三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

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海南島からの朝鮮人帰還について 24(最終回)

2007年05月20日 | 海南島からの朝鮮人帰還
付記:聞きとりの意味と方法について
 日本政府・日本軍・日本企業は、アジア太平洋地域における国家犯罪・侵略犯罪を隠し続けている。
 日本人は、侵略犯罪者・戦犯ヒロヒトを、アジア太平洋戦争後も、天皇とし続けた。植民地機関の職員、日本軍の兵士、侵略企業の職員として、アジア太平洋の各地で、多くの民衆を殺傷した日本民衆は、日本敗戦後に帰国して、過去の犯罪を隠し続けた。
 日本政府・日本軍・日本企業の国家犯罪・侵略犯罪にかかわる証拠文書は多くは残されていないか隠されたままである。したがって、その歴史的事実を解明するためには、犠牲者、加害者、目撃者からの聞きとりが重要である。
 本稿執筆にあたっては、とくに聞きとりを重視した。
 聞きとった証言を歴史的事実確認の証拠とするためには、史料批判(信憑性の検証)が必要であるのは、文書史料と同じである。聞きとりは、歴史的事実を解明するうえで重要な作業だが、証言=事実、とすることができないのは当然である。聞きとりの内容の真実性をたしかめるために、他の証言や文献資料や実物資料、状況資料(当時の社会・経済関係、当時の地形・自然環境、当時の生活状態)との照合も可能なかぎり行なわなければならない。
 聞きとりは、証言者と聞きとり者との共同作業である。1回だけの聞きとりは限界がある。
 筆者ら紀州鉱山の真実を明らかにする会の会員は、1998年6月以後2003年8月まで、「朝鮮村」や后石村や新村で、同じ人びとからの聞きとりを3回~6回おこなった。そして、そのたびに新しい事実を知り、曖昧であった点を明確にすることができた。
 証言してくださった方がたに感謝する。
 こんご、さらに海南島や韓国、さらには北朝鮮で、聞きとりをさせていただき、事実をよりはっきりさせていきたい。
 また、日本では、加害者が証言を拒否しているが、この証言拒否の壁を、つきくずしていきたい。
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