ICT甲府
全ての自由を奪えても、自由を求める自由だけは奪えない




2006年09月30日(土)の山梨日日新聞の記事で、『湯村温泉郷、「風林火山」で売り込め ミニ烽火台や新メニュー、のぼり旗でPR』 と伝えられました。数日前にICT甲府記事で、甲府湯村温泉郷というページを書いたばかりで、その時に湯村山の山頂に「湯ノ嶋山城」(ゆのしまやましろ)と呼ばれ、信玄の父武田信虎が躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)の西備えとして築いた城の跡が残っている事を書きました。烽火(のろし)台の跡も残っているとの事、出かけてみたいとは思いますが、山歩きにはとんと弱いなぁと熟慮中。
湯村温泉の由来を調べていた時にホテル湯伝に古文書が残っている事を知りました。展示されるなら見に行きたいです。


甲府・湯村温泉郷では、来年放送のNHK大河ドラマ「風林火山」に合わせて、ホテルや旅館が集客へ向けたムードを盛り上げようと趣向を凝らした計画を練っている。

同温泉郷は武田信玄の湯治場だったとも伝えられていて、湯村山の山頂には信玄が作ったとされる烽火台の跡が残る。信玄ゆかりの温泉地をPRしようと湯村温泉旅館協同組合は、黒地と白地の2色の「風林火山」の文字を書いたのぼり旗を35本用意。15の旅館が通りに面して設置し、観光客を迎える。

甲府富士屋ホテル、常磐ホテル、ホテル湯伝、柳屋、楽水園の5軒は、週3回集まり、烽火台の模型を作成中。各旅館のロビーに飾る予定で、10月上旬の完成を目指している。

ホテル湯伝では出陣に向け勝利を祈願した膳をイメージした「風林火山膳」を考案した。出陣にちなんだ勝栗や昆布の鉄砲巻きのほか、アワビやほうとうなど郷土料理も盛り込んだ。特設展示では同ホテルに残る温泉郷の古文書なども紹介する。

湯村温泉旅館協同組合は「信玄の湯治場として、訪れた観光客の思い出に残るような演出をしたい」と歓迎している。


山梨県内にはあちこちに「信玄の隠し湯」というのがあるそうです。何故「隠し」湯なのかと考えたのですが、もちろん当時は観光客を呼び込む必要もなかったから「宣伝」する必要も無いわけですが、一番の問題はやはりセキュリティでしょう、入浴の方法は現代とは異なるにせよ、隙だらけになる風呂場で攻撃されることは避けねばならないから、湯治場は秘密にしておくという意味だと考えました。



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どうも主題の食育のことも気になります、なにしろ朝食抜き的な生活になりがちな私(^_^;)
9月27日の朝日新聞では、『「食育」半数意味知らぬ』と記事になり、読売新聞が『「食育」のあり方などについて検討をしてきた有識者組織「県食育推進懇話会」の妻鹿絢子会長は26日、朝食欠食者の減少や「地産地消」の推進などを提言としてまとめ、山本知事に提出した。県は提言に基づき、12月をめどに食育推進計画を策定する方針。』と伝えました。甲府市教育委員会の記事と並んで読んでおきたいと思います。
昔から朝食を摂りなさいと繰り返し言われて反省も繰り返してきたのですが、その為には早寝早起きが大切なんですよね~(^o^)


今日、甲府市トップページで甲府市食育推進委員会の事業報告をしますというページに気が付きました。「詳しくは、こちらから。」の上にマウスを載せるとkofu-ymn.ed.jpというアドレスから甲府市教育委員会の関係と分かりますのでクリックしました。

ステータスバー(ブラウザの一番下の枠)に表示されるファイル名がindex.htmlになっていますから、クリックして開くのは通常のWWWページ(ホームページ)だろうと推測できます。ちなみにリンク先を開く時に私はすぐクリックしません、必ずステータスバーに表示される行き先のアドレスを確認してから左クリックします。行き先が見えない場合はそこで中止した方が安全です。

もうひとつ、クリックする前に注意しなければならないのは、フレーム形式が使われていて、フレームの目次は通常ページだが、メインの記事ページはPDFファイルだという場合もあります。勉強に訪問する行政サイトでたまに見かけます。目次ページだけなら、後はダウンロードして直接見ればよいのですが、最初からフレームのメインにPDFファイルが表示される構造では逃げ切れません。場合によってはパソコンの動きが停まってしまうこともあります。昔の200メガヘルツからギガヘルツに出世した私のパソコンで軽いブラウザですらバカでかいPDFファイルのお蔭で停まることがあります。

甲府市は最近フレームを使わなくなっているので一応安心です。開かれたページは甲府市食育推進委員会のホームページでした。しかしこれは「お気に入り」に登録できません、ページの名前が無いのでURL(アドレス)そのままになります、どうしてもお気に入り登録したい時は、自分で名前を付けてやる必要がありますね。それは後にして先に進みます。

「※このページは、甲府市食育推進CDの一部をアップロードしています。」というページなのですが、「第2回推進委員会資料」 には「パワーポイントが必要です」と注がついていて、私のパソコンにはインストールしてあるので読めますが、これはちと問題です。

