ICT工夫
全ての自由を奪えても、自由を求める自由だけは奪えない




彷書月刊12月号を入手できました。竹中英太郎記念館に複数部が届いていて、購入することができました。税込み735円です。

特集 途をいずれに 生誕百年竹中英太郎
            五木寛之さん-パブロ・ロペスとしての竹中英太郎 
            [対談]百怪を眺めゆく-宇野亜喜良さんと喜国雅彦さん
            鈴木義昭さん-竹中英太郎の虚と実~『夢を吐く絵師・竹中英太郎』を書き終えて  
            小松史生子さん-乱歩、正史、久作~三人の作家と英太郎の想世界
            西原和海さん-竹中英太郎の満洲体験~城島舟礼との関わりについて
            グレゴリ青山さん-ブンブン堂のグレちゃん[特別篇](41) 招く道化師
            金子 紫さん-「パパへの注文」、と。
            藤堂和子さん 労さんとお父さんと私 
            堀江あき子さん-英太郎と『新青年』の挿絵画家
            富山由紀子さん-二つの百年記念展 弥生美術館&竹中英太郎記念館を訪ねて
            竹中英太郎略年譜-年譜作成・鈴木義昭さん

彷書月刊は古書情報専門の雑誌なので、パラパラめくっていると昔馴染んでいた世界にタイムスリップします。活字育ちの私は、ホームページなんて所詮あぶくなんだ、本こそが永遠だと自嘲的になるのを禁じ得ません。にも関らずハイパーテキストでなきゃできない表現方法はあると信じて、またWebページにのめり込んでいきます。

彷書月刊の表紙画像を掲載しました。上の目次でお分かりのように、編集長は竹中英太郎記念館の館長さんのお名前に合わせてこのカラーを選択したのかな、と。



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2006年11月30日 読売新聞の記事からですが、次のようなシンポジウムの案内が山梨県戦争遺跡ネットワーク(山梨平和資料センター準備会)ホームページにあります。

記念シンポジウム 石橋湛山を語る
12月2日午後2時~県男女共同参画推進センター
講師 江宮隆之氏(作家) 斉藤佳倍氏(弘前大学名誉教授)
コーディネーター 浅川保氏(県立大学講師)

県ゆかりの宰相石橋湛山(1884~1973)の特別展「偉大な言論人・石橋湛山展」(山梨平和資料センター準備会主催)が甲府市朝気の県男女共同参画推進センターで開かれている。入場無料、12月3日まで。午前10時~午後4時

石橋内閣が誕生してから今年50年を迎えることから企画した。湛山の青年時代の文章や、出身高である甲府一高に寄贈した「Boys be Ambitious!」(少年よ大志を抱け)の額、東洋経済新報社記者時代の植民地主義を批判した論説記事など約150点を紹介している。見学に訪れた韮崎市の主婦は「湛山のような政治家が山梨から出たことを誇りに思う。国や県でも湛山のような先見性のある政治家がいてほしい」と話していた。

Boys be Ambitious!

湛山は東京生まれ。県立尋常中学(現甲府一高、早稲田大学を卒業。東洋経済新報社記者などを経て、政界に転身し、蔵相、通産相を経て56年12月に首相になったが、病のため、わずか2か月で辞職した。



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2006年11月30日の読売新聞山梨版によると、『上野原市の住民団体が光ケーブル事業の差し止め求める監査請求をした』とのことです。 


上野原市が今年度から2年間で約18億円をかけて進めている有線テレビ用光ケーブル整備事業について、市民グループ「通信・放送と医療を考える市民の会」(畑野悦男代表)と「上野原市情報公開オンブズマン」(杉本公文代表)が29日、事業の差し止めを求める住民監査請求を行った。

同事業は、市の公共テレビ放送、双方向防災通信などを一体で整備してブロードバンド通信情報サービスを提供するため、既に主要公共施設間を結んでいる光ケーブルを各家庭まで引き込むもの。ケーブルは第3セクター事業者に貸与され、地上デジタル放送にも使われる。

監査請求書では「回復困難な負担が予測される巨額な事業なのに、市は総務省通達に明示された議会や住民への事前の説明責任を果たしていない。今年3月市議会で計画内容が判明、第3セクター会社への出資議案も可決した」などとしている。

