湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネ学習的就労支援活動・災害ボランティアの実践を書き溜めていきます。

6/13 要援護者名簿作り、3割未整理 他

2013-06-14 06:03:44 | 地震津波災害ボランティア
2013/06/13 記
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朝日新聞6月13日13班TOPに、「要援護者名簿 3割未整備 災害避難 困難な高齢・障害者」という記事が出た。「要援護者」という概念は非常に広く、日赤の「災害時要援護者対策ガイドライン」によれば、

①心身障害者(肢体不自由者、知的障害者、内部障害者、視覚・聴覚障害者)
②認知症や体力的に衰えのある高齢者
③日常的には健常者であっても理解力や判断力の乏しい乳幼児
④日本語の理解が十分でない外国人
⑤一時的な行動支障を負っている妊産婦や傷病者

このほか、地理に疎い旅行者・観光客なども「災害時要援護者」に含めて考えられることもあります。

と、説明されている。それゆえに、名簿作りは多岐にわたるのだが、そのなかでも「高齢者・障害者」の名簿作りは、民生委員や地区社協・自治会によって名簿が作られてきた。特徴は、安全避難の具体的援助者との関係作りを伴っていることだ。ところが実態は、なかなか進んでいない。プライバシーが守られない可能性から、自分が要援護者に当てはまらないと主張する例も聞く。しかし、それ以上に東日本大震災があっても、自分たちは大丈夫とはねのけてしまう風潮が強い。正常化バイアスと呼ばれる心性だ。

しかし、東日本大震災から2年を経てまだ、3割未整備という状態は背筋が寒くなった。他のこと、推して知るべしだからだ。

映画「僕らはココで生きていく」の上映スケジュールについて、問い合わせを出していた。岩手太平洋岸でまず皮切り上映を行ったあと、全国上映するとのこと。映画「先祖になる」もまたできている。南三陸のドキュメントは近々茅ヶ崎上映されるが、まずはこれらの映像を観ておきたい。茅ヶ崎上映はそれからだが、それらは社会問題の解決実践の流れの中に置くべきだろう。映画そのものが自己目的化してしまうほど貧困なことはないからだ。全国上映で東京・神奈川の日程が決まったら教えて欲しいと伝えてある。

明日は「スペアちがさきの総会」だ。朝10時からというのが身に堪える。「要援護者」と行ったとき、発達障がいの中でも高機能の方は、リアリティがわかないだろうと思う。しかし例え安全避難が成し遂げられても、避難生活は日常が大きく変化してしまうため、様々な適応で臨機応変さが要求されるので、トラブルが起きてくるだろう。どう協力を取り付けるか、難題となっている。チラシを出そうかと思い、周辺の反応を想像して、やめた。

慈恵医大のアポを膨らませるかあれこれ考えているが、始まる前に地域支援者が下火になってどうするんだと、行きどころのないため息をついた。

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網膜色素変性症の当事者の会に久々に連絡を取った。私より重症の方ばかりなのだが、入会しようと思う。とにかく情報が少ないからだ。会は県サポで行われるのだが、ともあれメールを送った。

夜間傾聴>**子(0:10に電話がかかって1:40まで話し込んだ。誰も理解してくれないとの訴え。状態は再び悪くなっている。無神経な大人たちの所業。)

(校正1回目済み)

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6/12 慈恵医大病院に治療にいきつつ

2013-06-13 06:34:10 | 地震津波災害ボランティア
2013/06/12 記
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慈恵大病院眼科に行く。薬の補充なのだが、左目外側上部に自覚的な視野混濁の異常がでていた。網膜色素変性症は治療法がないがない。視野が欠けていき、やがて失明する。右眼中央部分の欠落は濃厚になったというか明るさ以外は見えない。一時進行が止まっていたが、じわり進行したようだ。

基本的に緑内障専門医が担当するが、診察は年1~2回しか予約が取れない。その間に薬の追加を受けるためにだけ当日の医師が処方箋をだすために問診する。

私は治療の最新情報を得たいがために、栄養剤と眼圧降下剤をもらっている。これだけなら地元眼科でも可能。iPS細胞技術による網膜再生治療と眼圧降下剤の新薬情報が出てきているが、その話は出てきてからすでに3年が経っている。京大では眼球に微弱な穴を開け弁機能をつける手術がある。しかしそれは、個人差や副作用などの話があり、評価が確定していない。

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ともあれ順待ちをし、診察を受けたがどうも心もとない。いつものように90日分の薬を出してくれというが、「たしか60日分しかだせないのですが」という。そばにいた高齢看護師に90日ですよねえと同意を求めると、「はい」といい、それで前の投薬データを書くにして「ほんとだ」という発言をうけた。

あ、研修医だと直感した。私が終わると席を立ち、1Fに降りようとするので、ちょっと話につきあってもらえませんかと、喫茶コーナーに引き込んだ。

私が災害医療と福祉の関連の社会活動をしていること、この関係で熱心に動いている医療関係者をご存知ないかと尋ねた。質問にしばらく考えていたが、病院カウンセラーの**さん、病棟の%%師長が詳しいと教えてくれた。医師関係を言わないのが慎重なところなのだろうが、ひょんな手がかりを得た。紹介してくれたと言っていいかと確認を取り、病棟へ。

%%師長はくすくす笑いながら応答してくれた。要は日本看護協会のことでしょうというので、いや、慈恵医大の取り組みとか、慈恵医大医療関係者の個人行動でもいいので、具体的にどう取り組んでいるか、話を伺いたいのだがと、食い下がった。

