
この帽子は
ふたりともにぴったり合う
二匹の犬をつれて
原色の身をかため
鄙びた村へと旅立つ


また、『カリスマのカシの木』のはじまりは、

カリスマのカシの木

その町に数十年過ぎはて
朝焼けのかなしい歩みを
盆地に埋めて出掛けよう



全詩集を出したのは、38歳の時である。なぜ中途半端な年齢の時に、ということ。彼女は「もう詩は書かない」ということを宣言したのだ。次のステージは小説に移る。1970年代は池田満寿夫氏と共同生活をしていて、互いの属するカテゴリー(文壇と画壇)の間に多くの交流関係が行われることになったが、おそらく双方の理由で二人は別の組み合わせを模索することになる。これらの裏側についてはおそらく重要関係者の存命中には明かされないだろうが、10年ほど経てば誰かが小説に書くと思っている。



小説家としての最後の作品は『湖の南』。歴史的に有名な「大津事件」で国賓のロシア皇太子を暗殺しようとして失敗した津田三蔵の人生を克明に追っている。2007年の発刊で、私が読んだ最後の富岡作品でもある。

なお、「湖の南」の読感については。「湖の南(富岡多恵子)」評を書いているので、ご参照のほど。

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