奈良明彦市長は「情報化社会に対応した住民生活に役立つ必要な事業。合併協定書に盛りこんであるほか、市議会も承認しており市民にオープンな形で進めている」と反論している。


11月22日~24日にアイメッセで開催された「2006山梨テクノフェア&マルチメディアエキスポ」には出かけてみたのですが、目指す「光回線+CATV+ブロードバンドインターネット」の融合形態についての具体的な情報は意外なほど少なかったように感じました。甲府のCATVを扱うNNSでは光化する予定は無さそうで、地デジ対応の説明だけでしたし、デジタルアライアンスさんのブースにはパンフレットだけで具体的な器材は置かれていませんでした。無線LANの利用についても一般的な解説ブースがあっただけで、山梨ではどうかという話は見えませんでした。時間がなかったので関係しそうなブースの全てを丹念に見ていませんので、見落としていたかも知れません。

住民監査請求というのが、どういうシステムなのか不勉強で知りません。政治・行政のことは私にとっては本当に分かりにくい、いつもスパゲッティ・プログラムを解読しているみたいな気がしてしまいます。

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毎日新聞 2006年11月29日、『戦国サイクリング:甲府・武田神社-長野・川中島100キロ、足軽姿で走破』

 ◇「風林火山」放映に合わせ、来春~夏開催目指す

 武田神社(甲府市)から川中島合戦場跡地(長野市)まで県境をまたぐ約100キロを、足軽姿にふんした20人ほどが騎馬ならぬ自転車に乗って踏破するイベントの“戦国サイクリング”を長野県の小諸市観光協会が計画している。来年春から夏にかけて開催を目指しており、途中の長野県内からは普段着の一般参加者にも自転車で加わってもらい、観光振興にも役立てたい考えだ。【宇都宮裕一】

 小諸市にある小諸城跡の「懐古園」は武田信玄が家臣で大河ドラマの主人公、山本勘助に本格的に築城させた史跡。合戦の際に川中島に向かったルートの一つは、小諸城の近くを通ったとされる。NHK大河ドラマ「風林火山」が来年放映されるのに合わせ企画された。

 自転車をこいだ時の速度は時速約15キロで、馬に乗るのとほぼ同じ。甲府市から長野市までの行程は高原の大自然に囲まれており、楽しみながら適度に運動でき、気分転換に最適という。胴丸と呼ばれる防具を付けた足軽姿でのサイクリングはユニークで印象深いため、武田信玄ゆかりの土地だと観光客に強烈にアピールするイベントにもなるとみている。

 計画では、信玄が住んでいた躑躅ケ崎館跡地の武田神社を出発。国道141号から懐古園を経由、千曲川に沿って下り合戦場に至るルートを予定している。武田神社から懐古園まではきつい上り坂が続くため、体力があり自転車競技の経験があるエキスパート20人程度に参加を制限するが、懐古園から合戦場までの約50キロは一般にも参加を募る。一般参加者は普段着で自転車に乗り、数百人規模で大自然に囲まれて戦国武将の気分で楽しめるサイクリングイベントとしたい考えだ。

 同協会副会長の花岡隆さん(57)は「甲府市から小諸市を経て長野市に至るルートは自然が豊富。ぜひ参加してサイクリングを楽しみながら戦国時代の武将の気分を味わってほしい」と全国から参加をPRしている。

 問い合わせは同協会(電話0267・22・1700)。


一般参加者には懐古園で自転車を貸し出して長野までという企画が伴うと嬉しいですね、山梨から車なりJRで行って、参加できます。

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「幻の絵」とは昭和19(1944)年始め頃に竹中英太郎が描き、ご家族もご覧になった記憶があるという絵の事です。それは山梨県出身の若林東一大尉を描いたもので、英太郎夫人のご記憶では白いハチマキをした軍人さんの奇麗な絵だったとのことですが、足元には多数の髑髏も描かれていたとの話もあり、竹中英太郎がこの絵を描いた理由は不明ですが、この絵をどなたかにお贈りしたものと考えられるとの事です。

しかしご家族や竹中英太郎にご関心ある皆さんが手を尽くしてお調べになっても、当時の山梨日日新聞は図書館や新聞社にも保存されておらず、この絵のことが何かの記事になっているかどうかも確認できていないとの事です。