医学部看護学科の方の学部事務局に連絡してくれるとのことで、**氏のアポをもらうことに成功した。日を改めなくてはならないのだが、とんだ収穫だった。

時間が迫っているので、三田で浅草線に乗り換えて、神奈川県立保健福祉大図書館に向かった。ところが横須賀線で人身事故との話があって、あおりが京急に来ていた。十分遅れて県立大学前に到着。図書館は、やっているものの入館制限時間にかかって、結局図書カードの更新だけを済ませて帰ることに。

上大岡でPSWさんに会って、杉田へ。しかし新杉田まで遠いこと。すっかり小雨に濡れてしまった。

まあ、一歩前進かなと思いつつ、帰宅した。

夜間傾聴>ひとり

<気になる記事>

●「災害時派遣福祉チーム」
●「東日本大震災:要援護者6割、避難所に行かず」
●「災害派遣福祉チーム:障害者らのニーズ把握 県、組織発足へ初会合 /岩手」
●「石井苗子さんが「災害時の心のケア」報告」
●「若き学者、防災教育に奔走 神奈川・慶大の大木聖子さん」
●「映画:川崎市議選を舞台にドキュメンタリー続編 震災後の限界と可能性 東京、来月6日から「選挙2」公開 /神奈川」


(校正2回目済み)

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6/11 セカンドブックアーチにお邪魔して 他

2013-06-12 05:34:01 | 地震津波災害ボランティア
2013/06/11 記
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陸前高田の仮設に定期的に古雑誌を送っている。それが時期になったので、ブックアーチに依頼して、また送ってもらうことになった。橋本からの帰り、鶴が台の事務所を訪ね、**さんと話し合った。

今回は実用雑誌の他に、池波正太郎の著作など、「他の古書市のとき、売れ行きがいいので、大衆小説を加えたほうがいい」という**さんの勧めから、小説も加えることになった。仮設は高齢者が多いので、これはテストでもあった。

彼には医療・保健関連の生活支援活動の誘いをかけるのは、方向違いだから、「やさしいハンカチ展」の実現協力を要請した。彼は商才がある。商才の大事な能力は、企画が市民にうけるかうけないかかぎ取る力だ。だから構想の価値をはじめから受け止めてくれたのは感謝する。

非被災地の側の活動を企画し、リンクさせないと面白くないとの話。検討してもらうことで、話が終わった。この活動は、非被災地の支援活動が退潮の時期に入っているという危機感から生まれ、非被災地からの関わり方のひとつを提示する貴重な活動だと思っている。退潮は大衆の飽きっぽさからというのは荒っぽい話で、仮設生活に入ったひとたちに何をしたらいいのかが、わからないために、支援から離れている人たちもいる。その人たちに支援の形を提供することにもなる。だから、企画をやろうと呼びかけた。応答を待つ。

来客があって、「被災地ツアー」と「大船渡津波博物館」,「民泊)」という話もあったが、中断。来客の話が強烈だったこともあって、再度話しても、これは色褪せてしまった。

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バス停「前の田」で降りて、IEONで食材を買っていると、市議の##さんと偶然出会った。早速立ち話しつつ、懇話会ニュースを渡した。QR個人医療情報カードの話にも水を向けたが、QRコードは自分の名刺にもつけているが、それが何?という応答。びっくりした。議会事務局の議員ポストには、資料をさんざん入れてきたからだ。読む前に捨てられていたことがわかってしまった。他の議員も推して知るべし。

懇話会とQRカードの件で、また全市議まわりを始める。

しかし、世話人会を提案する怖さ。日程を決めてまっていても、何十回も、誰も来ない冷水を味わってきたからだ。所属と付き合いで動く議員活動はなおさらのことだからだ。百万の空転をまたひとつ飲み込んだ。

明日、慈恵医大病院に行く。帰りに県立保健福祉大図書館に寄る。雨が心配だ。


夜間傾聴>ひとり(お帰り!)

(校正2回目済み)


p.s.もう何十年も昔の話だが、ドイツの古書市で、面白いディスプレーがあったことを**君に伝えた。絵本を通り沿いに一列にならべ、欲しい本を順路に沿ってとってまとめ、出口で精算するシステムだ。昔ながらの、箱をあさって宝探しする方式に逆行する方式で面白かったのだ。

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6/10 大船渡・陸前高田の知人に電話を入れ…

2013-06-11 06:41:48 | 地震津波災害ボランティア
2013/06/10 記
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大船渡に今度、津波博物館ができる。「かもめの玉子」の「さいとう製菓」の敷地の一角を使って仮事務所が3月発足した。市商工会議所有志が観光資源として出発させたらしい。学術的な博物館ではなく、観光資源というところだろう。チラシが届いた。

陸前高田市の米崎・小友・広田という市東部地域は過疎・高齢化の進む地域だ。私は広田に移住した支援者を仲介して、民泊を進めたいと考えている。それは私的民間交流、家族と家族の交流等、親戚付き合いを生み出す契機として、民間のお宅に宿泊して交流することを進めたいと考えている。それが民間にとって、継続支援のかぎになるからだ。

この件で、同地域の仮設入居者++さんに電話をかけた。「最近、みかけないな」と、ぐさり、やられてしまったが、この地域では、ハウスの現代農業の実験や、定期「市」から、オンデマンド・コミュニティ・バス企画が動き出している。ところが++さんは漁業従事者なので、海産物の販路拡大が気にかかる。

