大名茶人 織田有楽斎展

2024-02-25 00:00:00 | 美術館・博物館・工芸品
サントリー美術館で開催中(~3/24)の織田有楽斎の歿後400年展は、相当の準備の末に開かれたのだろう。今では二刀流人生は珍しくもないが、400年前に大名と茶人の二本立てはすばらしい。



まず、展示の最初にあるのは、壊れた瓦だ。京都府の重要文化財。文化財と言うか遺跡と言うべきかもしれない。あの日本史上、最大のクーデターとも言える本能寺の変で焼け落ちた建物の瓦だ。今もって、動機不明、信長の遺体不明という事件だ。

織田有楽齋は武家としての本名は織田長益。織田信秀の十一男。つまり織田信長の弟。本能寺の変の時は、信長の嫡男の織田信忠とともに二条御所に籠ったが、明智軍に包囲され、信忠は自害したが、長益は脱出。このため卑怯者と呼ばれたが、その後は豊臣、徳川家の間を行き来し、調停案の模索を継続したが、功を奏せず隠居して茶道に励む。師匠は千利休。

日本史の中ではアンチヒーローの方に属するのだろう。

茶器収集は大量に行い、孫の織田長好(茶人:三五郎)が亡くなる時に遺品整理簿を残していて80人以上の名前の下にお宝の分配一覧表が残っている(展示されている)。今でいう遺言状のようなもので、遺産を80人以上に配ったことになる。結構、交際範囲がわかって、おもしろい。

武士としての展示品には多くの書簡が含まれるが、戦国時代末期を生き抜くために、手紙作戦を行っていたということだろう。

ともかく、見どころが多すぎて時間がいくらあっても足りない感じだ。

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