ICT甲府
全ての自由を奪えても、自由を求める自由だけは奪えない




2007年01月30日の山梨日日新聞によると、お客様が予定以上に多いとのことよかったです。ツアーの場合は既定コースに1か所追加した立ち寄りという事になると思いますが、フリーで来館される一般観光客の皆さまによる甲府市内や県内各地へのシャワー効果が目に見えて出てくるとよいですね。


大河ドラマ「風林火山」の放映に合わせた官民共同イベント「甲斐の国 風林火山博」の有料ゾーンへの入場者が1月29日、開幕から十日間で9千人を突破した。1年間の目標として掲げた30万人を上回るペースで、同実行委は「開幕前に県外の旅行会社へ積極的に営業した効果が大きい」としている。
 同実行委によると、20日の開幕から十日目の29日現在、入場者は9,331人。開幕後2回目の日曜日となった28日は1,782人で、一日の入場者として最高を記録した。土、日曜日を中心に入場者が伸びている。
 このうち4割強の約4千人は、県外の旅行会社が企画したツアー客。同実行委は開幕前の9-11月に県外の旅行会社に集中的に営業し、ツアーのコースに盛り込むよう要請しており、「効果が着実に現れている」(同実行委)という。


既に始まっている「武田二十四将屋敷跡」プロジェクトや昔からの府中五山巡りも併せて賑わって欲しいものです。

日曜朝市を10時~14時に開催しているという記事が2007年1月29日のブログ記事-「山梨発 風林火山博続編」にありました。尚、この記事によると会場のメインゲートは南側のようです。確かに入口脇に信玄像が置かれているのは見ています。私は公式ページの「開幕テープカット」の写真を見た時、これは西側(平和通り側)入口と思ったので、こちらが正面ゲートかと思っていました。甲府駅から来る人々が最初に見つける入口ですから。
日曜朝市のことは公式ページには未だ無いし、ゲートも二つあり、その片方には信玄像が置かれている事も分からないし、「ちょっとぉ、しっかりしてよ!」と言いたくなるなぁ。

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風林火山博は閉まっている時間でしたが、駅前に行く用事があったので県民情報プラザを覗いてみました。(地下のメイン会場は6時まで、1階フリーエリアは7時までです)
百鬼丸さんの切り絵 平和通りの歩道には百鬼丸さんの切り絵が飾られていて、これは車道側も同じで両面に掲示されています。
夕方の引け時のためか人通りはかなりありましたが、プラザの中は閑散としていました。でもそれぞれのお店の方がとても素敵な笑顔で迎えてくださるので、一回りしてしまいました。
物産展 山梨の名産といっても未だよく知らないのですが、
産直の野菜売り場には一束百円でホウレンソウまで置いてあるのにはびっくりしました。
もちろんお菓子やワイン、ジュエリー、印傳などの定番もあります。

信玄役を演じられた俳優さんの写真とサイン 場内の奥の方でしたが、最近の信玄公祭りで信玄役を演じられた俳優さんの写真とサインが飾られていました。

その傍が観光物産協会の事務室になっていて、プラザの内部レイアウトはすっかり変わっていました。

山梨の歴史を簡単に紹介する写真パネルなどもありましたが、簡単過ぎて無意味じゃないか、ここではむしろ県立博物館や考古博物館などの紹介パネルにしてお客様をそちらにも誘導するようにしておいた方が良いです。2階の県民情報センターも遠来のお客様にご紹介しご覧いただくのもよいですね。せめて風林火山博の間は土日休日もオープンしてください。

清泉寮ソフトクリーム さて帰ろうかと入口に向かったら清泉寮ソフトクリームのカウンターに気が付きました。評判は聞いていましたが未だ味を知りません(清里方面は未踏破地域ですから)。300円、おいしかったです。

前売券は買ってあるのですが、風林火山博を訪問できるのは何時になることやら。

ICT甲府のホームページでご紹介しているのに、自分で足を運ばなくちゃだめですね。今日の訪問は武田二十四将屋敷跡紹介の観光パンプを探す目的でしたが、手に入れました。甲府市観光ガイドにも掲載されるはずですが、一足お先に私のホームページで使わせていただきました。



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2007年01月25日の朝日新聞山梨版で、県と市の間になにがあったのか問題点が見えてきました。

県立図書館には、政府刊行物、白書などが全点揃っている、山梨県行政文書も県内市町村の刊行物なども揃っている、すなわち県民情報プラザの2階にある資料は全てこちらに移管する。議会議事録なども製本されたものが置かれている。もちろん郷土資料も通常の図書、雑誌・新聞バックナンバーも十分に蔵書している。それらができる限り開架式で配架されている。観光や産業に関する広報パンフレットなども収集されて、閲覧可能になっている事も望ましい。