漠然とでいいから様子を聞きたかったのだが、漁業権の件で再編が必要という話と、広田わかめと海産物を湘南で販売できないかと頼まれた。この要請は私より産業復興を行っている団体の方が動いた方がいいと伝えた。茅ヶ崎で陸前高田の産業復興に取り組んでいる方は知らないので、大船・鎌倉の団体を紹介した。

医療・福祉の活動は女性軍と組まないと、どうも空転する。今後の地域医療・福祉のネットワークを組むには、女性部の交流が必要に感じる。ちょっと具体化できないか考えている。

7月下旬は交通機関も混むが、相変わらずの夜行バスで出かける必要が出てきた。

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「やさしいハンカチ展」をやらないかと市社協某氏に打診していたが、追加資料を持って再度社協を訪ねたが、相手はお留守、最近SCFの社協利用がないので会議室利用団体の登録抹消をと言われてしまった。社協の部屋は確かに使わない。承諾したが、目的の「ハンカチ展」の話は飲まれて消えてしまった。

「災害医療とIT」を読んでいる。具体的な場面で起きた災害医療上の問題をITの角度から、つかみ返している論があるが、どこかでQR個人医療情報カードに通じる部分はないかと探るが、まだつながりの事例が出てこない。まあ、これは懇話会とは別の流れだが、別個協力者を得るために、基礎資料を集めている。大きくは、共通番号制度と個人プライバシーの壁があって、話が一向に通らないのが現実だ。

明日、時間が取れたら県立保健福祉大に行ってくる。百万の空転にである。


夜間傾聴:なし

(校正2回目済み)

p.s.
<気になる記事>

●「障害児の教材充実を 国の検討会発足」
●「訪問看護、1人で開業 28歳看護師が奮闘 宮城・石巻」
●「震災後PTSDになった女子高生、月経前症候群も重く」
●「「支え手」を支えよう 震災ボランティアに心のケア」
●「南海トラフ地震:愛媛県が独自計算 浸水面積、国の倍以上」
●「首都直下地震想定 都が避難場所見直し」
●「言葉なき叫びを聞け 大震災被災の動物描いた映画公開」
●「ベネチア・ビエンナーレ:自閉症男性、滋賀の澤田真一さん出展 緻密な陶芸作品、自然体で」

以上
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6/9 心のチャージの一日

2013-06-10 05:18:15 | 地震津波災害ボランティア
2013/06/09 記
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父の特養から衣類の追加を求められた。母と茅ケ崎駅前で衣類を購入したが、さて衣類に名前を入れなくてはならず、マジックインクでは、滲んで消えてしまうので、糸で刺繍することになった。衣類は生徒より言うことを聞かない。指を針で刺して慌てながら、なんとかカタカナを付けることができた。ただ靴下だけは別布に描いて、その布を縫い付ける作業が必要だった。男にやらせるのは酷だと母がグチるが、それは間違いだ。今、やれる者がやる。介護を何十年やってきたと思っているのかと母に反論する。母は黙ってしまった。介護は試金石なのである。

衣類をさっそく特養に届けた。父に面会するが、父が嚥下生涯を起こしてから、食べ物を持ち込めなくなったのだが、さて無口な父ととにかく話題が尽きてしまう。結局時間切れで退散してきたのだが、在宅介護のときは、食事・排泄・清拭・着替えなど様々な関わりがあって、それでなんとなく間が持てていたというか、格闘技のような日々だったから、ともあれ平穏のとき、手持ち無沙汰で、間が持たないのだ。

相模大野校で個人指導と父母面談を済ませて、ふとたまらなくなって湘南台で降りた。ここから茅ケ崎駅行きに乗ると、私が塾兼自然教室をやっていた遠藤地区を通る。誰も聞いていないミニFM局を2年半車載局の形で、子どもから引き受けたテープを、塾が終わってから、ぽつねんとひとり、週2回流し続けてきた場所を通った。買い出しがあるので湘南ライフタウンで乗り換え、駒寄に出た。

時は流れ去っている。しかし、私はここに根を下ろそうとし、介護の必要性と茅ヶ崎の教室の不祥事の引責で塾を閉じたのだった。古戦場に来てどうするのだと思うが、介護は両親を送り出せば、自分が厄介になって終わりを告げる。その有限の時間を噛み締めるために、ここを通過したのだとわかる。

この有限を自覚するから、いわゆる市民活動からはぐれていくのだということがわかる。懇話会とQR個人医療データカードのふたつを当座の核にしつつ、実を育てていくかが鍵なのである。

相模大野校に残していた「教育と医学」誌を引き上げてきた。ただの三流進学校にする発想の貧困さよ。

社協や高齢福祉課の賛同者と懇話会を詰めたい。屋上屋であるが、世話人会呼びかけ文を書いている。

夜間傾聴:ひとり

(校正1回目済み)

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6/8 母のダンピング治療で/県立図書館はなんとも貧弱だった

2013-06-09 05:19:29 | 地震津波災害ボランティア
2013/06/08 記
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母のめまいは突然やってくる。だから危ない。それが夜間のダンピングがひどく、睡眠不足になっているときに起きやすい。ということは、心身の疲労が影響する系列の病だ。朝、周囲が騒がしいと思ったら母が近所の医者に行くところだった。就寝後2時間半だったこともあり、母を送り出し、クリニックに電話を入れて到着を確認したため、そのままにしていた。

