湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネ学習的就労支援活動・災害ボランティアの実践を書き溜めていきます。

10/30 医療的ケアの必要な方と家族の発災保護と病室24h家族看護/眼科検査してきました

2017-10-31 05:42:17 | 地震津波災害ボランティア
2017/10/30 記
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慈恵医大眼科の年に一度の大きな検査をうける。

ショックな結果>加齢による視野悪化
診断書見送り>金欠

全3時間。非遺伝性の網膜色素変性症は珍しいらしい。

外来支払い最後、処方箋薬局が閉まるので、院内薬局からいつもの薬を受け取る。日赤時間切れ。病棟にあがり看護師長に挨拶し、懇話会メモと、医療的支援の必要な方の被災活動について、情報をとろうとしたが、夕食時で騒然としていて無理だった。

東京に戻り、丸善に取り置き依頼していたA・クラインマンの「ケアをすることの意味」(ISBN:9784414428667)を受け取って、急ぎ東京駅構内の駅弁ブースで残り物弁当を買って帰宅。

母はベッド上でむせていた。浜見平の友人さんと、中華の外食をしに行ってきたが、麺をすすると咳き込んで、結局食べられなかったと語り」、」弁当もいらないといいだした。しかし熱のある感染症の患者を連れまわしては、いけない。という私もマスクと格闘していた。つけると息の水蒸気で視野がなおさらに見えなくなる。電車のコーナーで、乗客に背を向けているという、儚い抵抗をしていた。しかし車内あちこちで咳き込んでいる。はやっているようだ。

私も身体にほてりを感じて、1時間ほど仮眠をとった。

NHK-Gで、東京裁判のドラマ4部作の第一回をやっていた。傍らのTVでそれを見ながら、橋本訪問のレポート採点を済ませ、夜間傾聴の参加者の待機。生活困窮者ネットの12/21川崎研修会の申し込みを書いている。いつも講師選択に、いまいちのしまりがないので、あまり期待していないが、ご無沙汰なので。(北村年子さんは切れるが、ジャーナリスティックで、一長一短、偉そうだが。)

私の企画の「医療ケアの必要な方と家族の被災」を扱う件進んでいない。1月にもつれ込みそうだ。

昨日のハフィントンポスト紙上に、子どもの入院時の寄り添い看護の告発記事が気になった。建前上は病院側で子どもの看護をおこなうことになっており、実態は病院長が家族が看護のために病室宿泊するのを認める形をとって、母親の24時間宿泊滞在を許可することが強要されている件だ。医療ケアの必要な方と家族の保護の記事だった。

実は私は幼少期、結核と喘息で長期入院を繰り返し生死の狭間を彷徨った。このとき母と介護代行さんが交代で私の傍らに付き添っていた。だからその負担の大きさは実感を持って感じている。何回も捨てようとした命だが、今になっては感謝に耐えない。

負担が大きく、1994年以降は、介護代行業者は禁止されていったというが、医療行為のことだろうか。仕事をやめざるを得なかった例もあるという。弱者いじめの社会である。

もう少し「わーく」:の記h時手直しをして寝る。

夜間傾聴:臨時休業

(校正1回目済み)

p.s.母が用足しに起きてきた。足元がふらつているので、寄り添った。



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