三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

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海南島訪問 原告らへの裁判報告

2016年04月17日 | 海南島史研究
■海南島近現代史研究会第5回総会・第8回定例研究会報告(2011年8月28日)
 海南島訪問 原告らへの裁判報告

                  杉浦ひとみ(海南島戦時性暴力被害賠償請求事件弁護団)

 2010年11月4日から8日、海南島弁護団の小野寺利孝弁護士、坂口禎彦弁護士、中国人戦争被害者の要求を支える会の大谷猛夫さん、ハイナンネットの米田真衣さんと一緒に、海南島の原告の女性たちを訪ねました。
 2001年7月16日 東京地方裁判所に提訴したこの事件は、当初黄有良さん、陳亜扁さん、林亜金さん、譚亜洞さん、黄玉鳳さん 陳金玉さん、譚玉連さん、玉民さんの8人の原告でした。
 訴えた内容は、①旧日本軍の兵士等による加害行為による身体的・精神的苦痛を負ったことに対して2000万円、②戦後原告らの名誉を回復する措置をとらずに放置したことに対して慰謝料300万円と謝罪文の交付、でした。

 第1審は、2006年8月30日に東京地方裁判所は、請求棄却。
 ①日本陸海軍が、1938年、海南島に進行して占領し、慰安所が設置されたこと、②原告らは、旧日本軍に拘束されいわゆる「慰安婦」としての加害を受けたこと、③原告らは解放後も、本件加害行為による被害の状況を繰り返し夢に見たり思い出したりする恐怖を覚えるなどの被害が続いていること、を認めました。
しかしながら、国家無答責の法理によって、被告国は責任を負わないと判断しました。加えて、仮に国に責任が発生したとしても除斥期間が経過しているので責任は負わないと重ねて説明しました。

 第2審 2009年3月26日,東京高等裁判所が請求棄却。
 ①の事実②の事実は認められ、さらに、原告らの被害の大きさは、単なるPTSDにとどまらない「破局的体験後の持続的人格変化」という、ナチスのアウシュビッツ強制収容所からの帰還者が負ったような、大きな精神的に被害を被ったものであることを判断しました。
 国の責任については、1審とは違う説明をしました。日本軍人等の加害行為によって、原告らが負った著しい損害については、国は使用者として賠償義務を負う。しかし、1972年に日中共同声明が発せられ、これによって中国政府は、中国国民の請求権を放棄したから、原告らは裁判上請求できなくなった、と説明しました。

 そして、上告審。
 2010年3月2日,最高裁判所第3小法廷(那須弘平裁判長)は,日本軍によって「慰安婦」とされた中国海南島の被害者が日本政府に対して謝罪と名誉回復並びに損害賠償を求めた上告事件(海南島戦時性暴力被害賠償請求事件)に関して,上告人らの上告を棄却し上告受理申立を不受理とする決定を言い渡しました。
 これによって、9年間にわたる裁判が終わりました。

 この間、海南島へ調査に来ては原告らに会い、何度も事情を聴取しました。
 また,裁判の証言等のために、4人の原告には来日してもらいました。
 原告らは、地元では、いわゆる日本軍の「慰安婦」だったということが明るみにでて辛い思いをしたり、裁判をしていることで批判的な視線も受けていただろうと思います。この裁判に勝つことだけを夢見て海南島の地でずっと耐え、吉報を待っていたのではないかと思うと,本当に辛い9年間だったと思います。
 日本人の弁護士である私たちにとっては、裁判所が戦後補償の問題でこれまで肯定的な結論を出してこなかったことは知っているので、当然あり得る結果だったわけですが、原告の方たちにとっては,筆舌に尽くしがたい被害を受けてたわけで、日本の責任が問われて当然だったはずです。本当に申し訳ないかぎりでした。
 最高裁の結果も,既に原告らに知らせてはいましたが、「会って伝えなければ。報告に行かなければ」という思いはずっと弁護団の中にありました。