今日は本来、平塚の「こどもの精神医療とは」という日置信彦氏の講演会に出る予定でいたが母の件があったので、某大学附属病院の**先生に診療再開をお願いに向かった。胃切除の後遺症のダンピングは生涯付き合っていかなくてはならないという。そういう現状なので、緩和治療の手立ても限られているから、地元医に治療を移すようにという、いわば見限られていたから、「再開」という話となったのだった。勿論医師は拒絶しない。しかし、今回はダンピングとめまいの相関を主張した上で、ともあれダンピングを抑えてもらいたいということで、予約をに念を押した。来週母をつれていくことになったが、苦肉の策でしかない。

平塚の会の「こどもの精神医療」ということでは、ふたつの関心があった。ひとつは「不登校・引きこもり」の子の周辺の条件に時々みられる「家庭内暴力」や「校内暴力いじめ」による神経症の発症,欝や統合失調症の事例、震災津波被災による家族の激変や、当人の被災によるPTSDの事例を聴くことができるかという期待があった。いわゆる「ドタキャン」申し訳なく思っている。

帰りに相模大野校に書類を届けて、休日出勤していた事務長と話す。今年度で退職が決定したと聞いた。事務長がいなくなると、「不登校・引きこもり」の若者や「自閉症スペクトラム」やボーダーのからんでいる若者等、周辺に降りた子たちへの関心を持っている教職員がいなくなる。定年カウントダウンが始まっていると感じる。

時間に若干の間が取れるので、桜木町の県立図書館に向かった。懇話会講師の候補からは交通費の関係で外れてしまった「あと少しの支援があれば」の著者で福島県点字図書館館長の中村雅彦氏の著書論文のチェックと、医療・福祉系の専門誌在庫チェックだった。閉館が17時でゆとりがなかったが、リファレンス担当職員に話をぶつけた。勿論、期待通りの成果が出てくるはずがなかった。

「あと少しの支援があれば」は、再度借りることができたが、あとは別人の中村さん、祈祷師がいるとはびっくり。

専門誌は無残。医療・福祉系の関連がありそうな専門誌では

●「社会福祉研究 No.116(2013.4)」(鉄道弘済会刊)
   ~東日本大震災と社会福祉~

を見つけただけで終わった。禁帯出なので、館外に持ち出すことができないので、むしろ大学図書館をあたる方が確率が高かった。私は研究のために書籍を探索しているのではなく、優れた実践に出会いたいからだ。その意味で、大学紀要などよりも、地方紙や専門職団体の会報をあたった方がいい。県立保健福祉大図書館(横須賀)も探ったが、意に沿う資料に出会えなかった。気仙地方の東海新報のような結構実践を丁寧に拾っている地方紙も着目している。しかし福島のように分散疎開している状況にコミットしている活動は、見え隠れしてつかみどころがなかった。行政や病院情報は守秘義務の壁に阻まれて、門前払いをされてしまう。

一番いいのが直接活動団体をあたることだが、調査だからと連絡をとる心臓は持ち合わせていない。

また、これはサブミッションだが、●「災害医療とIT」を見つけチェックしている。かくあるIT技術を導入すれば○○ができる式の発想を排し、東日本大震災の現場で起こったことをIT技術の切り口から反芻している点で、次の近未来の場面を想定する糸口を与えてくれる。書籍は横浜市立図書館にある。

家には、手間いらずの「おでん」(調理済み)を買って帰った。母のまた拒絶が始まる。「揚げ物」「ゆで玉子」「こんにゃく」が瞬く間に別の皿に取り出してしまう。「こんにゃく」は納得するが、残り物を私が片付けると糖尿病に悪いという戦いである。だし巻き卵と大根おろしで場を繕う。

奈良**MLの友人から、子供向け虫眼鏡が送られてきた。ありがとうとメールをだしたが、老眼ではないことが全く伝わらない。私の視野はまだらの雲に隠されている。無理に視野を合わせると字は読み取れるが、眼球を無理させているので、すぐに疲れてしまうのだ。ピント合わせと、読み取り先探しがあってつかれてしまう。

書見台を探し当てたので、当座はだましだまし読み取っていくしかないのだ。

睡眠導入剤を飲んで、母や今夜は落ち着いている。

S君との話、事務所経由のみしか通じないので、休みの土日が終わった月曜に、相手にもう一度電話する予定。

明日は東京の薬剤師##さんに、アクセスする。会えるか?

p.s.私の視野を載せた。

夜間傾聴:ふたり

(校正1回目済み)

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6/7 一日空転していました(今回、読む価値なし)

2013-06-08 05:09:57 | 地震津波災害ボランティア
2013/06/07 記
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母の調子が悪い。夜中のダンピングが頻繁で睡眠不足になっている。昼夜の温度差が開くと、私も足がつってしまったりする。母は足元のふらつきが目立ち、危ない。

土日が挟まってしまうというので、近所の主治医のところに連れて行った。慢性疾患で直接命に別状がないものは、どの医者も気を抜いてしまう。母も母で、趣味の会合があるから、薬を飲んで、大丈夫そうだったら、出かけたいという。

アレルギーの薬を飲むと、動悸・息切れ・めまいなどが副作用で出る。医者からは頓服が出たが、それを飲むのをやめさせた。
け結局会合の場所までつきそうことに。相模大野まで行ったら相手がキャンセルし、仕事があぶれた。母の会合の場所に向かう。時間にまだゆとりがあったので、市社協にビッグイシューと、「やさしいハンカチ展」の誘いチラシ。「懇話会ニュース創刊号」を渡して##さんと話込んだ。

