誰のためにもならない北米牛肉輸入解禁

2005-12-16 22:25:55 | MBAの意見

175de1dd.jpg12月12日、日本政府は2年間禁止していた北米からの牛肉輸入を解禁した。同時に危険部位以外の内臓も解禁。ただし、全頭検査を行っていない関係で、生後20ヶ月以内に限定している。政府の予想では、この禁輸解除で、停止前の17%の数量が輸入されるだろうと予測している。17%というのはずいぶん明確な数字だが、政府おとくいの静的分析によっているのだろう。

この問題はいくつかのポイントがあるのだが、最初に数量バランスを考えてみると、例えば、2002年の数字を見ると、牛肉の消費量は全国で128万トン。うち国産が59%の76万トン。輸入が52万トンである。この輸入のうち49%の26万トンがオーストラリアから、45%が米国産になっている。したがって国内流通量全体でいうと19%分が禁輸されたことになる。そして、その後、どうなったかというと、減った分の約半分がオーストラリア産牛肉になり、半分は主にアメリカ産の豚肉の輸入で穴埋めされたのである。

その後、鳥インフルエンザで鶏肉の輸入はかなり減っているのだが、食肉全体では、この鶏肉輸入の穴埋めは行なわれず、単に「おかず」の数が減って、GDPがほんのちょっと下がり、家計にゆとりが出ているらしい。つまり、あまりマクロで考えても「計算通りにはいかない」ということだ。よく言う話だが、「牛肉がなくても何も起こらない」とも言えるが、それでは乱暴すぎるから、もう少し考えてみる。

たぶん、政府の予測通りにはならないのだろうが、仮に、米国産牛肉の輸入量が増えたらどうなるかというと、おそらくその分の米国産豚肉の輸入が減りそうである。限界供給商品は輸入豚である。

次に、安全性の話だが、知ってか知らないかわからないが、話がズレている。20ヶ月以内ならOKとしたのは、20ヶ月以内の成体の異常プリオンを検査することができないという意味であって、安全ということではない。むしろ、20ヶ月以内の検査方法を技術確立させるべきだという正論もある。米国で確認されているBSE患者は140人強。日本は1人(それも英国在住歴あり)。元々危険だらけで、いつ撃ち殺されるかわからない国の基準で考えるか、安全性を「ゼロ」という数字で評価する国の基準で考えるか、という問題もある。政治家が口で言わないだけだ。


そして、具体的に懸念される点は二点ある。一点目は、肉骨粉の使用状況であり、もう一点は、既に拡がっているかもしれない土壌汚染の問題である。

肉骨粉の牛用の飼料として使用することは、両国とも禁止している。さらに、ある意味で農産物の統制経済が続く日本では、こっそり変なことをするのは難しい。他の業界では、「アネハ事件」のような例があるものの、肉骨粉を密かに入手して牛に食べさせて得る利益と発覚した場合のリスクを考えれば、経済的にも使う必然性がない。さらに、すぐバレるだろう。たぶん米国では、そういうことがバレるリスクも低いだろうし、バレたところで社会的制裁も小さいと思われる。

次に、土壌汚染の問題だが、野生動物に広がっているかどうかという問題だ。今のところ、牛、羊といった反芻動物とそれを食用にしている人間が感染しているのだが、仮にそういった管理された環がはずれて、野生生物にも異常プリオンが広がっていったとしたら、もはや地球規模で回復困難となる。地面にいる微生物段階で汚染されれば、牧草だけを食べていても危険になる。オーストラリア大陸にも渡り鳥が宿主として運んでいく可能性がある。発病するかしないかは、単に潜伏期間と寿命の関係になるかもしれない。日本でもペットフードには肉骨粉の使用は許可されていて、何らかの理由でペットが野生化すればあぶない。もちろん、何らかの理由で人間がペットフードを食べたら、きわめて危険ということだ。

そして、米国産牛肉は12月18日に航空便で到着する。もっともご執心なのは、無論「吉野家」であり、他の業者は慎重である。吉野家がご執心なのは、牛丼以外のメニューはことごとくうまくいかなかったからなのだが、何か、どうも吉野家だけが輸入業者になるのではないかなという状況だ。もちろん、その方が消費者は安全だし、吉野家だって、牛肉不足の悩みもなくなる。流通ルートが複雑になった場合、日本全体としての「牛肉離れ」ということがおきるかもしれないからだ。別に牛肉がなくても、何も起きないのも事実だ。来週以降の宴会の幹事は、事前にメニューを聞いて、「牛肉抜きで」と付け加えなければならない。

そして、禁輸前の2002年のアメリカの牛肉輸出は、日本向けが30%、韓国向けが26%。日本の次は韓国が攻められるのだろうが、たぶん無抵抗だろう。米国の国内向けの供給量がタイトになり牛肉価格が上昇することが予想されるが、他国の物価の心配をする必要もないだろう。


ところで、実はあまり「牛肉問題」を客観的立場で考えられない状況がある。私も牛のオーナーなのである。投資先の一環で「安愚楽牧場」という黒毛和牛のオーナー会に入っていて、年利3.6%の配当収益を得ている。一度、那須牧場で女性社長の話をうかがったことがあるが、要するに農業、畜産業に株式会社の参入を認めない政策のため、農協というような巨大組織に入るか、個人の零細規模でやるしかない、という現行の制度に挑戦するため、牛の個人オーナーから委託されている形態で事業拡大しているとのことだ。

毎年、決算書をいただくが、一般企業なら借入金にあたる委託金の比率は低くない。社長の説明では、「牛の死亡には保険をかけているので安全」と言うのはわかるのだが、「会社の経営には保険がかかっていない」のも事実。予期せぬ禁輸措置のおかげで収益は好調なのだが、輸入が開始されると牛肉価格の下落リスクが高まる。

一方、米国のけしからないのは、たいした理由もなく「日本産牛肉の輸入禁止」を続けていることだ。米国のリッチマンは日本にきて「コウベビーフ」というブランド名の霜降り牛肉を絶賛していくわけだから、解禁されれば、高級牛肉は米国にも流れるだろう(交際費接待という制度がないのがたまにキズだが)。そうなれば、またあらたな展開になる(日米牛肉戦争)のかもしれない。国際経済学の不滅の理論である「比較優位論」によれば、日本が高級牛肉、米国が低級牛肉に特化していくはずだ。

ということで、年末は、「牛肉」・「強度偽装」・「少女殺人」の三つの狂奏曲が大鳴騒の中、混乱の中、終わるのだろう、と思っている。



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