 2010年11月4日 成田を発ち、海南島への直行便がないために、上海経由で海南島の南の玄関三亜(サンヤ)に着きました。
 翌日、陵水(リンショエイ)で黄有良(ホヮンヨウリャン)さん宅を訪ねました。黄さんは、物静かですが芯の強い女性で,結果を聞いた後、「国に対して請求できなくても,加害者に責任を問いたい」と静かにいいました。
 次に、陳亜扁(チェンヤピェン)さん宅を訪ねました。陳さん宅は幹線道路から少し入ったところにご自宅があることから、これまで何度も訪問した,なじみのある家でした。いつものように娘さんやお孫さんも集まってきました。この日は、これまでお目にかかった記憶のない親戚の男性が、最初私たちを報道機関かと思ったようで,気色ばんで話し掛けてきていましたが、事情が分かり見守っていました。陳さんは気っぷのいい女性で「体はボロボロだけど、日本で証言する機会があるなら、私は日本に行きます」と毅然と言いました。
 その後、北へ向かい保亭で泊まり、翌日陳金玉(チェンジンユ)さんを訪ねました。陳さんはこのところ体調が悪くなっており、暗い部屋の中のベッドに横になっていました.もともと小柄でやせている方ですが,一層小さくなったように見えました。陳さんは,弁護士らの話しを聴いた後、小さな声で身体の痛みを訴えていました。
 唯一の苗族(ミャオ族)の玉民(タオユミン)さんの家は、山の上にあります。すこし前から,痴呆の様子があったのですが,報告は孫娘さんが聞いてくれました。もともとさんは、戦後、組合活動をされていた女性運動家で,ご自分の被害も女性の地位向上のために講話として語っていた方でしたので、精神的被害も軽い方でした。現在は、加齢ですこしぼんやりされていることもあり、大家族でお孫さんたちに囲まれて、幸せそうに見えました。
 その後、譚亜洞(タンヤドン)さん宅を訪ねました。譚さんは2010年9月7日に逝去されました。そこで息子さんに裁判の報告をしました。譚さんのお宅では、息子さんから「しんくーら(お疲れ様でした)」と声を掛けていただきました。また、「遠い日本からようこそ来ていただきました。中国にはなくなったアポ(おばあちゃん)のようなつらい体験をした方はまだいると思います。その方たちも救われるように力を貸して下さい」と、息子さんのお連れ合いから、声を掛けられました。
 最後に、第1審で証言のため来日した林亜金(リンヤジン)さん宅を訪ねました。結婚してまもなく夫を国にとられ、二度と会えなくなりました。事情はあまりさだかではないのですが、林さんは,「自分の過去が夫を不幸にした。自分は運がない女だ」とずっと悲嘆の中で生きてきた方でした。裁判の報告をすると「私は張先生と日本に行って、法廷で話した気持ちに変わりがありません」と静かに語りました。
 保亭に住む原告の女性たちが心から頼っていた張応勇さんは、第一審の証言のために林亜金さんと来日の半年後に,ガンで亡くなられました。私たち弁護団も,張応勇先生のことは心から尊敬していましたので、思いもよらない別れに,本当に悲しい思いでした。
 保亭の町にある、張応勇さんのお家を訪問しました。黎族の誇りにかけて「慰安婦」問題の研究をされた大変な業績と、原告の方たちに与えた信頼感は、もっとたたえられてよいものだと思います。
 私たちは,これまで何度も海南島を訪ね、そのたびに通訳の方は違いました。海南島の遊興地でのレジャー目的と想像していたらしい通訳の方の対応が、私たちの訪問先での行動に触れ,途中で明らかに衿をただされた様子にも出会いました。
 また、再度出会った通訳さんが、「あれから私もこの問題をその後勉強しました」といわれたこともありました。
 今回の女性の通訳さんは、原告らの話を通訳するときに、涙ぐみながら、真剣な様子で取り組んでいただきました。また、このような問題に非常に感動され、何とか原告たちを支援したいと、一生懸命、そのための方法を語っていました。
 どこかの家を訪ねたときに、「裁判の結果の報告なら、海南島まで来なくてもいいのに、こちらへ来られたのですか!」と驚かれたりもしました。でも、原告の方たちのことを思うと、直接お伝えし、結果を詫びなければならない思いでした。どなたも私たち代理人を責める方はありませんでした。
 大きな歴史の中の出来事に、ほんのわずかに関わらせていただいたことの意味は、なおこれからの取り組みにかかっているのだろうと思います。
                                         

【註記】
 少女の時に侵入してきた日本軍に性奴隷とされた海南島の黎族と苗族の女性8人は、2001年7月16日に、日本国を被告として、「名誉及び尊厳の回復のための謝罪」と「名誉及び尊厳の回復がなされてこなかったことに対する損害賠償」を求めて、東京地裁で訴訟を開始しました。
 杉浦ひとみ弁護士は、この訴訟に準備段階から参加しました。海南島近現代史研究会『会報』創刊号(2008年2月10日発行)の佐藤正人「海南島戦時性暴力被害訴訟」、海南島近現代史研究会『会誌』第2号・第3号(2011年2月10日発行)の杉浦ひとみ「最高裁判決をまえにして」 、「東京高等裁判所の判決に対する弁護団声明」、「最高裁判所の判決に対する弁護団声明」、杉浦ひとみ「判決直後の思い」、杉浦ひとみ「戦いはまだ終わっていない」をみてください。
 8人の女性のうち、いま(2016年4月)、ご健在なのは、黄有良さんと陳亜扁さんだけになってしまいました。              
                             佐藤正人 記
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