##さんは思いの外、そうなんだよねーといいつつ、話にのってくれた。

母は快復した様子。食材はあるので、家に直行帰宅。不毛な一日となった。

懇話会の秋口の候補、福島点字図書館の館長さんのメールアドレスがわかったので、依頼状をとどけた。

S君依頼の件、担当者とあうことになった。ともあれちょぼっとだけ、前進させた。

疲れが出たか、母は私の傍らで食事後、居眠りをしている。薄手の毛布を肩にかけた。

ことが進まない、土日が邪魔。


夜間傾聴;なし


(校正1回目済み)

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6/6 茅ヶ崎保健福祉事務所に懇話会ニュースを届けて/S君と会った他

2013-06-07 04:57:37 | 地震津波災害ボランティア
2013/06/06 記
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午後や夜の仕事の時は、朝昼兼用の昼食を摂る。就寝が朝6~7時だから、全体が昼夜逆転型にずれている。

今回は、陸前高田の物産開発から生まれた「椿マーメイドパスタ」(バンザイ・ファクトリー)を試食した。隣の大船渡市の市花が椿であるように、気仙地方は椿の北限。これを観光シンボルに使おうとあれこれ製品開発されている。その製品のひとつだ。関東の人間には、髪油のイメージが強く、椿油が食用になること自身、意外に思うようだが、長崎や伊豆大島では、広く、天ぷら油などの食用に使われている。江戸時代から、黄楊(つげ)の櫛(くし)製造の際、髪の通りがよくなるように、櫛を椿油につける。

なぜ食用油として使われなかったかというと、コストが高いこともあるが、風味がなく、栄養素としても目立った個性がない。油自身はオリーブオイルなみに重く、油が口に残る。酸化しにくく、潤滑油としては優秀で、第二次世界大戦のころ、戦闘機のメカニックの潤滑剤に使われたこともある。酸化しにくい特性を活かして、混合油の材料としては素材として優秀だが、コストや混合の販売上のメリットがなかった。

大洋会の青松館作業所が椿油の製造を始めており、椿油の用途開発は成功すれば、価値は大きい。化粧品用として資生堂が買い出しに来ており、別の用途「食用」を開発することは、観光と結びつく道でもあった。しかし、売り物のメニュー開発がなかなかうまく行っていなかった。質が地味なうえ、「旨い!」
といわせる存在感が乏しかった。

試作品のスパゲティは、油とくれば「スパゲティ」と結びつくが、問題は椿油なればこそという納得のいく使用の狙いが打ち出せない悩みがつきまとっていることだ。

1袋2人前、なんとソースが2種類入っていた。たらこソースとトマトソースが1袋ずつだ。スパゲッティは2袋買ってあっやので、今回はトマトソース2袋を使った。

正直言って、きろく生のトマトや口直しの煮キャベツなどが入っていなかったら、食べる意欲がわかないほどに、油のねっとり感が残ってしまった。価値が伝わらない。母は一口食べただけ。麺は力作なのだが、これはダメだ。

もうひとつの「たらこソース」は近いうちに作る。

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そんな騒動をしていたので、昼過ぎ、S君と会う約束をしていたのだが、5分遅刻してしまった。

S君とは久々だったのだが、大事な話が交わされた。これはもっと話が具体化したら公開しよう。もしかしたら、彼にとって人生の大きな曲がり角になるかもしれないことだ。さっそく動き出したが、相手が捕まらない。メールが使えないので、直接電話しているがゆえのことだ。

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外回りは、午後からなので17時終了の職場まわりは、時間が追われてしまう。昼夜逆転のせいだ。平塚に出て県の分庁舎まわりを済ませた。就労関連の話だ。

平塚の図書館で書籍更新して、大槌町関連の書籍を入手。茅ヶ崎の保健福祉事務所に向かい、懇話会ニュースを手渡しながら、世話人会への参加を呼びかけた。昨年末講演してくださった保健予防課課長さんは、新年度人事異動されていた。今回話すことが出来たのは保健福祉課の課長さん。興味を持ってくださったところが2点。1点目が、一般啓蒙用ではなく、ケア関係者の経験交流的な要素を含んだ現場実践の災害対話であること、市民活動との連携を意図的に勧めている生活支援・医療保健ネットであること。つまり内容。もう一点は茅ヶ崎市固定の企画であるのかということだ。活動の実際は、市の枠を超えるが、活動は市の活動が核になること。実際は湘南東部医療圏域を意識している。(茅ヶ崎・寒川町・藤沢市)市行政と折り合いがまずいのか。

茅ヶ崎・手をつなぐ育成会にポスティング。茅ヶ崎サポセンに立ちより、ビッグイシューの受け渡しと、懇話会ニュースの掲示依頼。

駆け足で、不足食材を買い込み、茅ヶ崎駅のコインロッカーに入れ、そそくさと時間切れで橋本へ。

橋本3君に会う。当人、無断欠勤の件、けろりとしている。いつもこのギャップに悩まされる。

橋本3君の親御さんから、大きなレタスをいただいた。正直言って困った。レタスは母が一口も食べない野菜だからだ。農家なのではなく、家庭菜園のものなのだが、実に立派。しかし、帰り道の外食は断念せざるを得なかった。

教材屋のいくつかの最終稿を仕上げ投函。冷たい夜気と曇り空。雨模様だ。線路に出ると見通しが効く。こういう天候の時は、遠くの音が聞こえる。私が失った大切なひとの声を聞いたような気がした。背筋を伸ばした。

