将棋紳士録事件とは何だったのか

2007-06-09 00:00:07 | しょうぎ
今、一冊の本が手元にある。「将棋紳士録1974年版・10周年記念号」。定価はない。発行元は将棋紳士録発行会。そして監修は一人の棋士、斎藤銀次郎八段。


この本は、全国の初段以上の有段者の氏名と住所が記されている。個人情報そのものであり、現代では発行できるはずもない。いわゆる紳士録だ。紳士録の常として、紳士じゃない人がご愛用する本である。ページを繰ると驚くのは、内閣総理大臣田中角栄からのお言葉と色紙の写真が掲載されている。「静観自得」と書かれている。「静観」は角栄的ではないが、「自得」は角栄的だ。そして、目白区のリストの一番上には、「六段 田中角栄」と書かれている。



また、大蔵大臣(福田赳夫)はじめ多くの議員や警察庁長官、日銀総裁、経済界やその他の名士の方が五段、六段と記されている。最高七段の方は、○○○製鉄の方で、その社の会長でも六段なので、何か特別なのだろう。そして、それらの方が実力で五段、六段とは考えられない(当時、県代表で実力四段だったはず)。となれば、将棋連盟が無料で段を配ったか、寄付金の見返りで認定したかいずれかのような匂いがする。


ところで、なぜ、この紳士録に興味を持ったかというと、現代的問題としてある棋士に関する話題からだった。

武者野勝巳六段。この先生、先日の将棋連盟理事選では敗れたのだが、その前に米長会長とのソフト盗作事件では裁判の結果、勝訴している。普通の世界では、同僚の棋士と盗作問題で争い、負けたなら、ほぼ即座にクビなのだろうが、コンプライアンスという意識がまったくない社会だ。

そして、裁判の途中で、武者野六段は、米長会長の腹心である西村専務より、紙面にて脅迫(警告)を受ける。

「これ以上騒ぐと、将棋連盟から除名する!」。女流棋士の世界では除名どころか、大量に棋士が脱退してしまったが、男性棋士が一人で脱退しても、とりあえずただの失業者だ。将棋は一人では指せない。

そして、その脅しが有効だったのか無効だったのかはわからないが、一応裁判に勝訴。数百万円の和解金を得ることになった。



ところが、過去の除名された棋士というのを探してみると、二人しかいないそうだ。

一人は阪田三吉。しかし、没後、除名を解かれている。手遅れだ。

そしてもう一人が、斎藤銀次郎八段ということだ。こちらは除名のまま。この斎藤八段の弟子が平野広吉六段でその孫弟子が現在の渡辺明竜王になる。除名になると、将棋連盟ホームページの棋士紹介からも消されてしまう。除名後、何歳まで存命だったかも不明だ。

巻末の斎藤自伝によると、明治37年江東区の生まれ、21歳で石井秀吉六段に弟子入り。ほぼ同時にプロとなる。その後、昭和12年(32歳)に八段昇格し、名人戦リーグに参加、金子金五郎、阪田三吉らと対局。斎藤-阪田戦の記録係が大山康晴二段だった。そして引退は昭和40年。60歳の時である。この紳士録は昭和49年判なので69歳の時。すでに妻も亡くしている。一体、斎藤八段は、なぜ除名されたのか。

実は、このあたりの事情はよくわからない。昭和49年から51年の将棋世界誌(当時の、唯一の将棋連盟公式誌)を調べたのだが、何も書かれていない。当時のビッグテーマは、千駄ヶ谷の将棋会館(現有)の建て直しと、それに伴う寄付集めの進捗状況の報告が多い。建設資金6億円の20%である1億2千万円を寄付でまかなう計画だったらしい。

そして、かなり長い間、その除名の理由を推定してきたのだが、二つの可能性にまで絞りこんだのである。

可能性1:借金説
 どうも借金踏み倒しを続けていたという説がある。同僚棋士の家に押しかけ、借金を求める。返さない借金は無心というのだが、借りるまで帰らず粘っていたという話がある。そして、断罪された。
 しかし、実際には、借金の対象が棋士内部であれば、そうみっともない処分はしないような気もする。それに、除名したからといって無心にこないということもないだろう。内部のたかりであれば、女性棋士にはまり一刻も早く対局にケリをつけ突撃するため、急戦の中原玉を発明した元名人は、兄弟子に自分のマンションの権利を理不尽に奪われ、心労で弱くなったという説もある。

可能性2:将棋紳士録事件
 おそらく、こちらがホンボシだろう。借金地獄にはまっていたのかもしれないが、何らかの方法で将棋連盟から有段者名簿を入手し、書物の形で発行。あるいは、政財界に渡りをつけ、しかるべき金額で段位を乱発したのかもしれない。あるいは、全国の有段者宅を行脚し、この紳士録を押し売りしたのではないだろうか。被害者が棋界の外にあったのかもしれない。
 そして、決定的に将棋連盟が怒った背景は、連盟の本館の新設に伴う寄付と同時だったからではないだろうか。新設用の寄付金を集めて紳士録代金にすりかえてしまう、とかだ(ただの推定)。


そして、思えば、ついに連盟ビルの建て直しが話題に出てくるようである。そうなれば、再び寄付金の話になるだろう。女流棋士独立派が寄付集めをはじめた時に「同じパイの奪い合い」と烈火のように怒った米長会長の真意も同根なのではないだろうか。




さて、前々週、5月26日出題の「盤上大駒6枚問題」。

攻め方の王が動いて王手をかけると、龍を飛車で抜かれる。したがって、4三か6三かに潜らなければならないが、桂を打つとその桂が邪魔になる。とりあえず、▲4三桂、△4一玉、▲2一桂成、△4一玉、▲3一成桂、△5一玉、▲5三龍(図)とやっと第一段階の目標達成。

そして、△6一玉に大技が登場。▲9四馬!(図)。以下、△9四同飛、▲5二龍、△7一玉、▲7三香、△8一玉、▲7二香成、△9二玉、▲7三成香、△9三玉、▲8二龍まで19手詰。

慾を言えば、玉方の飛車を9五に誘導して、最後に2手伸ばしたいのだが、そのうちということにしておく。




今週の問題は、一気呵成の押し相撲が馬力切れになった後、反撃され、土俵際でうっちゃりを決めるようなもの。要するに現政権みたいなものか。いや、現政権はまだうっちゃりには至っていないか。

解答がわかったと思われる方は、コメント欄に、最終手と手数と酷評を記入していただければ、正誤判断。実は、先週(6月2日)問題が未回答のままなのである。