その次の資料ページに入ると、「食に関する指導全体計画(甲府市版)」の拡張子は jtd です。zentaikeikaku.jtd これは「一太郎」という伝統的国民ワープロソフトのファイルのはずです。いや参った、これは持っていません。
しかし、手は必ずあります、今はそういう時代になった・・・と言うことで後は端折って、下のリンク集です。

パソコンにインストールしていない高額なソフト(^o^)で作られたファイルを閲覧だけすれば十分な時に使えるソフト一覧
一太郎ビューア(無料ダウンロード)
PowerPoint Viewer 2003
Excel Viewer 2003
Word Viewer 2003
Access 2002 の ビューア
WordやExcelでは以前のバージョンは軽くて良かったのですが、今回ダウンロードしてみたらファイルサイズが大きいです。

それで結論ですが、一太郎ファイルはビューアーのアイコンにドラッグしてやるだけで閲覧できました。画面サイズ調整も自由です。
パワーポイントビューワーは何処にインストールするかの問いかけも無く勝手にインストールが進行しましたが、既に何かOfficeのソフトがインストールされているなら、その中にPowerPoint Viewer フォルダーが作られるでしょう。クリックするとファイルを指定するという操作だけで全画面モードで開き、マウスの左クリックで進行するスライドショー形式の閲覧、途中で終了できませんでした。別な仕事中にこれを使ったら面倒な事になります。

Word、Excel はプリインストールされていたりして、自分では使っていなくてもファイルは開ける方は多いと思いますが、パワーポイントを含めてプリインストールされている店頭販売品は見かけないことが多いです。

一太郎となると現在お使いの方は限られているでしょうが、Windows以前は国民的ワープロソフトでした。こういうビューアーが無償で手に入るのは良いことだと思いますので、ご紹介しました。

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平成18年9月25日のYBSニュース、2006年9月26日の毎日新聞によると、甲府市のごみ処理施設を4年延長する覚書が周辺住民と交わされたそうです。2015年3月末までになり、その後は笛吹市境川町寺尾地区の建設される予定の新しい処理場に移転するということになります。

甲府市の最終処分場については野中一二さんの甲府の最終出口は何処か(2003年3月31日 「言いたい放題」記事)がありますが、まず、甲府市増坪町一般廃棄物最終処分場が、平成13(2001)年5月に埋立完了し、その後甲府市西高橋町の焼却灰処分地が平成15(2003)年度から平成19(2007)年度供用となっています。
今回の施設はこれとは異なり、焼却工場破砕工場が関係するのだと思いますが、どうも未だよく分かっていません(^_^;)
9月定例会での下水道処理場の質疑応答のこともありますので、いずれホームページの方でまとめてみたいと思います。

増坪町の埋め立てた跡はどうなってんのか、見てみたいと思ったりしています、甲府エリイアンはヤジウマでもあります(^o^)


甲府市は新しいごみ処理施設が稼動する予定の平成27(2015)年まで、現在の焼却施設を使用することで地元対策委員会と合意した。これはきょう、甲府市と市のごみ処理施設建設対策委員会が覚書を交わして合意したもので、甲府市上町にある現在のごみ処理施設の使用期限を、当初の平成22(2010)年度末から4年間延長して平成26(2014)年度末とした。次期ごみ処理施設の建設に向けては、甲府市など4市が笛吹市境川町の寺尾地区を候補地としていて、平成27(2015)年の稼動にむけ準備を進めている。対策委員会はこの計画の実現を前提に22年までとしていた現在の施設の使用延長を承諾したもので、「これ以上延期することのないよう」改めて要請した。これに対し、宮島市長は「最大限努力したい」としている。(YBSニュース)

甲府市は9月25日、ごみ処理施設「市環境センター」(同市上町)の焼却施設と粗大ごみ処理施設の使用期限を4年間延長する覚書を、周辺住民で構成する「市ごみ処理施設建設対策委員会」(委員長・岡伸県議)と締結した。覚書には両施設を2018年3月ごろまでに解体することと、それに先立つ2008年度に地元住民の代表や有識者で施設の跡地利用を検討する委員会を設置するとの内容が新たに盛り込まれた。

同センターは1972年に建設。当初は市のごみだけを受け入れていたが、2002年に市と住民の間で、他市町村のごみを受け入れる代わりに、次期施設を別の地域に建設し、2011年3月に施設使用をやめることで同意していた。しかし、2006年3月に次期施設の候補地が笛吹市八千蔵(やちくら)・高家(こうか)地区から同市境川町寺尾地区に変更され、期限内の移転が難しくなり、市と同委が協議していた。【毎日新聞・宇都宮裕一】

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追記-野中一二議員の掲示板情報では、9月25日の甲府市議会9月定例会本会議で定数削減は成立したそうです。

甲府市議会 議員定数6減可決へ 2006年09月23日の朝日新聞記事に気が付きました。


甲府市議会総務委員会は22日、議員定数を現行の38(欠員1)から32に6議席減らす条例改正案を可決した。反対意見も相次いだが、賛成多数で決まった。25日の本会議で可決後、来年4月の統一地方選から適用される見通しだ。