明日は、市社協に懇話会ニュース・ビッグイシューと、「やさしいハンカチ湘南展」の打診にいく。

中古自転車を大船渡の吉浜の知り合い宅に送り管理していただいている。しかし吉浜は盛駅や、陸前高田まわりには遠い。折りたたみ自転車が欲しい。被災地は車がないと行っても身動きがとれない。

講師の打診を始めた。東京・神奈川在住者優先。関西や東北だと交通費だけで3万円は出さなくてはならなくなる。

夜が明けた。夜間傾聴、店じまい。ゴミだしをして寝る。なんとも冴えない話である。


夜間傾聴:ひとり


(校正1回目済み)

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6/5 バオバブの樹主催講演会参加/東京に出かけつつ

2013-06-06 05:38:08 | 地震津波災害ボランティア
2013/06/05 記
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明け方、オレオレ詐欺の電話処理に振り回されて残されていた生業の仕事をとにかく片付けた。迷惑な話である。電話の彼、少なくとも言い回しの癖・イントネーション・声の質・年齢・歯並び・大まかな身長・体重まで、声紋が崩されていてもわかる。だから逮捕された時点で、余罪証拠となる。録音音声を提供したのだからまあいいかと思いつつも、この電話、全く間が悪い。朝10時から、茅ヶ崎のバオバブの樹主催のASDのお子さんの自立を見据えた具体的関わりについて、深水綾氏(県立麻生養護学校教諭)の講演企画があった。このタイミングの朝の企画は拷問に近い。

私の家の近くのバス停の時刻表は、駅近辺企画の安全圏を取ると30分以上前となり、間際のバスでは滑り込みなのでバスが5分でも遅れれば遅刻となる。今回は後者の形で10分弱遅刻となってしまった。私の目は照明の消えた会場では鳥目状態で、椅子の位置確認が怪しかった。嫌な予感がしたが、会場が明るくなって、その予感ははっきりした。20~30代女性ばかりで、爺ぃは私だけ。年配者は**さんと私だけ。ともあれ、いわゆる療育の語りを聞いてきた。

AS(アスペルガー症候群)の個性の特徴を捉えて、その個性をどう肯定的に受け止め、生涯のアウトラインをイメージさせていくかが論じられた。彼という人物の一生を、生物学的なプログラムされた対象として、どう影響を与えていくかという、いわゆる医療の論理では、彼という人格が心身を発達させていく内的機序はブラックボックスとなり、そこに外部から操作する構図となる。兆候を読み取り方向づけていくという論理を緻密化しようとも、親の無自覚な変化は論の外に出されてしまう。しかし親御さんの立場から見れば、「子どもを育てる」という発想構造と重なる親和性があるので、なおさらに日々の営為とのずれへの気づきは遅れてしまう。

しかし彼は、家庭や学校・地域等の人間関係の中で、親御さん・教員・友人らと交流し、その影響下の出来事や知識を抱えることで発達するのであって、場面を切り離して、兆候操作を行う論理は、いくつものブラインドされた関係を欠いた論理であり、例としては「共依存」のような親側をも含んで歪みが起きる場合は、フォローされない。多元的な交流の中にひとの発達が捉えられねば、結局それは客観に仕立てられた経験則の論理に飲み込まれてしまう。

その限界において、話を聴いていく。WISKが私が東京南部や湘南で活動していた頃「WISK-3」だったが、深水さんの語りでは「WSK-4」となっていた。療育における判定の場から、私ははいティーンズの就労支援に場を移していたから、ああ時が流れているなと、つまらないところで感動してしまったのだった。

偶然、**さんと出会ったので、懇話会ニュースを渡すことが出来た。もう支援してくださいとは言えない。納得したら支持してくださいという次元なのが悲しかった。

会終了後も、市役所分庁舎1Fの売店で、++さんと出会ったので、++さんの「またかいな」という表情を見なかったことにして、お願いしてきた。懇話会のことの他に、「被災障がい者の避難生活」を描いた映画作品の上映会の資料が届くのでよろしくと付け加えた。

分庁舎には、いくつかの関連課が集まっている。防災対策課・障害福祉課・保健福祉課に配布説明してきた。東京の生業関連の方との懇談の時間が迫っていたので、県保健所等は翌日まわしにした。3課ともに、「読ませてもらう」との応答をでることはなかった。

東京の懇談は1時間弱で終わった。あと3年の定年後の身の振り方を語りつつ、薄氷を踏むような交渉は無難に済んでほっとしたとき、突然無呼吸症候群のような発作的な眠気がおそってきた。**子と、このあと会う予定だったので、ともあれ近隣駅で下車。ケンタッキーフライドチキンの仕切られた席に首を突っ込んで、しばらくうたた寝をし、**子の帰宅(帰寺?)を待ち、時間がきたので、居眠り覚めやらぬ状態で、**子の家の近所まで行ったが、**子は居なかった。**子は深夜、ドライブ帰りだったと元気な声で応答があったが、用事はすませることができなかった。

**子の避難を請け負っていたお寺に立ち寄り、ご住職と話すことが出来た。プライバシーがからむので書けないが、かなりいろいろあったようだ。

帰りに横浜・寿町でビッグイシューを仕込んで、大船で食事と買い物をすませ、時間が遅かったが、我が家の近所の定期購読者に同誌を配って帰宅。母に準備しておいた食事を食べさせ、洗濯。PCに向かったら22時が終わろうとしていた。これからルーチンワーク。明日は久々にS君に会う、これは午後だ。

