北の縄文回廊

2015-06-15 00:00:58 | たび
現代縄文アートの翌日に北の縄文回廊の話題というのも、作ったような並びだが、まったく偶然。私の人生には偶然が多過ぎる。

kairo


函館方面に行っていたのだが、どうも世界遺産の話が進んでいるようだ。テーマは、「北海道・北東北の縄文遺跡群(北の縄文文化回廊)ということのようだ。

実際、北海道のことはよくわかっていないようだが、日本の縄文時代と同時期に北海道でも縄文時代があった。(縄文時代って1万年間もあるので)

そして津軽海峡という大きなハザードがあるにもかかわらず、北海道と青森の二つの縄文文化は関連していた。というストーリーである。

まず、土器については、北海道産と北東北産では厚みが違うそうだ。北海道産の方が厚く、青森産の方が薄い。性能としては薄い方が軽くて使いやすいだろう。土のせいか技術のせいか北海道の方が遅れていたようだが、この両者は両方の場所で少しずつ混在している。技術伝播なのか、単に土器が交易されていたか不明のようだ。

aotora


そして、決定的な文化交流の証とされるのが、三内丸山をはじめとする北東北の遺跡から出土する石器である。その一部に、北海道の平取(苫小牧より東)の川でしか採れない略称「アオトラ」といわれる緑色の石が使われているころがあげられるそうだ。

sekihu


確かに、函館空港で展示中の石斧(せきふ)は、青森県の大平遺跡のものだが、その石が使われている。縄文時代の輸送は丸木舟で行われていたのだが、本当に津軽海峡を渡ったのだろうか。それだけのリスクを冒すということは、大きな対価があったのだろうか。あるいは、青森側の部族が北海道の勢力を征服したか。

世界遺産の前に研究が必要と思う。