この日、議案を提出した依田敏夫市議(新政クラブ、76)は「市の財政事情は危機的状況で、当局も議会も一丸となって経費削減に取り組まねばならない」と強調。8月末現在の人口が20万人を切った甲府市の法定定数は34だが、2減の32とした根拠としては、「全国で93%の市議会が法定上限数より少ない定数に減らしている。見直しは時代の流れだ」と述べた。

これに対し、一部の議員からは「議員を減らせば、幅広い市民の声が届かなくなる。合併後の旧中道、上九一色地区から議員を出すのは難しい」「定数ではなく、歳費や海外視察費を削減すべきだ」などの反対意見が続いた。

約1時間の質疑・討論の後、7対2の起立多数で条例改正案は了承された。甲府市議会の定数削減は98年11月の臨時会で36から34に減らして以来、8年ぶり。今年3月、旧中道・上九一色地区との合併で4人増員し、38となっていた。


うーむ、昭和一桁の方々が引退される時期が来たとも言えるのでしょうか、でも「青春」とは年齢じゃないという事も言える訳で難しいです。

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『中心部活性化狙い映画制作 甲府商議所など出演者・スタッフ募集』  2006年9月23日の 読売新聞の記事です。8月25日に記事に書いたやまなし映画祭の企画が進行しています(^o^)

やまなし映画祭 2006、これが公式ホームページ http://yayaya.co.jp/eiga/ 以下の記事の内容はホームページから確認できます。


 映画で甲府市の中心市街地の魅力を伝えようと、甲府商工会議所と「やまなし映画祭実行委員会」は商店街を舞台とした短編映画を制作する。市民参加型の映画にするため、出演者やスタッフを募集している。完成した作品は11月11日、「桜座」(甲府市中央)で上映される。

 実行委は、商店街や温泉街が描かれているという前提でシナリオを公募した。県内外から82点の応募があり、横浜市の荒木敏子さんの作品「黒振袖を着る日」がグランプリに選ばれた。--(公式ホームページに記事あります)

 主人公は商店街にある寝具店の娘(23)。恋人(24)とうまくいかず悩んでいた娘が、お年寄りの女性客(83)から黒引きの振り袖を布団に打ち直してほしいと注文を受ける。女性客の恋人はけんか別れしたまま戦死したと聞き、娘は恋人への素直な気持ちを取り戻し、女性客の振り袖を着て商店街で花嫁行列をするというストーリーだ。

 制作の中心は映画監督の柴山健次氏が務める。

 募集するのは、登場人物のほか、エキストラや制作スタッフなど。ただし、10月1日午後1時45分から甲府商工会議所で行う説明会とオーディション、7~9日の3日間の撮影に参加できることが条件。--(公式ホームページに詳細記事あります)

 問い合わせは甲府商工会議所  055-233-2241

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21日、甲府市ホームページの記事で面白い企画に気が付きました。「パノプティコン」という演劇が、「つどうわ」で開催されるというニュースです。

詳細は甲府市ページを見れば分かるので省きますが、見ても何のイベントなのか分からない公演案内のホームページも出来ています、携帯番号だけしか無いから本拠地は不明ですが、2004年12月に東京中野にあるLive Space planBで公演という記事、さらに探せばあるのが情報です~「巨木イン山梨とか」に「山梨出身の矢崎香ちゃんがロンドンのお友達と立ち上げた愉快なカンパニー」と。これで納得としておきます。

私が関心をもったのは、panopticon というタイトルです。「パノプティコン」とは、イギリスの法学者ジェレミー・ベンサムが1791年に発表した画期的な監獄のアイデア。円形の建物の周囲に独房を配置し、中央の吹き抜けの空間に建てられた監視塔からすべての独房を監視できるように考えられた仕掛け。
pan-opticon、 ギリシャ語の「pan(全体の)」と「opikos(目の、視覚の)」から作られた造語とのことです。

さて、この監視社会をも連想させるコンセプトについて、建築家の黒川紀章さんが、この言葉を使っておられる一節がありました。--全文英文です

In the Postmodern age the spell of the teacher's gaze on our backs will be broken. I call this, in contrast to the model of Bentham's Panopticon, the age of the third classroom. In the first classroom, the teacher stands in front. In the second classroom, we feel the teacher looking at us from behind. In the third classroom, there is no teacher, real or perceived, in the front or at the back of the classroom. That is the Postmodern age.

