成田国際空港社長人事

2007-06-01 00:00:40 | 企業抗争
農水省と緑産業機構のタッグチームばかりが批判されている。緑産業機構が無駄遣いしていたため、日本の森林荒廃が進んだということも言えるのだろうが、いずれそういう方向の話になるのだろう。そして、その事件のカゲに隠れているのだが、国交省と成田国際空港(株)のタッグチームの話もある。成田国際空港(NAA)は、以前は空港公団だった。もちろんトップは運輸省からの落下傘。

そして、小泉内閣の時に民営化が決定し、現在は政府100%出資の株式会社になっている。株主は政府なのだから、誰を代表取締役社長にするのかは総理大臣が勝手に決められる。そして、当面、政府の目標は、なるべく早い時期に政府保有株式を市場で売却することである。

しかし、現社長の黒崎氏は元運輸政務次官という官の大物。民営化の過渡期ということで仕方がないとは言え、改選期の今年にどうなるか注目されていた。官邸サイドの「民間人起用案」と国交省サイドの「役人続投案」で対決状態が続いていたが、やっとトップ交代ということになった。新社長は森中小三郎氏(64)。住友商事元副社長ということだ。年齢が高いのが問題ではあるが、元商社マンということは、空港会社をサービス会社と捉えた場合は、「ユーザーの視線」ということになる。世界の主要空港をユーザーの目で比較すれば、成田はかなりレベルが低いのを知っているはずだ。

一方、空港を資産管理会社だと考えれば、ユーザーは「空港のシステムや秩序を乱す霍乱要素」ということになるかもしれない。まさかと思うだろうが、例えば、エアバスの次期旅客機であるA380は総二階建てなのだが、乗降口も上下二段になっていて、空港側もそれに対応しなければならないのだが、二つあるターミナルビルの一つだけで対応するつもりらしい。本来二つのターミナルビルは航空会社別になっているのだから、うまくいくわけないような気もする。

さらに、民間人の起用に反対していたのは、国交省だけではない。成田市長までもが反対のメッセージを国交省に届けていた。

 成田市長と地元経済界関係者は18日、国土交通省に冬柴大臣を訪ね、成田国際空港株式会社の次期社長問題について「成田空港は騒音問題や用地問題を抱えており、事情がわからない民間人が社長になる事には反対。」とする申し入れを行いました。

株式会社の社長の人選に、地元の市長が口を出していたわけだ。開港の時は新左翼の激しい抵抗があったわけだが、地元業者と市長は、その反対派を持ち出して、利権の維持に躍起になっているわけだ。


ところで、官邸サイドがトップ交代にこだわったのは、現黒崎社長が「アジア・ゲートウェイ構想」に否定的だったから、とされている。では、そのアジア・ゲートウェイ構想と成田空港がどういう関係になっているかを見てみる。

まず、アジア・ゲートウェイ構想だが、能書きは官邸のホームページ、に書かれていて、各論は10項目。10項目の中には直ちに実現できるものもあれば、ただの理念のようなものもある。既に機を何年も逸して、今更のものもある。しかし、その第一項が”「航空自由化(アジア・オープンスカイ)」に向けた航空政策の転換”ということになっている。

副題として、”航空自由化(アジア・オープンスカイ)による戦略的な国際航空ネットワークの構築、羽田の更なる国際化、大都市国際空港の24時間化”、ということになっている。

さらに、細分化される。<航空自由化(アジア・オープンスカイ)による戦略的な国際航空ネットワークの構築>というテーマで、各論の中で関西国際空港、中部国際空港、地方空港の役割が期待され、首都圏空港(羽田・成田)についてはあいまいに書かれている。そして次のテーマである<羽田の更なる国際化、大都市圏国際空港の24時間化>というテーマの中で、羽田・成田の増枠について書かれて、可能な限り、どんどん発着回数を増やすこと、というような内容になっている。

要するにこれらの計画の中で、空港に求められるのは、特にアジア地域内の移動について、なるべく制限をはずして羽田でも成田でも自由に入出国できるようにしなさい、ということに読める。

言い換えれば、成田は制限が多くて、あれこれうるさいので羽田をフル活用しようということである。そうなれば、成田は羽田のバッファー機能になるのは目に見えているので、成田空港側はこの計画に反対しているのだが、それでは便数を増やせるかとなると、それも難しい。したがって、時間稼ぎの寝技に出ているものの、結局、官邸から見放された、というように見えるわけだ。成田空港側としては、国際線独占空港の地位を死守したかったのだろうが、前首相がいとも簡単に、羽田=金浦空港直行便という奇襲攻撃で粉砕してしまった。

69893152.jpgそして、夜間騒音問題以外の大問題である土地収用問題であるが、遅々と進んでいるものの、どうも大きな農地を所有している「Aさん(本名はAではない)」の事情というのが、最後の大問題になりそうということだ。Aさんは農地と鶏舎を所有されているそうだ。

現在のところ、Aさんの所有地の買収をあきらめた形で2500メートルの平行滑走路は北側にその分、計画を延伸することになっている。そのため、国道51号線の迂回が必要になる他、Aさんの所有地をぐるっと回りこむような形で飛行機の誘導路ができることになる。ターミナルビルからエプロンに到着するまで、長い時間が費やされることになる。さらに長さが2500メートルでは大型機の発着は困難だ。結局作ってみても八方塞になる可能性がある。元々、成田は遠いのである。

既に1978年の開港から30年近く経過するので空港側もAさんの事情はよく知っているらしいのである。

まず、どうもAさんは野菜作りの技術がそれほど巧みということでもないらしいのだ。そのため、不揃いや、やや商品価値の低い野菜が多くなってしまうのだが、ダンボールに詰めて、同志の方々に産直販売されているらしい。そのため、空港の用意した代替地に移転してしまうと、それこそファーマーとしての腕前で勝負しなければならなくなるのである。

さらに鶏舎の方だが、ニワトリは飛行機の音にはあまり反応しないのだが、上空を飛ぶ機影については、鷹などの猛禽類と誤認して、きわめて神経質で卵を産まなくなるそうなのだ。そのため、鶏舎には屋根をつけてもらっているらしい。結果として、他所に行くべきではなくなっているわけだ。

その上、本当の移転反対者は奥様だそうで、「イデオロギー的に反対運動しているから結婚しているので、代替地に移るのなら、離婚して東北に帰る」という噂もあるそうだ。

しかし、一つ一つ考えれば、なんとかなるような気もするのだがどうだろう。


今更ながらではあるが1970年頃に、この場所に空港を作る、と決めた時点から現代の諸問題は始まっている。予測できなかったわけでもなさそうな次元の問題が多く、本当に残念なのだが、そのあたりの事情にもっとも詳しいはずの人物、元運輸政務次官(後に農林大臣)山村新治郎氏は、よど号事件で活躍したあと、既に非業の死を遂げている。


とりあえず、新社長に期待したいのは、到着ロビーにあるインフォメーションセンターの半円形ブースの周りに、都内までの道聞きのために、列を作らず何重にも取りかこんで、よくわからないコトバで騒いでいるアジア系乗客の整理ではないだろうか。アジアでは、列を作るという習慣が未発達で、さらにブースが半円形となれば、いつも混乱するのも無理からぬと思われる。しかも、混沌都市東京への道を教えることも簡単ではない。

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