懇話会ニューステンプのメールが2通返信されてきた。いずれもお礼のメールに内容が留まった。

橋本3君が鉄道写真撮影の旅を終えて帰ってきたと、塾長経由でメールが来ていた。職場が嫌になってやめたのではなく、なにやら鉄道フアンの血がたぎった模様。迅速な母親の職場訪問で、無断欠勤ではなく、病欠扱いに首がつながった。よかった。しかし、これは再発するなと背筋が寒くなった、フォローには距離がありすぎる。

--------

夜間傾聴>塾長(なんと『傾聴』)
     橋本3君の母親
     **子
     中学生

    千客万来

(校正2回目済み)

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6/4 珍客に予定を掻き回されつつ

2013-06-05 05:06:30 | 地震津波災害ボランティア
2013/06/04 記
-------------
母のところに「オレオレ詐欺」電話。稚拙な手口、すぐに警察の捜査が入っている。録音が飛んだ。片っ端に電話を入れている模様。おかげで事情聴取やらなにやら、明日は10時からバオバブの樹の会があるというのに、まだ生業が終わらない。

橋本帰りに寒川町町立図書館に立ち寄り、書籍更新。町役場に##さんを訪ねる。懇話会の件、概要を話す。頑張るねえと言われてがっくり。関心があって、始めようかというひとは、がんばってとはいわない。

メールに通信(ニュース)を添付して送信、12通。1通$$さんには、ハンカチ展をやらないかと打診。期待はしていないが・反響は相変わらず0。だめなら私のできる範囲+背伸大丈夫び。
明日、午後から東京周り。

------あと3時間。眠る。



<<<気になる記事>>>
●「障害者の家族支援、保健師と連携 29日山田で初懇談会」(岩手・山田町)
●「生活、就労相談幅広く ありのまま舎、障害者支援亘理に拠点」(宮城・亘理市)

------ やっと被災地に、障がい者の現状を示す記事が出てきた。注目。

夜間傾聴:なし

(校正1回目済み)


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6/3 通信(news)配布スタート、まずは市行政関連課と話しだした

2013-06-04 06:10:56 | 地震津波災害ボランティア
2013/06/03 記
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やっと通信「『災害医療と被災者の保健』茅ヶ崎懇話会ニュース」創刊号を出すことができた。大風呂敷である。だが絶対に実現していかなくてはならない企画。何重にも内容が重なる荒れた編集だが、読み手を想定すると必要となった。

私は不登校・引きこもりの若者との付き合いの世界と、家族の介護のことから、ケアの世界に踏み込んだ。それは私という存在からみれば、私の生きている世界の側面であるが、他者から見れば関係の薄い領域でしかない。それを無理に「人権」とか「人間愛」なる概念を引っ張り出してみても仕方がない、むしろ言い包めの思考停止すら導きかねないから、災害対策活動の中で言う「要援護者」という概念は、そこで「該当者となる方々の気づきによる連携の必要性」という結集の原動力、現場における「概念の洗濯」というか「肺の血流」のような代謝が機能している現場において、場面に晒されている背景を持つ条件で、取り組みのベースに置こうと考えた。

現状の個々の活動をされている方々は、災害対策の必要性を問う契機を通り過ぎていたり、諦めていたりしている。それがネットワーキングが必要と感じ取るには、タイムラグがつきまとう。

この災害対策の分野で言う「要援護者」は、緊急という免罪符の「必要」から生まれているが、「迷える子羊の誘導」の発想を背景に、的確な避難を行うのが難しい人々を十把一絡げにした概念なので、日常の活動では従来それそれが別に活動している人々が、統制される形で要求される。だから災害対策関係者からみれば、必要で当然であることも、災害実態やそれへの対策の活動を知り、心に響くものがなければ、本懇話会の有効性は獲得できない。

読者の心に届かなければ、連携することによって実現されることが伝わらなければ、本懇話会企画は失敗に終わる。それゆえに、紙面の文章はくどく、重複している。だが祈るようにしてラフスケッチを書いたつもりだ。今回は私の独善を戒め、皆との協調をしなければ、もう協力はできないというお叱りをいただいている。ひとの繋がりの大切さを守れということだった。しかし、中間支援者(仕掛人)は、常に集団の境界の谷底を彷徨っている私のような所属を得られぬ者が、語りを始めるときは常に門付けの憂き目は引き受けることからはじまる。万難を排して語ること、表現することからしか始まらないと思っている。勿論内容が誇大な嘘に塗り固められたものであってはならない。その断ち切れた思いは祈りと呼ばれる。誰かがそこに必要性を感じ取ってくれなければ、それは結果として押し流されていくのみなのだ。

ぎっちり書いても、ひとは読まないというご指摘もあった。しかしそれは、一般向け文章の経験論であって、実践者・推進者向けの語りは、心情的共感と同時に、内容的納得が伴わないと同士は生まれない。

そのご指摘への悲しいギャップを噛み締めての企画化だった。

-------

通信(以下ニュースと呼ぶ。)は、早速相模原の塾長に、目が疲れると苦情をいただきながら出発し、茅ヶ崎市の高齢福祉介護課の**さん、市民自治推進課の++さんに届けられた。忙しい最中に割り込んで、申し訳けなかったが、概要説明を聴いて下さった。

