ニコライ堂(東京復活大聖堂)で祈る

2016-09-05 00:00:03 | 市民A
先日、江戸時代の後半に日本の船員たちが大嵐で漂流し、カムチャッカ半島に到達し、その後シベリア大陸を横断し、やっとロシア史上最強の皇帝であるエカテリーナ女帝の許可を得て日本に帰還した実話を基にした「おろしや国酔夢譚」という映画を観たのだが、その中で生き残った船員たちは究極の選択を迫られる。

帰国までの望みの薄い命がけの冒険を続けるのか、ロシア(イルクーツク)で、地元女性と結婚しその土地に帰化してしまうか。地元で結婚するということは、ロシア正教という幕府ご禁制のキリスト教徒になることを意味し、帰国すれば火炙りになる。

そして、地元に残った人たちは、日本に帰ることなくロシアの地に眠っているわけだ。さらに、彼らより前にロシア領に九死に一生を得て流れついたものも、その土地に眠っているわけだ。

nikorai


ということで、御茶ノ水の近くに行くことがあり、足を伸ばして(といっても駅近歩2)祈りを捧げることにした。

前々から都内では有名な建物で、関東大震災で被災した後、立て直されている。内部は撮影禁止だが、大聖堂造りでステンドグラスや宗教画がたくさんあって、自分で蝋燭を祭壇に立てることになる。私は異教徒なので、かなり離れた場所までしか入れないが、来日中の観光客と思われる同じ宗教の方々はキリスト様の近くまでいって十字を切っていた。

ところで、ロシア正教の十字架はいわゆるプラスマークではなく、カタカナのキみたいな形だが、正確には縦棒は一本で、横棒が三本ある。上から短い横棒、長い横棒、そして一番下が向かって右下がりの斜め棒だ。

これには意味があるようで、聖堂内で読んでいて怖くなって読み切れなかったのだが、一番上の短い棒には十字架に架けられた罪状が書かれる。窃盗とか国家転覆罪とか覚醒剤使用とかだ。二本目は普通に人間の手を広げて釘で打つわけだ。そして三本目は足を固定する棒で、これがないと窒息してすぐに死んでしまうので、罪人に痛みを与えるためにすぐに死なないように支えておくということらしい。片側が傾いているのはキリストの両側で張り付けられた二人の犯罪者のうち一人はキリスト教徒になって天国に行き、もう一人は地獄に行ったことを意味するらしい(確か棒の高い方が天国で低い方が地獄)が、あまりの怖い話で、どちらがどうだったか大事な因果関係を忘れてしまった。いえることは、苦しみを受ければ受けるだけ救われるということがロシア国民の中に生きているということだろうか。


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