夏の闇(開高健著)

2020-05-12 00:00:47 | 書評
開高健の「闇三部作」の2冊目が『夏の闇』。一作目の『輝ける闇』は従軍記者として南ベトナムで戦争に巻き込まれていく、なかばドキュメンタリー的な戦争小説で、どちらかというと、自分の内面ではなく戦時下の兵隊たちの心理や、戦場の非日常的であったり、日常的であったりする状況をリアルに書いている。



一転して、『夏の闇』は、ベトナムから脱出した「私」がドイツのボン(と思われる)で知人の日本女性(大学研究者)と愛欲生活を続けることになる。「私」はソファーを寝床にして、基本的に部屋からほとんど出ない隠匿を何か月も続ける。はやりの言葉で言うと「ステイホーム生活」だ。もちろん街にはウイルスはいないのに。

ところが、偶然にも、ベトナム戦争に新たな動きが起こりそうという情報を耳にすると、俄然元気になってしまう。同居女性は、この自分たちの幸せよりも、米国とベトナムという日本人には他人同士の戦争に巻き込まれることを期待する「私」に暴言を吐くわけだ。

『輝ける闇』が戦争小説というパブリックな形式だったのに対し、『夏の闇』はまったく正反対だ。内面小説。ストーリーがうま過ぎる展開になっているため、フィクションとして書かれたものと感じていたのだが、開高健の死後、研究者によって、ヒロインには実在の人物がいたことが明らかになる。つまり現代的に言うと、実録不倫小説でもあるわけだ。読者には関係ないのだが。

開高家の家庭内には結婚当初より不穏な空気が漂っていたが、本作の上梓以降決定的になったそうだが、読者にとっては何の関係もない話。むしろ、本作のモデルとなった愛人が、不慮の交通事故で亡くなってすぐ、本小説が書かれたということ。いわゆる彼女へのオマージュではなかったのだろうか。