兼六園、アップダウンは何のため

2011-11-16 00:00:39 | たび
金沢と言えば前田家。加賀百万石とよく言うが、能登も前田家の物だったので、実質は120万石以上だったはず。その居城に連続する庭園が兼六園である。

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よく、日本三庭園として、金沢の兼六園と水戸の偕楽園、そして岡山の後楽園が並べられる。いずれも大名庭園である。大名庭園というのは、今風に言えば、総合庭園とでもいうべきか、あれもこれもと各種趣向を凝らした満漢全席である。しょせんは大自然を庭に押し込んだだけというべきか、それでもすごいというべきか。私にはよくわからない。ただし、偕楽園には行ったことがないので、断定は避ける。

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で、兼六園では、「三庭園というが、兼六園は別格」というようなことが書かれている。その決め手は、6つのキーワードである。その6つのワードをキーにして、テーマパークが完成しているとのこと。

その6語とは、・・・

宏大・幽邃・人力・蒼古・水泉・眺望

このうち、宏大(広大)、眺望というのは比較的意味がわかりやすい。幽邃(幽遠)・蒼古というのも抽象的表現であるが、なんとなくわかる。

しかし、人力と水泉というのは、どういう意味だろうか。

思うに、人力とは、人間の能力の限界というようなことだろうか。単に人力馬車的な意味じゃないだろう。そして水泉。川であり湖であり、また海をイメージすることばなのではないだろうか。

振り返れば、前田利家。戦国の時代に生まれるも、わずかな登場の遅れと秀吉の存在の大きさによって、天下を狙うことは叶わなかった。前田家の末裔の殿さま達は、藩のグランドパパである利家の隠れた無念を晴らすため、わが庭に「信長の野望ゲーム」を頭の中で想像するがため、各種趣向を凝らしたのではないだろうか。

ところで、兼六園は庭園内にかなりの高低差をもっている。高台に築いた城に続いた敷地なので当然のことなのだが、この高低差を使って作られたのが、園内の噴水。ポンプなしで見事に噴き上がるのである。

まさかと思うが、噴水を作るために高低差のある地を庭園に選んだのかもしれないとも思うが、低きに流れるはずの水の流れを、途中で噴き上げさせるとは、何の意地であったのだろうか。