拙訳ですが・・・『ポストモダンの時代に、私たちを背中から監視する教師の視線は潰えるでしょう。 私はこれを、ベンサムのPanopticonと対比して、教室の第3世代と呼びます。 第1世代の教室では、教師が前部に立ちます。 第2世代教室では、私たちは、教師が後ろから私たちを見ていると感じます。第3世代の教室では、私達の前にも後ろにも監視している教師だと認識できるような者はいません。 それがポストモダンの時代です。』

ここまでくると、私のこのブログ記事のカテゴリーを「アート・文化」から「デジタル・インターネット」に変更したくなります(^o^)

リアル・パノプティコン 江渡 浩一郎というホームページが見つかりました。NTTの記事ですが、この頃1995年、Windows95が出てインターネットの普及が語られ始めた頃、NTTもかなり哲学的な試みをしていたようです、私はWindows3.1からインターネットに入っていましたが、このイベントの記憶はありません。いえ、NTTさんのせいだとは言いませんが、2400bpsで繋ぐのにも悪戦苦闘の時代です(^o^)

そして、メディアの社会(学)的な考察として、「逆パノプティコンとしてのテレビ」のような記事を読むことができるのもインターネットのお蔭ですが、 ここに 「視聴者にとってテレビの映像は、見られることなく見ることのできる他人であるから、安心して笑ったり泣いたりする。テレビは、民衆を笑う側に立たせることによって、優越者としての疑似的満足感を与えることができる」 
などと描いているのを読むと、タイトルの逆パノプティコンになんとなく納得します。

話があちこちするのですが、Opticon ~Audio Visual Performanceというページは「アート・文化」のカテゴリーになります。2004年11月17日の夜にVSMM国際会議の関連イベントとしてソフトピア・ジャパン(岐阜県大垣市)にて上演されたものだそうです。

このようなメディア論、映像表現などが panopticon という概念の延長として既に出ている訳です。しかし、黒川さんが述べたような第3世代の教室という概念とアメリカ同時多発テロ事件後の監視(ネット社会の未来を問題を考える >> 第2回特別講演会(2002.7) )で講演されているような事柄と、インターネット、ネットワーク社会について、私は自分の仕事の性質から一番の関心を持っています。
この講演テキストでは、「ビッグ・ブラザー」、「パノプティコン」、「アセンブラージュ」という3つのモデルについて述べられています。我々がネットワーク、ポストモダン(黒川さん)の時代にいるのだからパノプティコンからは解放されていると考えるのですが、実はかつては監視塔にいた人々も今は我々(囚人側、というのは比喩)と同じ平面にいて、別なネットワークを組んでいる(アセンブラージュ・モデル)、人々には監視塔が目に入らなくなっているに過ぎない時代にいるのではないか、という所に到達する訳です。

地デジ推進というのは、まさに上にあるように逆パノプティコンとして市民に優越感を与えることが、アセンブラージュ・モデルの監視ネットワーク側にいる人々の隠された意図としてあるのではないか、そこまで疑ってみることは必要では無いか。

かつて大宅荘一が「一億総白痴化」と言ったことが、デジタル社会の中では推進している当人すらもそれと気付かないレベルに達している、デジタル化して双方向通信可能なテレビ、あれもできます、これもできますというだけに終わりそうな気もするのが、私のとっての地デジ化です。限られた資源としての電波の有効利用という点はもちろん大切なのですが、この方法しか無かったのか、それは私にはわかりません。しかし、既に事は運んでいるのですから、せめて自分にデジタル化したテレビが必要かということだけは考えています。デジタルをD-A変換(これまで通りの信号に変換)してケーブルに流してくれれば、私の古いテレビでも見えるのですけどね(^o^)、どこかそういうサービスをやってくれないかな。

私はひとつ前の記事で甲府市の情報ハイウェイの事を書きました。「つどうわ」で公演される演劇が、監獄からの脱出というテーマでパノプティコンをどのように抽象化しているのか、もし時間があれば観客のひとりになってみたいと思います。

公的関与の情報ハイウェイ、地デジについて論じる時に、どこまでメディア論としても社会学的にも深みのある考察ができるか、それは光回線キロあたり幾らかかるという議論の前にしておかねばならないことかも知れません。しかし、そういう議論が政府、自治体、議会の中で論じられているのを、寡聞にして私は知りません。だから私はこんなブログ記事を書き、ホームページを書きます。

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21日の市議会では野中一二さんの質問登壇がありましたので、テレビ中継をONしておりました。トップバッターでしたので、その後は、聞くでもなく点けたままで仕事をしていましたが、本日最後に登壇された橘田秀富議員の質問の時にブロードバンド・・・という言葉聞こえてテレビの音を大きくしました。

これは上野原市でも話題になっている過疎地域での地デジ、ブロードバンド問題でした。上九一色地区では140戸ほどしかないが、NTTなどでは200まとまれば・・・という話で、なかなか難しい、甲府市としてどんな考え方をしているか、という主旨のご質問と思いました。

企画部長の答弁がありましたが、これは録画できたので後で整理しておくつもりです。基本的には甲府市が何かしようという段階では無く、民間や県の動向を調べながら検討するという答えだったと思います。

橘田さんは自席からの質問第二段で旧上九一色役場には県の行政回線がきている、これを民間でも使えるようにならないか、という要望を述べられて質問を終わられました。この事は上野原市情報ハイウェイプロジェクトについても既に記事に書いていますので、私は甲府市の現状を調べることから始めてみようかと考えています。