もしこの絵について何かご存じの方がおられましたら、コメント戴ければ幸いです。
ホームページでも記事にして、若林東一大尉についても調べられた限り記載しました。



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2006年11月28日の山梨日日新聞は、風林火山博実行委員会が山本勘助の声を錦絵をもとに復元して会場で公開すると報じました。27日のテレビニュースで私は「勘助の声」を聞くことができました(^o^)


県立博物館が所蔵する江戸時代の画家・狩野了承の錦絵「山本勘助像」をもとにした。身長は「甲陽軍鑑」の記述から小柄の150センチと推定。日本音響研究所の鈴木松美所長が骨格や顔形などから声紋を作り、イントネーションを加えて復元した。

よみがえった50歳の勘助はやや声高。武田氏に滅ぼされた諏訪頼重の娘「諏訪御料人」を武田晴信(信玄)の側室に迎えるように、勘助が甲陽軍鑑の記述に沿って進言する。

会場では「武田の時代のなぜ?なに!展」のコーナーで聞くことができる。モニターに現代文の字幕を付けて子どもにも分かりやすくし、口語でしゃべるパターンも用意する。同実行委は「復元したのは勘助が進言によって武田家での立場を確立していく大切な場面。声を聞いて歴史を体感してほしい」としている。


以前、マンモスの鳴き声というのをどこかで聞いたことがありますが、やはり発掘された骨格から声の質を計算していったものだったと思います。身長が低い人は声が高く、背が高い人は声が低いとテレビニュースでは解説していました。

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Dual Mode Vehicle(デュアルモードヴィークル・DMV)の事を初めて知りました。27日のTBS筑紫哲也さんのニュースの時間でした。JR北海道が数年がかりで開発したもので、『「鉄道マンとして線路を廃止したくない」という悲願から「路線を残すためには、線路から道路にも出ることのできる2モードの車両があればいい」――JR北海道の坂本眞一会長は、こう考え、その夢と課題を社員たちに投げかけた。そんな中、一人の技術者が通勤途中で幼稚園の送迎バス(マイクロバス)を見て、「これだ!」とひらめいた。 』(線路も道路も走るオフレール列車“DMV”)とは、テレビでも語られていました。その現用線路幅に合うマイクロバスを鉄道で走らせる技術として、鉄道技術には無い油圧制御を除雪車製造会社から導入していったという鉄道技術者の姿に、私は感激しながら画面に見入りました。

1年前には「 JR北海道 “U-DMV”が営業線で昼間走行試験を開始」という交通新聞の記事があり、毎日新聞 2006年11月11日には解説記事がありました。『土曜解説:JR北海道、DMV営業運転へ=北海道報道部・斎藤誠』


◇線路も道路も…全国注目

 線路と道路の両方を自在に走行する新型車両としてJR北海道が開発した「デュアル・モード・ビークル(DMV)」が2007年4月、北海道オホーツク海沿岸のJR釧網線で営業運転を試験的に始める。1年間の運転を元に、さらに幅広い活用方法を探る。乗客の減少に悩む全国の鉄道会社や自治体も成果に注目している。

 DMVは02年に開発が始まった。マイクロバスをベースにした車体は全長7・3メートルで17人乗り。道路では普通のバスとしてナンバープレートを付けて走行。線路上ではタイヤの内側に格納した四つの鉄輪を油圧で下ろし10秒で鉄道車両に変身する。線路上でもレールに接したゴムタイヤの後輪が動力となって最高時速70キロで走行する。

 開発の背景にはJR北海道の経営事情がある。一般に鉄道の採算ラインは「1日1キロ当たりの乗客2000人」が目安。広い面積に過疎地を抱える同社は全営業距離(2500キロ)の実に6割が2000人以下の不採算路線だ。経費節減の期待を担って登場したDMVは製造費が1両2000万円でディーゼル車の7分の1、燃費は4分の1だ。車重も7分の1の約6トンと軽く線路の保守・点検経費も軽減出来る。

 線路と道路を乗り換えなしで走るバリアフリーの特性も改めて注目されている。道路が混雑する市街地ではレール上を定時列車として運行し、線路が途切れた先はバスに変身して自由なルートを移動出来るからだ。

