三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

「朝鮮村」1998年6月~2012年11月 37

2013年02月22日 | 「朝鮮報国隊」
■高麗博物館特別企画展
 「朝鮮村」での「試掘」を中断させられてから2か月半後の5月17日から7月16日まで、東京新宿大久保にある高麗博物館で、特別企画展「海南島で日本は何をしたか 戦時朝鮮人強制労働・虐殺 日本軍“慰安婦”」が開かれた。
 期間中、5月20日に佐藤正人が「紀州鉱山への朝鮮人強制連行と海南島での朝鮮人虐殺」と題して、5月2日の「朝鮮村試掘」にいたる過程と今後の展望を話した。また、5月26日、6月9日、6月23日にドキュメンタリー『日本が占領した海南島で 60年まえは昨日のこと』の上映会がおこなわれ、7月7日に前夜完成したばかりのドキュメンタリー『“朝鮮報国隊”』初版の試写会がおこなわれた。
 この展示にあたって、高麗博物館の山田貞夫氏は、紀州鉱山の真実を明らかにする会の10回目の海南島「現地調査」に参加し、担当スタッフは学習を重ねて、くわしい解説パネルをつくった。6月に高麗博物館は、『海南島で日本は何をしたのか――戦時朝鮮人強制労働・虐殺 日本軍“慰安婦”――』を発行した。
 高麗博物館での特別展示の表題は、2005年9月17日から12月14日まで京都府の丹波マンガン記念館で開催された特別展示の表題と同じ「海南島で日本は何をしたか」であった。
 このことには大きな意味がある。展示の表題は、展示内容を凝縮して示すものである。
 大阪人権博物館は、2004年7月21日~8月15日に開催すると広報していた企画展「日本は海南島で何をしたのか――侵略・虐殺・略奪・性奴隷化」の表題を、開会2か月まえの5月13日に、「海南島とアジア太平洋戦争――占領下で何がおこったか」に変更することを紀州鉱山の真実を明らかにする会の求め、さらに、開会50日まえの5月30日に、企画展そのものを突然、一方的に延期していた。
 「高麗博物館特別展示“海南島で日本は何をしたか”」(三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・相度)の追悼碑を建立する会『会報』44号、2006年11月10日)、このブログの2009年5月9日の「国民国家日本の海南島侵略犯罪史認識と伝達」7、2012年7月19日の「「リバティの灯を消すな」について」、 2012年7月20日~21日の「企画展『海南島で日本は何をしたのか』無期延期の経緯と社会的応答」1~2をみてください。
                                            佐藤正人
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