この記事はホームページで継続する事にしようと思っています、とりあえずメモですが、ブログって便利ですね(^o^)

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びっくりするニュースを知りました。甲府市議会議員野中一二さんのホームページが「マニフェスト大賞」の一部門で受賞候補にノミネートされたのです。

「ベスト・ホームページ賞」部門ですが北海道福島町議会、三重県議会という二つの公的ホームページ、及び高橋博之(岩手県議会)、鈴木恵(浜松市議会)、高橋雪文(岩手県議会)さん達の議員個人ホームページに並んでベスト6に入った、個人ホームページとして考えればベスト4です。

北川正恭(まさやす)さんがトップにおられる早稲田大学のマニフェスト研究所ホームページは勉強のために時々見ていましたが、 このマニフェスト大賞については関心を持っていませんでした。まさか野中さんが応募なさっていたとは。

各賞の説明記事にあるように、他の賞は特にホームページを対象にしたものではありません。したがってノミネートされたものがどういうものかは私は分からないのですが、ベスト・ホームページ賞だけはリンクされていて拝見することができます。しかし比べてみると野中さんのホームページの見てくれは野暮ったいですね(^_^;)
審査員の皆さんが、ベスト・ホームページ賞の審査として
   1. アカウンタビリティー度:議会報告・マニフェスト報告・公約の検証などを含んでおり、理解しやすいものとなっているなど、議員としての活動・業績などの情報を十分に提供するものとなっているか?
   2. 審査委員判断:真新しさ、インパクト、面白さ、分かりやすさなど、各審査委員の加点
について、どう評価なさるか見守りたいと思っています。

全国1800の地方自治体、その議員さんといったら4、5万人位にはなるでしょうか。その中から応募総数 136団体 221件なのですから大したことないと言えるかも知れません。しかし、なによりもこの全国的なイベントがあることをキャッチしなければ応募すらできない、キャッチしたという情報収集力がまず第一、こういうプロジェクトに関心を持ったと言うことが第二、そしてこの野暮ったい(ブロードバンド時代で見栄え重視の時流に乗らない、でも私は好き)ホームページをもってそれに応募されたという勇気(ちょっと失礼かな)はすごい、ICTに対する確固とした信念を感じ敬服しています。ベスト4、それだけでも山梨地方政治ここにあり! 十分じゃないですか。

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2006年9月22日の産経新聞も『問題点改善へ通信簿ツアー 県立博物館、来月15日で1周年 』と報じました。


 「つなぐ」では現在、「施設の利便性」や「係員の応対」など、通信簿をつける項目を一般から募集。ツアー当日は、これらの質問項目について文章で評価してもらう。「自腹で入館してこそ、一般客の目線で評価ができる」(山本代表)との考えから、入館料は参加者負担だ。

 通信簿の結果は博物館と「つなぐ」のホームページで公開する予定。また、11月には通信簿の評価で分かった課題を、どう改善するかを考えるワークショップが開かれる。

 博物館では「当館では外部評価制度を設けているが、有識者の意見とは別に、一般の利用者の声を取り入れていきたいと考えた」とツアーの目的を説明。「案内板の位置や内容など、ちょっとした手直しで利用者の印象は改善される。予算の範囲内で、改善していきたい」と意気込んでいる。


山梨日日新聞の2006年09月17日記事におもしろい企画が書かれていました。

県立博物館、開館1周年で採点します NPO法人が来月15日に「通信簿ツアー」
というのですが、この特定非営利活動法人「つなぐ」さんは竹中英太郎記念館にもご縁があります。県立博物館と記念館では比べようもありませんが、観客の皆さんがこのような施設をどういう視点で評価するのかという点については私も勉強しておきたいです。


来館者の視点で博物館の“通信簿”を付けてみませんか-。県立博物館とNPO法人つなぐは10月15日午前9時半から、開館1周年を迎える同館の評価をするイベント「通信簿ツアー」を開催する。
博物館を実際に利用する来館者の立場から評価してもらい、サービス向上に生かそうと企画。「通信簿」の評価項目についても幅広い意見を採り入れようと、現在、同NPOのメーリングリストなどを通じて意見を募集している。
これまでに「交通アクセスの利便性」「受付の対応」「バリアフリー設備」などの項目が寄せられているという。ツアーでは、館内を見学しながら通信簿の成績をつける。

評価結果は県立博物館ホームページなどで公開。11月には問題点の解決を探るワークショップも予定していて、改善に生かしていきたい考えだ。
同NPOの山本育夫代表は「博物館を身近なものとして評価して、愛着を持ってもらいたい」と話している。
通信簿づくりの希望者は同NPO事務局のEメール(tsunagu@xqh.biglobe.ne.jp)に自己紹介文を送る。ツアー申し込み、問い合わせは同事務局、電話 080-1223-8302


つなぐさんでは、これまでもミュージアムの通信簿/エヴァリュエーション・ツアー・プロジェクトを実施されています。今回の県立博物館通信簿がアドホックな今回だけの思い付きでは無く、これまでの実績を踏まえていることが分かります。