 来春の試験的営業運転はオホーツク海を望む釧網線の浜小清水-藻琴間で始まる。DMVは浜小清水-藻琴間の往路の11キロは列車として線路を12分で走行。復路はバスに変わって、藻琴湖周辺の原生花園など一般道21キロを約30分で周遊する。運行は観光客を対象とした予約制で、土、日曜日と祝日に限って1日最大7便を走らせる。DMV開発を主導した柿沼博彦・同社副社長は「技術的なデータを積み上げて、どんな利用方法があるのかを地域の皆さんと一緒に考えたい」と語る。

 DMVはバスか、鉄道か? 両用車両に適用出来る法律は世界中を探してもまだない。国土交通省は10月末にJR北海道と「DMV技術評価委員会」を設置して実用化に向けた具体的な基準作りに着手。今年中に結論をまとめる予定。車体の軽いDMVが踏切を通過する時に警報機がきちんと作動するようにシステムの改良も進んでいる。


DMVの導入を検討している静岡県富士市は11月24日夜から25日早朝にかけて、富士急行グループの岳南鉄道(9.2キロ)で試験走行をしたと報じられています。この結果を元に、年明けの1月14、21日の両日は市民向けに1日5回のデモンストレーション走行を昼間に市街地で行う計画だそうです。北海道には全国からの視察が続いているようです。

山梨県内、甲府市には線路は残っていないのですが路面電車のような交通システムが検討されるなら、このデュアル(両用)という考え方もあると思います。



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『風林火山博盛り上げよう 案内ボランティアを募集』、11月27日付けの産経新聞山梨版も記事にしました。
「甲斐の国風林火山博」の実行委員会が、観光客を案内するボランティアを募集していることは、ICT甲府の風林火山リンク集でもご案内していますが、公式ホームページの記事よりも山梨県庁ホームページの案内記事の方がそのまま読めるので便利です。公式ホームページ添付のMS-WORD文書の内容は県庁記事と同じですが、2ページ目には郵送・FAX用の申込用紙が付いています。メール応募の時はこの項目に従ってメールを書けばよいと思います。


応募資格は県内在住の20歳以上で、同じ曜日に月2日以上活動できるのが条件。開幕前に2日程度の研修に参加し、開幕後は会場内で活動する。内容は、武田信玄公や山本勘助の人物像を解き明かす「武田の時代のなぜ?なに!展」や、信玄公らの知識を問う「風林火山武田検定(簡易版)」のコーナーで質問に答え、パソコンの操作方法を教える。ボランティア保険や研修費用は実行委が負担するが、会場までの交通費などは負担してもらう。

実行委は「研修があるので歴史の知識がなくても大丈夫。人の和や力を重んじた信玄公の精神で、一緒に風林火山博を盛り上げてほしい」と呼び掛ける。

募集は50人程度。締め切りは12月20日。問い合わせ・申し込みは同実行委 055-223-7751


なお、スタッフ用の駐車場はありませんので、ボランティア自身で確保してください、昼食などのお弁当も無いとのことです。

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2006年11月24日(金) 山梨日日新聞は、 「風林火山博」の50日前イベント活況 光のピュシスも開幕、経済効果を期待する声、と報じたのですが、私はこの50日前イベントの広報ページを見落としていて、中心街のえびす講祭り見物だけで帰宅してしまいました。「光のピュシス」は夕方からと知っていましたが、えびす講祭りのイベントが舞鶴城公園でもあるとも知らず、あそこには昼間は何も無いと思っていた訳です、えびす講祭りについてインターネット情報は朝日通り商店街のフリーマーケットだけでした。やっぱし山日新聞購読してないと駄目なのかな・・・


 「風林火山で山梨を売り込め」-。大河ドラマ放映を来年に控え、23日甲府市内で開かれた関連イベントは大勢の人でにぎわった。舞鶴城公園では「甲斐の国 風林火山博」(来年1月20日スタート)の開幕50日前イベントに続き、恒例のイルミネーションの祭典「光のピュシス」も風林火山をテーマに開幕。歴史情緒豊かでさまざまな観光資源に恵まれた山梨の魅力をアピールした。観光にとどまらず広く県内経済の活性化につながるよう期待する声も聞かれ、関係者は一層の機運の盛り上げに力を入れている。

