本間ゴルフは再生できるかなあ??

2005-09-28 21:35:23 | スポーツ
f19c20c6.jpgゴルフ用品(高級クラブ)の名門である本間ゴルフは今年6月20日に民事再生法適用の申請をし、ジャスダック市場からの上場も取り消された。そして紆余曲折を経て、とりあえず新スポンサー候補が現れたらしい。日興アントファクトリーとマイルストーンターンアラウンドという2社の再生ファンドだ。しかし、本当に民事再生法により再生プランを描くと、現経営陣がそのまま居残ることになるので、それで本当に再生できるか、と心配になる。

本間ゴルフの経営危機は、2000年頃から顕著になってきた。1997年のピークには約340億円あった売上は2003年度は163億円、2004年度は149億円と落ち込んできたにもかかわらず、山形県の最新工場に設備を増強、ロードサイドビジネス用に郊外に大型店の出店を続ける。その結果、クラブやその原料といった棚卸資産(要は「在庫」)はほぼ1年間の仕入原価(66億円)とほぼ同額の64億円分と膨らむ。毎年、何種類かの新製品を投入しなければならない業界なのに、1年分の在庫を持つということは、最初から中古品を売っているようなものだ。

そして、2003年3月末の決算では、過去の清算とばかり、「在庫評価損をはじめとするリストラ的損出し」をした結果、43億円の最終損失を出すにいたったのだ(それでもまだ1年分の在庫があるということ)。その結果、監査法人が、この決算について「意見を表明できない」という異例のコメントを発表したわけだ。そしてその監査法人とは、またしても「中央青山」だ。「決算書の魔術師」が「決算書の錬金術師」になってしまった。突然、今までの粉飾を自供したのでは「オレの顔に泥を塗った」ということだろう。それに対する法的対抗策(仕返し)が、「監査できない」という返礼だったのだろう。

こうして本間ゴルフはいったん破綻して、スポンサー探しが始まっていたのだ。6月20日の段階での債務は、約305億円。大手銀行、政策投資銀行などだ。各銀行の融資担当者は、以前の親睦ゴルフ会の賞品のゴルフクラブを既に中古ショップで売却処分していることだろう。一方、本間ゴルフへの売掛金を焦がした会社はあまりないようだ。

そしてこの会社のことを調べていくと、やはり「放漫経営」ということに尽きる。さらに言えば、ユーザーニーズの変化を表面的にしか見ていないことがわかる。クラブに新素材を使って、少し高い単価に設定すれば本間のブランドで売れると考えていたふしがある。ウッドというコトバの元になったパーシモン(柿)を素材とした技術の時代は先進的だったのだろうが、素材は変化し、米系の大資本(キャラウェー、テーラーメイド、そしてナイキ)が研究開発と広告費をつぎ込み、比較的安価なチタンクラブを、一気に大量に市場に流していく手法に対して、本間は「直営店方式」による「face-to-face」販売を指向したため、利益率は高いが(粗利率44%)、数量が落ち込んでいったと考えられる。結果として、世界最大級規模の山形県の酒田工場は逆に重荷となり、郊外店構想も土地賃借料と従業員という2つの固定費負担に沈んでしまったのである。

横浜港北地区にも郊外店があるのだが、あまり高級そうに見えない建物で、高級過ぎるクラブを並べてもまず売れない。ウッド3本で20万円、アイアンセット40万円はいかにも高い。店のそばには「アルペン」もある。また高級店舗の極みのレクサス店もオープンした。まさに本間の郊外店は、「中途半端」なのだ。また都心店は、そばに「アメリカンゴルフ」といった格安店が安売り看板とノボリを掲げ乱立状態だ。まったく苦戦。さらに直営ゴルフ場も破綻。

しかし、この本間が大好きというファンが、意外な部分で着実に増加しているということを知っている。それは、中国大陸など東アジア地域なのだ。決算書を見ても、売上の30%がアジア向けだ。残りは日本国内。

昨年、来日した中国人バイヤーの方と商談をしたのだが、夕食を誘うと、「本間ゴルフに行かなくては・・」と断られてしまった。さらに帰国前に再度昼食を誘うと、またも、「本間ゴルフに行かなくては・・」言われてしまった。要するに、中国で加速するゴルフビジネスの中で、にわかに金回りのよくなった人(いわゆる、な○きん)が、札束を握って高級クラブを買いまくるということなのである。そして、米系メーカーよりも、他の日系メーカーよりも、圧倒的に中国人に評判がいいのがこの本間ブランドなのだが、私は、その理由は簡単なところにあると見ている。つまり、ブランド名が「漢字」なのだ。

また、クラブを売るには、契約プロに活躍してもらわなければならないのだが、HPを見ると、契約10選手が記載されているが、驚くことに2人が日本人で8人がアジア系の選手だ。つまり、会社は、ターゲットを知っているにもかかわらず、顧客層の見えない郊外店を次々に増殖したことになる。

ところで、本間ゴルフは1981年に、工場を山形県酒田市郊外に竣工させ、以後1995年まで何度も工場増設を繰り返しているのだが、この酒田市と本間という組み合わせで、ピンと来るものがあった。つまり「酒田と言えば本間家」というのは。江戸時代後半から、営々と築き上げた大富豪で大地主であった本間家が、第二次大戦後、GHQが発した一枚の「農地解放令」で「一夜にして一文無しに凋落した代表例」として取り上げられるくらい有名な話なのだ。そして、少し調べてみると、本間ゴルフはまさに本間家の末裔であるらしいのだ。

実は、正統本間家の歴史には、このゴルフ一族は登場しない。正統本間家の史実では、終戦の時の当主は第10代真子(マスコ)。このあと、本間家は番頭やら遠縁やら総がかりで、家の再建に取り組み、やっと縮小均衡を得るのだが、途中で番頭による持ち逃げ事件なども起きているようだ。

一方、ゴルフ本間家の方はよくわからないが、2004年12月14日(つまり破綻の半年前)にTBS系番組(世界バリバリバリュー)の中で、酒田の大富豪として紹介されている。それによれば、自分こそ今や、本間家の代表のような話になっていて、かつて、ひいおじいさんの投機失敗で酒田を追われたというようなことが書かれている。そして、家賃65万円で600万円のスカイラインGTRに1000万円の改造費をかけ、金ぴかのゴルフバッグを部屋に飾り、皇族や総理大臣からの記念品の山の中で生活しているとなると、つぶれて当然ということになる。

そして、最初に戻るが、再建策について、この秀一社長がOKを出したかどうかである。何しろ、2つの再生ファンドを見つけてきて、再建策をまとめたのは、フランス系投資顧問会社ラザードフレールである(アルゼンチン国債の処理もこの会社が行った)。彼ら好みの再建策であるなら、「本間家の退陣」「酒田工場は他社クラブのOEM受託工場化」「直営店の全廃・従業員解雇」「アジア化の加速」といったことになるのだろうが、つまりそれはほとんど今までの経営を否定することになるからだ。ただし、それが嫌だと否定すれば、再建策は成り立たず、結果として会社更生法が適用になり、残存資産(酒田工場)が、OEM工場となり、結果は同じことなのかもしれないが、その場合は、「ホンマ」のブランドは消えてしまうだろう。
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