また某障がい児者支援関係事業所は、時間が遅かったせいで閉じた後だった。某県議事務所と精神科クリニックには投函させてもらった。友人に郵送2通、FAX 1通。メールは、これから。

明日から世話人会結成への巡回説得が始まる。要援護者支援のケアと生活支援の懇話会実現を願うばかりだ。

-------

夏期講習用テキストの第2稿を送った。次回が最終稿。
入試問題集中高分買えと言われるが、金欠。個人で買うからと見送った。
橋本3君が突然旅に出た。携帯を持たせたと親御さん。無断欠勤である。趣味の鉄道写真らしい。冷や汗。

NHKの「あの日わたしは」シリーズ。3日「気仙沼・伊藤チャリトさん」を観た。フィリピンから帰化された方らしい。フィリピン国籍・帰化の方の被災体験番組は初めてだ。地元のカトリック教会がお互いの交流の場になっていたとかで、3.11被災直後の生存確認・互助活動の対応は迅速だったとか。在日の方の結束は強い。これが日本人だったらというナレーション。それは国民性ではなく、カトリック教会という共通の場が、日本人の場合、多様な立場のために共通の場がないということだろう。相模原の塾長が、やはり見て深くうなづいていたが、ほとんど取組み自身を知らないだろう。茅ヶ崎の活動とも連絡を出そう。

夜間傾聴:橋本3君の母親

(校正1回目済み)

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6/2 通信添付講師予定表完成月曜から巡回

2013-06-03 05:57:58 | 地震津波災害ボランティア
2013/06/02 記
-------------
通信の講師予定候補表を作った。ブログの微妙なところなので、講師交渉が済まないうちは、タイトルだけ。各3候補。

☆H25年度講師予定より☆

第一回(7月下旬)
●復旧・復興期の地域医療保健と支援ネットワーク
  ~要援護者訪問サポートを考える~

第二回(10月上旬)
●復旧・復興期の地域医療保健と支援ネットワーク
~被災障がい者生活サポートを考える~

第三回(H25・2)
●復旧・復興期の地域医療保健と支援ネットワーク
~被災高齢者生活サポートを考える~

官民ケア関係者・対象

うーん、間が空くのは資金調達(貯金)の関係です。
鮮度がおちなければいいのだけれど。協力要請巡回開始。

夜間傾聴:ひとり
(校正1回目済み)
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6/1 通信完成..次回講演会は7または9月に

2013-06-02 06:05:34 | 地震津波災害ボランティア

やっと通信が完成しました。次回講演会候補と資料を添えて、個別配布に入ります。

以下は3ページ目です。
---- ここから -----

☆☆被災地から防災と再建の道をまなぶ☆☆

 仮設生活が始まり、いままでの広い家屋の生活から、家族が顔突き合わせての生活し、やっと
隣人との近所付き合いが始まったが、災害によって失ったひとや職業への喪失感や、再建の手がかりの無さへの絶望感から、ストレスが引き金となる心身症や泥酔等依存症が問題になり始めています。長期化する避難生活は家族生活を蝕みます。その一方、就労困難、地域医療の崩壊や、高齢者・障がい者の施設再建の遅れから、日常生活の無理が被災者を襲います。この時期ほど相談業務の重要性が増しています。その内容も多岐にわたるようになります。

 この壁に対し宮城県女川町の実践にあるように、様々な相談業務を抱えるセクター、医療看護・福祉行政関連課・社協・高齢者介護事業者・障がい者生活支援事業者・自治会・生活支援NPO等の協働による「相談センター(サブセンター)運用」ネットワーキングのモデルが各地に生まれています。ボランティアセンターの支援による避難所生活から、一歩を踏み出す時期のネットワーキング実践は、近未来の自力再建と被災者住宅へのシャッフルの試練をうけつつも、生活支援地域連携の芽となる大事なつながりです。

 こうした地域再建への経験をまなぶことは、地域防災を単なる安全避難とするのではなく、再建へとバトンを渡す見通しを持ったものになります。本懇談会はその被災地の経験をサーチし、検討します。また、避難から再建に至る過程へのアイデアを吟味します。特に困難の顕在化する要援護者支援については、本懇談会の個性として、関係団体代表を含み議論を深めます。

 また安全避難をめぐる議論の穴となっている「外出時被災」、避難の中間支援者への「青少年層の採用と役割評価」「市民活動NPOの評価・育成」も議論したいと考えています。

 世話人会を作り、具体的な講演懇談企画をつくりましょう。その事例を別紙添付します。 

----- ここまで -----

夜間傾聴:なし

(校正1回目済み)

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5/31 通信No.0号最終稿があがり

2013-06-01 04:37:10 | 地震津波災害ボランティア
校正と、新年度講師(願望・交渉中)の別紙手直しをしています。

6/1号として、印刷入れればいいのですが。

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夕方、映画「ベアテの贈り物」を観る。
日本国憲法の創設者のひとり。
市川房枝さんの若き日の映像が。懐かしや。
可もなし不可もなし。従属史観の肩透しの自由。

精神・発達障がいと被災の関連データの少なさよ。

身体障がい関連
知的障がい関連
講師候補出てくる。鎌倉でも講演しているので
講師の重複を避けた。

ひとりは、SNSで接点あり。
(全員、決定まで具体名書けません、すみません。)

明日、朝、健康診断あり。8時台、このまま
向かう。

夜間傾聴:大船渡津波博物館事務員の件問い合わせ1件

(校正1回目済み)
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