殯(もがり)の森 美しい日本の森で・・

2007-06-04 00:00:00 | 映画・演劇・Video
c3ed78cb.jpgカンヌ映画祭グランプリ受賞作品。早々とNHKが衛星ハイビジョンで公開。インタビューまで番組に組み込んでいる。さすがNHK。

そして、この映画は、かなり賛否両論を引き起こすだろうというような気もするが、「興行」という要素をまったく無視して映画監督が作品を作ると、こういう常識では測れないような問題作品ができるのだろう。監督の河瀬直美さんはドキュメンタリー出身ということで、この映画は、フィクションでありながら、全体として、日本の高齢化社会の現在進行形の老いと認知症の問題のドキュメントになっている。

通常、映画の粗すじを書くのはスジが悪いのだが、この映画には、一般的に世間で通用している論理的なスジというものが、そもそも存在しない。登場人物は妻を33年前に亡くしてグループホームで余生を過ごす「シゲキさん」と、こどもを亡くした心の傷をもったままホームで働く「真千子さん」。そして、美しい日本の森。日本の森は、町から田舎に続いたその先にあり、農村生活のバックボーンになっている。

c3ed78cb.jpgそして、シゲキさんは、認知症でありながら、心に残る優しさを隠したまま、森の奥深くにある妻の墓を目指して徘徊し、それを真千子さんが手伝う、ということ。だから、どういう映画だろうと知りたいなら、コトバで知るより、映画を見るしかない。


そして、思ったのは、この認知症とか少子高齢化とか、現代の日本で進行している現実は、数十年後には世界中で起きているはずである。省エネとかバブル崩壊とか、日本はいつも困難な問題で世界の先頭に立っているのだから、この認知症問題もおそらく克服するのだろうとは思っている。カンヌでスタンディングオベーションが起きたのも、欧州でも、いかにもどうにもならない「美しくないが、醜くいわけでもない古く新しい問題」を正面から切り裂いたからなのだろう。30代でこの映画が撮れるというのは、まさに鬼才ではないだろうか。

思えば、楢山節考で深沢七郎が描いた姥捨て山は、日本の遠い過去の伝説を引継いでいたのだが、河瀬監督が描く老人問題は、その裏側は現代である。森で道に迷う二人の上空にはヘリコプターが飛んでいるし、携帯電話の電波は微かに届いたり届かなかったりする。


c3ed78cb.jpgそして、日本は、老人社会に向かいながら、かたや農村では農家は激減。林野行政の失敗で森は荒れ放題。都市化と老人と森林破壊という複雑な絡み合いが続くのだろうか。欧州の童話を読めば、森が子捨ての温床になっていて、望まれぬこどもは、普通は狼の餌、運がよければジプシーの仲間というのが相場だったことがわかる。それに較べて、日本の森は人家の近くにあって、生活に溶け込んでいたことがわかるのだが、・・

余計な感想だけど、この映画を見ていると、森の奥まで電波が届くようにアンテナを立てておかないと、徘徊老人にとっては、全国どこの山もが、行けど戻れぬ樹海状態になってしまうのではないだろうか。


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