竹中英太郎記念館について言えば、「バリアフリー対応」については除外せねばなりません。「受付の対応」は素晴らしいですよ(^o^)、なにしろ館長さま直々のご対応です。そして「交通アクセス」については、公共交通バス停から5分ですが、ICT甲府の竹中英太郎記念館サポート記事ももっと充実させたいと思っています。

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20060915flower_1 竹中英太郎記念館特別展の初日です。
各地から届けられたお花が壁面の挿絵原画の下に並べられていて、モノクロの挿絵で埋めつくされた記念館の室内に生誕百年記念の華やいだ雰囲気をかもし出しているようでした。
2階には挿絵原画と対比してガラスケースの中にその挿絵が使われた雑誌小説のページが開かれています。
何度も記念館におじゃましていますが、今回初めて印刷されたものと原画とをまじまじと見比べました。
それらの原画のなんと繊細な事か。一本の線、ひとつの点がぴしっと決まっている(俗な表現しか出来ないのが恥ずかしい)。
一枚の原画が雑誌では見開き2頁に分かれているものもあるのですが、それを計算して制作されているとも思えます。
百聞は一見にしかず、まさにそれしか言いようがありません。



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毎日新聞 2006年9月15日

甲府商議所:中心街活性化へ、ジャズフェスタを企画--来月14~31日

◇桜座や岡島など、店舗舞台にライブで文化発信地をPR

 空洞化が進む甲府市中心市街地を活性化させようと、甲府商工会議所は10月14~31日、ジャズフェスティバル「2006甲府まちなかミュージックフェスタ」を開催する。桜座や岡島など6店舗が参加し、期間中、それぞれの店舗でジャズライブなどを行う。文化の発信地として中心市街地をPRし、秋のイベントとして定着させたい考え。【鷲頭彰子】

 同市街地には30年続くジャズバーやピアノ音楽を楽しみながらカクテルを味わえるレストランバーなどがある。昨年6月には明治から昭和の初めにかけ中心街のにぎわいを支えた芝居小屋をモデルに演劇、音楽、絵画など芸術の発表の場とする「桜座」が復活、ジャズライブを行うカフェレストランも5月、同会議所などの呼び掛けで近くにオープンした。

 同会議所は「中心市街地が買い物をするだけの場では、お客さんは郊外に行ってしまう。プラスアルファーが必要」として、芸術関連施設が集まりつつあるのを機会に「文化的な魅力があることも知ってもらいたい」とジャズフェスタの開催を企画した。

  メーンイベントの10月14日には、日本ジャズ・ヴォーカル賞の新人賞を授賞した実力派ボーカリスト、紗野葉子さんや東京都内のジャズクラブなどで活躍するボーカルの元山いづみさんもスペシャルゲストとして来県。同日は複数店舗のライブを自由に回れるパスポートチケット(6000円)も発売する。

 また、期間中、ライブなどのチケットを市街地の店舗に提示すると割引やプレゼントのサービスが受けられ、商店街全体で同フェスタを盛り上げる。


9月15日の日本経済新聞、春秋に、『衰退した地方都市で再活性化が期待できる条件の1つが芸術系大学の存在だと町づくりの専門家は指摘する。蔵を改装してバーを開くなどアイデアとセンスと技術を兼ね備えた学生らが次々に面白い試みを実現していくからだ。彼ら、彼女らのパワーをどう取り込むか。大人の側の課題だ。』
と書かれていたのを読ました。

大型ショッピングセンターひとつでは「街」にはならないと感じています。面的な広がりが必要だと思います。しかし、その広がりの中にある各店舗が商売(事業)として成り立つには何が大切なのか、そこに最大の課題がありそうに思います。

選択に重きをおく要素を 価格 > 品質(品揃え) > 接客 で選ぶならスーパーでしょうが、個店では他と差別化できる品質が最大要素でしょうか。その場合品揃えは問題では無く、この店のこの品が私は好き、という事が一番の問題か。



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週刊新潮、山梨も閲覧制限 高専生殺害事件記事

東京新聞西日本新聞 2006年09月12日 23時32分(配信は共同通信)

 山口県周南市の徳山工業高専生殺害事件で、死亡した容疑者の男子学生(19)の実名や顔写真を掲載した週刊新潮(7日発売)をめぐり、三重県立図書館(津市)のほかにも、山梨県立図書館(甲府市)が閲覧を一時制限していたことが、共同通信が12日午後、主な都道府県立図書館53館を対象にしたまとめで新たに分かった。

 三重県立図書館は、男子学生の遺体発見後に実名と顔写真を掲載した読売新聞の閲覧制限と合わせて、12日正午に制限を解除。「図書館が閲覧を制限できるのかとの問題提起もあり、解除した」としている。

 山梨県立図書館は、週刊新潮を7日は閲覧コーナーから撤去し、該当記事以外の記事はコピーで利用者に渡した。「少年法に配慮した」としている。8日に閲覧可能にした。


関連記事は、西日本新聞で9月12日付け、大阪府豊中市市立図書館、津市の三重県立図書館、奈良県香芝市の香芝市民図書館にもあり、『日本図書館協会(東京)の「図書館の自由に関する宣言」は、原則として特定資料の特別扱いや書架からの撤去・廃棄はしないと明記。同協会は新聞の閲覧制限を「聞いた事がない」としており、国民の「知る権利」もからみ各図書館の措置は議論を呼びそうだ。』