 甲府えびす講祭りの来場者でにぎわう舞鶴城公園内で行われた風林火山博の開幕前イベントでは、博覧会会場の甲府・県民情報プラザ内に飾る県民の「笑顔」写真を実行委メンバーが撮影。親子連れなどが次々と参加し、2時間ほどで約200枚が集まった。

 「風林火山」と書かれたボードに一枚ずつ張り付けられ、事前に集めた300人分と合わせて約500人の「笑顔」がボードを飾った。

 実行委イベントPR部会総括幹事の依田光人さん(41)は「来場者を県民の笑顔で出迎えたい。リピーター客の増加にもつながればいい」と話す。

 孫二人が撮影をした甲府市和田町の平出敏子さん(69)は「甲府で生まれ育ったのでドラマブームでにぎわいが戻ればうれしい」と期待。孫の高木侑馬君(8つ)も「歴史が好きなので風林火山博は絶対に行きたい。今から楽しみ」と笑顔を見せる。子どもと写真に収まった同市中央4丁目の志村美妻さん(33)は「都内の知人は山梨を遠い場所と思っている人が多い。風林火山博を通じて自然景観など山梨の素晴らしい面を知ってもらえたら」と話していた。

 午後5時すぎには同公園で「光のピュシス」の点灯式が行われた。山本淳仁実行委員長は「今回は風林火山がテーマ。山梨を多くの観光客が訪れるきっかけにしたい」とあいさつ。点灯ボタンを押すと、武田騎馬軍団や軍配をかたどったイルミネーションの光が城壁に浮かび上がった。

 写真撮影をしていた同市内の会社員男性(55)は「駅からもよく見えて、ドラマを見て来県する観光客にも良いPRになる。前回の『大河ドラマブーム』の再来を願う」と話していた。

 風林火山博の会場が、当初予定された甲府駅北口から県民情報プラザに変更された理由の一つが同市中心部の活性化。県内では景気回復を実感できないとの声が多いが、中心部の商店主らは「風林火山ブーム」の経済効果を期待する。

 同市丸の内1丁目の飲食店主の男性は「会場から多くの人が中心部に流れてきてほしい。売り上げも厳しい状態が続いているので、メニューや店内装飾を考え直して集客につなげたい」と話していた。


光のピュシス開幕式は仕事の関係で行かれなかったので、天気の良い夜に出かけてみようと思っています。

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毎日新聞 2006年11月23日が『横溝正史の書斎:移築工事、着工』と報じました。
この事は既に「山梨市の横溝正史館」としてホームページに書いていますが、今後は工事進捗を確認しながら更新しようと思っています。11月初めに山梨市市民会館では先行して遺品展示会がありましたが、それも訪問して記事にしています


山梨市は11月22日、推理小説作家、横溝正史(1902~81)が執筆に使った書斎を移築する「横溝正史館」を、笛吹川フルーツ公園の民間整備区域内(同市江曽原)で着工した。執筆当時の書斎を復元し、書庫を展示室にして遺族から寄贈された直筆原稿や愛用の文具などを置く。来年3月下旬の開館を目指す。同市は、展示する正史関係の書籍を収集しており、市民などに寄贈を呼び掛けている。

書斎は正史の没後も20年以上そのままになっていたが、今春、老朽化し解体が決まったのを、同市出身で東京・神保町で古書店を経営する幡野武夫さん(62)の仲介で、同市が遺族から無償で譲り受け、解体して同市内に運び保管していた。

書斎は木造平屋建て(約73平方メートル)で、8畳と6畳の和室に板張りの書庫があり、三方を縁側が囲む。入館料は100円を予定し、日中は管理するボランティアを置く。12月市議会で関係条例案を提出する。建設費は2200万円。

移築する場所は、10カ所の候補地から決まった。起工式で中村照人市長は「建設により市の文化的な活動の幅や厚みが広がる」とあいさつ。幡野さんは「松本清張ら社会派推理小説の台頭で正史は追いやられたが、書斎復元をきっかけにブームが再び起きればうれしい」と話した。 山梨市生涯学習課 電話 0553-22-9611 (C)毎日新聞・【富田洋一】


山梨市のニュース11月分にも記事があります。



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