口紅のとき (Forever Rouge)

2007-04-01 00:00:25 | 美術館・博物館・工芸品
13646eac.jpg銀座の”HOUSE of SHISEIDO ”で始まった、「口紅のとき」を覗く。写真家の上田義彦氏と作家の角田光代さんと仏文学者の鹿島茂氏の共同作業によるアート空間である。上田義彦氏のことは本ブログ初出であるが、角田光代さんは、何回か登場している。そして鹿島茂は1回登場しているのだが、それは本職とはあまり関係ない神田神保町の鰻屋の話。今回、経歴を読むと、共立女子大教授と書かれている。なんだ、神保町は地元だったのではないか、と疑問氷解。

このHOUSE of SHSEIDOは1階と2階とに展示がわかれるが、1階は上田義彦氏のモノクロ写真と角田光代さんのショート・ストーリーの部屋である。

この口紅を引く女性たちをモノクロ写真でとらえるというのが、味があるのだが、注意深くみていると、女性と口紅だけではなく、構図の中にガラスや鏡や金属が多く加えられているのが特徴になっている。鏡の前の女性、カフェのガラス越しに自然な表情の女性など。ささいな話だが、ガラス類の多い被写体を写すと、カメラマン自体、あるいはカメラ自体が反射して写ってしまったりするのだが、どうやって撮影したかよくわからないものもある。もっとも「プロだから」と言えばそれまでだろうが。

13646eac.jpgモノクロの特徴である「光量と入射角のコントロール」で、朝昼夜を表現している。あまりヤバそうな職業の女性被写体はここにはいない。何しろ会場は資生堂だからだろう。


そして、角田光代さんのショート・ストーリーはむかって左側の壁面に書かれていて、「色をまとう」と題されている。

6歳の時の口紅の思い出、12歳の時の思い出と続き、18歳の初恋の思い出など、てっきり「ショート・エッセイ」かと思って読み続けていくと、その先に結婚する相手の実家の話が出てきたところで、「あれ、変だな。旦那は同業者の伊藤たかみ氏ではなかったか?」と疑念の気持ちが拡がり、「これはエッセイではなく短編小説なのだ」ということに気付く。なにしろ、ストーリーはさらに何篇も続き、60代で夫に先立たれた後の80歳での口紅に対する思いまで書かれている。いつもながら、妙な作家である。

13646eac.jpg本題とは無関係だが、彼女は膨大な仕事量を続けていて、将来、全集を出すときの編集者を泣かせることはまちがいないだろうが、この壁に書かれた短編小説は、「全集から落っこちてしまう再有力候補」だ。700円を払うと本展の小冊子を買うことができて、そこに、この「色をまとう」は全文掲載されている。じっくり読みたい方は、それを買うことになる。彼女は今年40歳になるはずだが、この短編に書かれたことが彼女の「予言」であるとしたら、夫の推定余命はあと25年くらいということになる。

そして、夫婦で作家といっても、多作は妻の方。出版社の編集者などが訪問する時など、さぞ気をつかうのではないだろうかと思うのだが、高額手土産とかでお茶を濁すのだろうか。応接間に、お茶出しに登場した旦那に対して、

編集者A女:「あら、だんなさま、きょうは奥様の方との話なので、あっちの方に行って、この塩せんべいでも齧っていてくれませんか」とか・・(イヌと同じになってしまう)

個人的には、伊藤たかみ名義で出版されている小説は、本当は角田光代が書いていて、所得税率を引き下げるために夫名義と分割しているのではないかと疑っているのだが、その真偽は離婚したときに解明されるはずだ。


さて、2階の展示場では、鹿島茂氏が選んだ、世界の文学の中から「『口紅』が登場する一節」を、数多く紹介している。考えただけで、こういう仕事の大変さがわかる。”口紅”とパソコンで検索しても、この作業は完結しないだろう。そして、こういう名言集のときには、いつも登場するのが「西脇順三郎」。日本の詩人の中でも、コトバに優しい代表だろう。

しかし、こういう評論家という職業の方も、他人の名言を集めるだけでなく、自分で書きたくなったりしないのだろうか。


そして、資生堂が用意した「口紅の歴史」の中に、特筆は2点。

世界の文明の歴史の中で、古代エジプトでは、口紅は女性だけではなく男性も塗っていた、ということだそうだ。クレオパトラが複数のローマ人の胸に傾いたのは、自国の口紅男性が気持ち悪かったからなのかもしれない。

もう一点。資生堂は明治5年に創業したのだが、大正デモクラシーの時代にモダンガール御用達で急成長したものの、昭和10年代に暗い時代を迎える。昭和16年からは扱い製品を「医薬」「石鹸」「歯磨き」と「認められた僅かな化粧品」に絞っていたそうだ。バニシングクリーム、化粧水、粉白粉、口紅、ヘアオイルの5種類だそうだ。そして、その時の口紅の容器は木製であったそうだ。