読売新聞の記事では、(2006年9月12日13時56分  読売新聞)(2006年9月13日1時39分  読売新聞)

三重県立図書館(津市)では、読売新聞が実名、顔写真を掲載した8日朝刊から、実名、顔写真の部分にシールを張った。若松徳義館長は「検閲ではなく、公的機関として少年法を破るわけにはいかないと考えた」と説明。この措置を当面続ける方針だったが、12日、県教育委員会と協議の上、正午になって制限を解除した。安田敏春・県教育長は「公立図書館として基本的にメディアを制限するのは好ましくない。協議の結果、不適切な措置だとの結論に達した」としている。
 津市の市立11図書館・室では、閲覧コーナーには置かず、「少年法に基づき並べていません。読みたい方はカウンターに申し出てください」との紙を張り、カウンターに申し出た人に限って対応。実名、顔写真はそのままだが、川瀬雅子・津図書館事務長は「少年法の理念に照らして、公立図書館として不特定多数の閲覧には適さないと判断した」としている。13日、改めて対応を検討する。
 奈良県香芝市の市民図書館も「少年法の趣旨に反している」と判断。通常、1週間分の新聞は棚に置いて自由に閲覧できるようになっているが、8日朝夕刊、9日朝刊は除かれ、カウンターで取り出してもらわないと見られない。該当記事には紙が張られている。
 一方、8日朝夕刊を翌9日になって閲覧させない措置を取った大阪府豊中市の市立9図書館。「少年法の趣旨から引き揚げ、取り扱いを検討している」とのおことわりを張り出し、9日朝刊には実名部分に付せんを張った。
 同市の図書館を統括する市立岡町図書館の谷垣笑子館長は12日に会見、「他の館長と電話で協議し、少年法の趣旨を尊重する上で閲覧を制限した。その後、報道各社の見解が分かれていると知り、各館長の会議で図書館側が判断すべきではないとの結論に達したため、10日以降は閲覧できるようにした」と説明した。
 大阪府箕面市の市立5図書館も、一時的に閲覧コーナーから引き揚げ、希望者には申請手続きを求めた。
 日本図書館協会の松岡要事務局長は、「図書館は言論の自由を守る役割がある。記事の内容は読者が議論すべきことだ。一般的に閲覧制限は検閲につながる。図書館は資料を提供し、国民の知る自由を後押ししなければいけない。記事内容の判断には、極めて慎重でなければいけない」と語る。
 鈴木秀美・大阪大大学院教授(憲法)も「容疑者が死亡した今回のケースは、実名報道でいいと思っている。情報を公共的に提供する図書館が報道の閲覧を制限するのは過剰反応で、もう少し慎重に判断すべきだった」と話す。
 千葉県の船橋市立図書館の職員が2001年、「新しい歴史教科書をつくる会」関係者らの著書を廃棄処分した例では、最高裁判決が「公立図書館職員が独断的な評価で図書を廃棄するのは、職務上の義務に反する」と判断。差し戻し後の高裁判決で市に賠償が命じられ、確定した。
 読売新聞東京本社広報部の話「閲覧制限は、図書館による検閲につながる行為で、公立図書館本来の役割から逸脱していると思います。報道内容がその通りに伝わらなければ、国民の知る権利は阻害されることになり、極めて遺憾です」 (2006年9月12日13時56分  読売新聞)

その他各紙を探してみた。日本経済新聞朝日新聞毎日新聞産経新聞にあった。
毎日新聞は『同事件では7日発売の週刊新潮が少年の実名と顔写真を掲載。遺体が発見され、少年と確認された同日以降、日本テレビやテレビ朝日などのほか読売新聞や週刊朝日が「少年の更生という見地がなくなった」などとして実名報道に踏み切った。』と報じているので、問題の性質が判断できた。
「少年法の趣旨」と一様に言ってはいても、その理解の程度が異なっていたら対応も異なる事になる。難しいのは人々の理解のレベルを高める事かも知れない、それはインターネットについても同じだ。

インターネットのホームページ閲覧におけるフィルタリングというテーマとの関連を考えているが、最初のフィルタを何処に置くかという点が、一番難しいように思う。山梨県立図書館が好きな私が、このブログ記事を書くということに、自分自身でフィルタはかけない、それが私の考え方だ。

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産経新聞 2006年9月9日の記事ですが、

 「犬神家の一族」などの著作で知られる推理作家の横溝正史(1902~81年)が創作活動に使った書斎を寄贈された山梨市は8日までに、笛吹川フルーツ公園物産館西側の駐車場を書斎の復元場所に決めた。9月議会に提出の補正予算案に復元費などとして2200万円を計上、来年2月中旬ごろの完成を目指す。

