最近は官庁も御用始といわずに仕事始めや公務始めなどという。言い方はそれなりに意味があるのだろうが、年明け初めて仕事をする日、に違いはない。3交替勤務で年明けを経験した十数年間はそんな区別はなかった。
今、仕事始めを味わえる人は幸せだ、と思う。年越し派遣村で過ごされた人、そこでなくても明日からの仕事や住むところがなく不安を抱きながら年を越された方も多い。世界的な不況といわれる中で、抜け出す定かな方策は示されていない。
それはこの春に学業を終える若者にも容赦ない厳しさを押し付けている。就職希望の当人はもとより関係される皆さんの心痛は計り知れない。
現役のころ、採用面接で志望の動機を聞くと「会社の将来性と大企業である」、表現は異なるが同じ中味が返って来た。採用する側から見れば夢を託されたと嬉しい返答であるが、それだけに夢を違えさせてはならないという、責任も強く感じた。
国という大樹は国民の生命と財産を守るもの。その大樹は力不足で守るべきものへ力が及んでいない。年頭の挨拶は短くし、守るべきものへ力を注いで欲しい。ゆっくりでもいいから確実な歩みで。
(写真:壁の向こうの大樹では手が届かない)