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「「百済の微笑み」金銅観音菩薩立像、韓国への返還に向けて始動」

2018年06月06日 | 国民国家日本の侵略犯罪
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/30777.html
「The Hankyoreh」 2018-06-05 10:08
■「百済の微笑み」金銅観音菩薩立像、韓国への返還に向けて始動
 国立中央博物館・文化財庁など 
 日本の所蔵者側と交渉推進

【写真】最近日本で公開された百済時代の金銅観音菩薩立像=文化遺産回復財団提供//ハンギョレ新聞社

 韓国彫刻史の最高傑作で、日帝強制占領期(日本の植民地時代)に日本に搬出された百済時代の金銅観音菩薩立像が最近公開された事実が伝えられると、国立中央博物館や文化財庁など関連機関は仏像の所蔵者側との返還協議に乗り出す意向を明らかにした。
 ペ・ギドン国立中央博物館長は5日、ハンギョレとの通話インタビューで「111年前にこの仏像と一緒に忠清南道扶余(プヨ)の窺岩里(キュアムリ)から出てきた金銅観音菩薩立像が、現在国立扶余博物館にある。必ず韓国に戻され扶余博物館に収まらなければならないものだと思う」とし、「文化財庁と協力し、多角的な経路を通じて日本の所蔵者側と協議を進めていく方針」だと話した。博物館が名乗り出て返還に向けた交渉を推進するという意志を示したということだ。
 彼は「具体的な部分までは言えない」とし、「博物館は以前からこの仏像の所在と現在の状況を把握するために、相当の努力を傾けながら所蔵者側の動きも注視してきた」と伝えた。さらに「仏像の歴史的意味や価値がこの上なく大きいため、このような努力もしてきたので、国家機関が乗り出して返還されることが当然だと思う。何よりもこのような大切な遺物が永久に日本に埋もれたり、他の外国へ出ることがないようにしなければならない」と強調した。
 返還手続きや方式については、現在まで確実に方針が決まっているものはない。国宝である半跏思惟像や百済金銅大香炉に匹敵する価値を持つという評価が出ているだけに、今後、返還交渉を行う場合、作品評価額についてさまざまな国際競売資料などを検討し、所蔵者側と「適正価格」を探すのがカギとなるのではないかとペ館長は指摘した。彼は特に、仏像が出土された後、日本に渡った来歴を念頭に置かなければならないと指摘した。
 今回日本で公開された百済金銅観音像は、窺岩里で他の金銅観音像と一緒に出土され、日本の憲兵隊が保管していたが競売で日本人に売られ、その後収集家の市田次郎氏に渡り、解放以後、日本に搬出された。ペ館長は「解放後にこの地に残って扶余博物館に入った他の金銅観音菩薩立像と一緒に最初は後代の世に出たが、縁が分かれて離別しなければならなかった」とし、「このような悲しい歴史を所蔵者と一緒に分かち合って議論するなら、大乗的レベルで相互にウィンウィンの結果を産むことができるだろう」と期待した。彼は「苦心の末に名品を公開した所蔵家の真摯さと名誉を最大限尊重し、博物館が中心となって国内への返還を推進する名分と条件をつくることが重要だ」と付け加えた。
 キム・ジョンジン文化財庁長もこの日、ハンギョレとの電話インタビューで「所蔵者や作品の近況については以前からさまざまな情報を把握してきた」とし、「予算の問題もあり、国立博物館とともに所蔵者側の合意を引き出せる環境を造成することにまず努力したい」と述べた。

ノ・ヒョンソク記者
http://www.hani.co.kr/arti/culture/culture_general/847641.html
韓国語原文入力:2018-06-04 21:23


http://japanese.joins.com/article/013/242013.html?servcode=400§code=400
「中央日報日本語版」 2018年06月05日14時16分
■日本で公開された百済金銅観音菩薩立像 「最も美しい微笑み」

【写真】1907年忠清南道扶余郡窺岩面で発見されたのち日本に持ち込まれ、今回100年ぶりに公開された百済金銅観音菩薩立像。(写真提供=文化遺産回復財団)

 百済7世紀を代表する「最も美しい菩薩像」といわれる金銅観音菩薩立像が100年ぶりに姿を現した。韓国の文化遺産回復財団〔理事長・李相根(イ・サングン)〕はこの観音像を所蔵してきた日本のある企業家が昨年12月、東京を訪問した韓国美術史学会の崔應天(チェ・ウンチョン)東国(トングク)大学教授、チョン・ウヌ東亜(トンア)大学教授に仏像を公開したと4日、明らかにした。
 チョン・ウヌ教授が仏像を実見した後に書いた意見書によると、1907年忠清南道扶余郡窺岩面(チュンチョンナムド・プヨグン・キュアムミョン)で農夫によって鉄釜が見つかった。中から仏像2体が見つかり、すぐに日帝憲兵隊によって押収されたという。見つかった金銅菩薩立像1体は1950年ごろソウル国立博物館に帰属し、現在は国宝293号に指定されている。
 もう1体は1922年に大邱(テグ)の日本人医師、市田次郎が購入し、その後日本に持ち込まれた。この菩薩像こそが今回100年ぶりに公開された金銅観音菩薩立像(窺岩面出土)だ。
 チョン教授は「流れるような天衣、力みのないの三谷の優雅な姿勢、微笑みを浮かべた慈愛に満ちた表情と優雅な雰囲気は比較するべき対象がないほどで、美の精髄を見せている」と評した。このような特徴のため、この菩薩像は姿を消してから100年が過ぎてモノクロ写真1枚だけが残っていて、仏教彫刻概説書をはじめとする専門書籍には「この時代を代表する文化財」と記されていた。
 崔教授は、仏像の胸元部分の帯装飾に見られる雲あるいは唐草模様が連続して現れた部分について、このような模様は百済金銅大香炉の火屋(蓋)と炉の間にある装飾文様と同一であることをつきとめた。
 また、仏像の裏面については、他の三国時代の仏像は平面的か中途半端な仕上がりになっていることが多いなか、この仏像は珍しく後姿の服のシワの陰影や本体の屈曲にまで丁寧に手が入れられている点も注目されると伝えた。
 このように美しい金銅観音菩薩立像がこれまで世の中に公開されなかったのは、市田次郎の遺言のためだ。
 三国時代の金属工芸品、陶磁器、仏像などを収集した大物古美術所蔵者の市田は、韓国戦争(朝鮮戦争)前に多くの文化財を大邱から日本に持ち帰ったという。市田は生前、「所蔵したすべての遺物は出品・売買をしてもよいが、この金銅菩薩立像だけはだめだ」と子孫に遺言を残したと伝えられている。
 現在、日本に残されている韓国の仏像約150余体のうち、国籍および出土場所、移転の経緯や所蔵内訳が正確に伝えられている仏像はこの金銅観音菩薩立像が唯一だ。
 これをもとに、百済金銅観音菩薩立像の価値は国宝金銅半跏思惟像と百済金銅大香炉の展示保険価額である300億~500億ウォン(約31億~51億円)台に匹敵する価値を持っていると推定される。
 チョン教授は「現在、歳月や保管場所および環境による腐食が進行していて、できるだけ早く還収して保存処理をしなければならない」と判断した。
 文化遺産回復財団の李相根理事長は「今回、所蔵者が苦心の末に韓国学界に公開した以上、仏像が戻ってこられる絶好の機会が用意されたといえる」としながら「財団に関与している国会議員、仏像出土地の忠清南道などと話し合い、仏像の故国帰還のための協議体を設ける考えだ」と明らかにした。
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