 市は5月、東京都世田谷区にあった書斎と愛用の机、書簡など35点を長男の亮一さんから寄贈された。万力公園や道の駅周辺などの候補地から、(1)県内外から多くの来園者がある公園や温泉施設に近い(2)物産館に隣接し相乗効果が望める(3)横溝が療養先に行く途中で見た思い出の景色が一望できる-などの理由で、フルーツ公園物産館西側の駐車場を選んだ。

 書斎は6月までに解体され、部材はすでに山梨市に運び込まれている。10月ごろ着工し、「横溝正史館」として来年2月をめどに開館の予定。原稿や愛用品などゆかりの品については、11月に市民会館に展示する。



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2006年9月8日の山梨日日新聞の記事に注目しました。


山梨日日新聞社など全国の新聞社51社が参加して、国内外のニュースと、グルメや旅などの地域情報を満載する新しいポータルサイトを年内に公開すること が決まり、7日、東京都港区の汐留メディアタワーでウェブサイト運営会社「全国新聞ネット」の発起人会を開いた。新会社は9月中に設立する。
 新しいポータルサイトは、全国と地方のニュースのほか、動画と写真をふんだんに掲載。観光やうまいものなど、地域の新聞社だけが持つ貴重な情報を一覧できる「新聞連合サイト」の機能を持つ。

地方紙を中心に全国の新聞社が結束し、ヤフーやグーグルなど、情報技術(IT)企業が圧倒的な優位に立つインターネットの世界で、ニュース提供者としての役割を再構築するのが狙い。広告を中心に収入を確保する。
 連合サイトはニュースと情報提供のほか、各新聞社が「地域ポータル」と位置づける地方紙ホームページを相互に結び、ユーザーに提供する情報の質と量を飛躍的に増やす。これにより、地方紙は新聞読者サービスの充実と自社ホームページのアクセス増を目指す。

新会社は、山梨日日新聞社など47社が出資して設立する。資本金は7千50万円。47社のほかに地方紙4社がコンテンツ提供などで参加し、海外と全国のニュースは共同通信から提供を受ける。
 会長には、発起人代表の多田昭重・西日本新聞社社長が、社長には林憲一郎・元共同通信社デジタル事業担当局長が就任する予定。


風林火山博覧会のような各地の観光イベント情報はもちろんですが、地方分権が進む時代に必要な、その土地についての社会、経済、政治の様子などを知ることができるのは、インターネットしかないです。googleやYahooで直近の問題を検索して最初にヒットするのはやはり、現地の新聞記事であることが多いです。
しかし、多くの新聞サイトの記事が短い期間で消えていくのは残念です。「新聞連合サイト」が新聞記事のデータセンター的な役割をもち、図書館の縮刷版有料コピー程度で過去記事が手に入るようになるなら助かりますね。

更に希望を言えば、新聞に掲載、連載される署名コラムなどが、著作権問題をクリアーして連合サイトでも読めるなら、地方紙にある光ったコラムを楽しむ事もできそうです。後日になって誰かのブログでそれが引用されたりしているのを読むと、原文を読んでみたいなと思うことも多いです。

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山崎方代の生家跡を出身地の甲府市が購入 2006年09月06日 UTYニュース、毎日新聞 2006年9月7日、朝日新聞も8日に報じました。

山崎方代については山梨県立文学館には展示もあり、イベントがたびたび開催されています。--ICT甲府_文化の情報源

甲府市は旧中道町出身の歌人、山崎方代(ホウダイ)が生まれた家の跡地を購入し、歴史・文学ゆかりの施設用地として整備することになった。
甲府市観光ガイド 山崎方代
山崎方代(1914~85)は旧中道町右左口(ウバグチ)で生まれた歌人で、旅の中にあって創作活動を続けた「漂泊の歌人」として知られている。
中道町と合併した甲府市では、右左口地区に残されている生家の跡地を整備し、方代ゆかりの施設用地として活用する事を決めたもので、9月議会の補正予算に土地の購入費として745万円を盛り込んだ。
生家の跡地は中道往還の右左口宿のなかにあり、約420平方メートルで、方代は23歳で姉の住む横浜市に移り住むまで同所で暮らした。現在は方代の家族から土地を購入した同地区の住民が所有、空き地となっている。
跡地には旧中道町が所有者の了解を得て方代の生家跡と記した看板と歌碑を設置、東京都や神奈川県などから多くの方代のファンが訪れている。
甲府市では地区の住民などで方代の研究を進める「方代会」のメンバーも参加した整備委員会を約10人で構成し、2006年11月にも設立、歴史・文学をテーマにした土地の活用方法や、まちおこし対策を検討していく方針。

生家は水車業を営む木造家屋だったが、1938(昭和13)年、方代が24歳で横浜市に住む姉のもとに父と一緒に引き取られた後、しばらくして取り壊されたらしい。現在、地元には80歳以上の人でも記憶している人はほとんどおらず、写真も残っていないため、「外観や詳しい間取りは分かっていない」(市教委)という。(朝日新聞により補足 9月8日)


甲府市では第6回 方代の里なかみち短歌大会作品募集中、9月30日締切です



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