「湖の南(富岡多恵子)」評

2007-06-12 00:00:05 | 市民A
富岡多恵子の初期の小説をずいぶん読んでいたことがあるが、かなり前のことである。大阪の方の出身の方で、富岡多恵子詩集を完成させた後、小説家に転身。「カリスマのカシの木」という物語詩などは少し覚えている(というか、589ページの大著である富岡多恵子詩集そのものを持っている)。池田満寿夫と同棲したのに、籍に入れず別れてしまったために、愛犬と遊んでいるときに転び、頭を打って亡くなってしまった池田の「エーゲ海に捧ぐ」の著作権料は手に入らなかった。また著作権料が佐藤陽子のものになったわけでもない。二人の前に妻がいた。別れずじまいだった。が、どうでもいい話だ。


6f80519e.jpgそして、やや粘着性と少し大阪女の怖さを隠した文体は、そのうち読み手としての私が疲れてきて、長い空白ののち、新刊「湖の南」を手に取った。彼女にとって、新機軸になるのかもしれないノンフィクションというか歴史というか伝記というか。ただし、もちろん、そのどれでもない。主人公は「富岡多恵子自身である”わたし”」である。

そのわたしが、ふとしたことから手に入れた一冊の琵琶湖について書かれたドイツ語の本が、35年経って、”わたし”が琵琶湖の見える新居へ引越してから、蘇ってくる。実は、その長いイントロはあまり重要ではなく、その本に書かれた一人の男である津田三蔵を登場させるためなのである。ドイツ人の本に書かれた「津田をモデルにした主人公」は、史実とまったく異なるので、すぐに退場。

そして津田三蔵は、何者かと言えば、明治24年、来日して日本各地を旅行していたロシアの皇太子ニコライにサーベルで斬り付けた巡査である。しかし、ニコライは運動神経が発達していたようで、軽傷を負いながらも走って逃げる方法を選択。実は、まったく歴史に出てこないが、この事件の時、ニコライにはいとこのギリシア王子が同行していた。こちらも足が速かったようで、逃げるニコライの後ろを津田三蔵が追いかけ、すぐ後ろにギリシア王子が追いつき、背中に一太刀、ひるんだところを人力車の日本人車夫二名が追いつき、首の後ろに手傷を負わせ、やっと捕まえる。そして、警官たちは、そのあとやっと現場に到着する。

その後、天皇はじめ日本の指導者たちが、東海道線ですっ飛んできて、日本中から贈り物作戦がはじまり、何とか国際問題にならなかったわけだ。

そして、作家富岡多恵子は、この事件そのものの洗い直しと、さらに謎に包まれた津田三蔵の犯行動機について推理していくわけだ。

実は、わたしも古い事件とかを調べることがあるのだが、なかなかわからないものだ。事実そのものもぼんやりしている。また、後世の人間の資料は、自分勝手なものが多く、正しくないものもある。結局、大部分は作家の想像力によって復元しなければならない。

この事件は、その後、取調べが行われ、裁判が開かれる。例の司法権の独立という事例で、政府からの”死刑にせよ”との圧力に負けず、裁判官は無期懲役にする。実際、それが戦争の元になりそうだたらどうなっていたのだろう。やはり死刑になっていたのだろうか。実は、富岡多恵子は、この津田三蔵が無期懲役になり、北海道の刑務所に送られて、僅か数ヶ月で獄死したことを知る。真相は闇の中だ。

さらに、この巡査は、西南戦争で兵士として戦っていた。政府軍として西郷隆盛軍と銃撃戦をしていて、手に弾の貫通を受けている。そして、津田三蔵に死刑を科そうと裁判官に圧力をかけたのが内務大臣の西郷従道(隆盛の弟)。さらに、この津田三蔵は、逮捕されたあと、自分の身分について尋問されたときに、巡査とも、元兵士とも答えずに、ある藩の藩士と答えている。

藤堂藩士である。伊賀上野の出身なのである。私自身、藤堂藩の大祖先である藤堂高虎のことをだいぶ追っていたことがある。藤堂藩に伝わる「家訓200箇条」を読み下したこともある。伊賀上野城を訪ねたこともある。

さらに、富岡多恵子は、この三蔵の父が藩医であったことを知り、さらに松尾芭蕉までもがチョイ役で登場する。


ところで、本著は富岡多恵子がナマの自分で登場しているのだが、本著を書き続けている間に、妙な人物からの怪書簡が続いていることが並列的に書かれている。普通の読者ならば、この怪書簡と津田三蔵との間に何か特殊な関係が現れてくるのかと気を回すのだが、実は、何も起きない。では、何だったのだろうか。本著は既に上梓されたのだから完結。となれば、本人のところには、まだ怪文書が送られ続けているのだろうか。まったくわからない。

そして、津田三蔵は事件後、数ヶ月で獄死するのだが、ロシア皇太子の方も、後に革命で捕まり、大家族全員が銃殺された。


海の向こうの某国の皇太子は、時々来日して、こどものようにディズニーランドで遊んだり、大人のように吉原や熱海で遊んでいるようだが、斬りつけられた話は聞かない。が、逃げ足が速いとは思えない。後にどういう運命になるのかもわからない。

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