内部検索とインターネット検索に堪能で専門知識豊富な職員が子供の絵本から国の行財政についてまで、あらゆる問合せに応じられる体制がとられている。司書のお仕事は大変なもので、一人二人でこなせるものではありません。本が好きというだけで出来る仕事でもない専門職です。
裏方には調査員という専門職も必要で、国立国会図書館のように県内議員さん達の行政調査・研究もサポートできる必要があります。議会事務局とは違う機能として、図書館は県庁通常の職員以上に守秘義務が課せられ議員さんが何を調べても、調べている事すら外部に漏れることは無いはずです。ここまで出来るなら議員の政務調査費を少し減らす事も納得できるでしょう。

市販されているような図書・刊行物についてだけ考えるのではなく、情報ソースという視点で図書館を考える。情報があるということは発信もできるということ。山梨発デジタルアーカイブのようなプロジェクトがここを拠点にして全国、世界に向けて発信される。

県内各地の図書館・公民館などの公共施設との連繋で、地元にいながらにして生涯学習機能が満たされるようなシステムが県立図書館を中心に県内に構築される。

甲府市当局は北口図書館に何を求め、期待したのか、それを知りたいです。

 「何十回も県と話し合って決まった新学習拠点が白紙撤回されたら、市としては困る」
 23日朝、当選証書を手にした甲府市長の宮島雅展氏に笑顔はなかった。

■「白紙」に反発
県と進める多くの事業を協調するとしていた手前、一歩も譲らない姿勢をみせた。4年間支え合った山本栄彦氏から横内正明氏に知事が交代し、「県市一体」が崩れた。
 「どうすれば彼(横内氏)とうまくやっていけるかを考えれば、再選したと言っても、浮かれていられない」
宮島氏にとって山本氏は前市長で、同じ甲府一高出身の「盟友」。選挙期間中を通じ、山本県政の継続を訴えつづけた。

 一方、横内氏は公約としてJR甲府駅北口に計画された新学習拠点の「白紙撤回」を掲げた。これに宮島氏は猛反発。あちこちの遊説で「市民の生涯学習のためには、絶対に必要な施設。市に一言の説明もなく、突然白紙とはとんでもない話だ」と繰り返した。しかし、盟友は敗れた。

(朝日新聞が書いた通りなら、県立図書館施設が「甲府市民」の生涯学習のためと認識している甲府市当局ということになるが、「市民」という言葉を一般的に捉えるなら、施設は規模こそ違え全県にあるのだから、それとの連繋、ネットワークこそが大切な事なので、甲府市に一極集中させる必要もない。)

■40年近く放置
老朽化した県立図書館を移し、500席のホールやカフェなどを備えるという新学習拠点。山本知事が県議会の承認を得て、04年から基本構想の策定などに1億円以上を費やし、検討を重ねている。完成は09年秋。民間資金を生かすPFI方式も決まっていた。
だだっ広い9千平方メートルの建設予定地は砂利が敷かれ、整地されていた。駅北口とは県道を挟んで接する。40年近く前に県の木造庁舎が解体された後はずっと空き地。県職員や公用車の駐車場に使われるぐらいだという。
県都の玄関口にもかかわらず長年、放置されていたのが実態だった。

 ここで市は88年から区画整理を主導し、県や国とともに21・9ヘクタールを整備してきた。「中心街活性化の目玉」ととらえ、2013年度の完了までに、年間の市税収入(約300億円)を上回る総額380億円を投じる力の入れようだ。
中央の広場を中心に、歴史公園、商業観光拠点、国の新合同庁舎……。3年後に、ほとんどの施設が出そろう予定だった。高校や大学が集う文教エリアで、市幹部の一人は「もし新学習拠点が白紙となれば、大きな核を失う」と強調する。

■判断は新知事
「新学習拠点の現計画には反対」。朝日新聞社が今月中旬に行った世論調査では、44%の県民がこう答えた。特に男性は30代と60代で反対が6割を占め、認知度もいま一つだった。山本氏の陣営からは、「30年分の維持管理費を含むのに、『総事業費230億円』という言葉が独り歩きした」 「県民への説明不足だった」という声も漏れる。

(街づくりや情報処理の問題を、金の問題だと考えていた事がそもそもの間違いだったということを理解して欲しい。)

 県は来月にも建設に向け、入札希望業者を募り、4月以降は新しい蔵書約25万冊を購入する予定だった。だが、いったんは凍結。「まずは新知事の判断を仰ぐことになる」と県企画部は言う。
一方、甲府市。今後は横内新知事との関係づくりが急務となる。「もともと金丸系の方。衆院選に出る時、私がまとめ役をした。対話の糸口は多い」と宮島氏は明かす。早急に市側から直接対話を持ちかける考えだ。

「もともと金丸系」、そんな事を言われても、それがどういう意味なのか異邦人には分かりません(^_^;) 県都の首長は全国に向けた発信をなさっていただきたい、『爾俸爾禄 民膏民脂 下民易虐 上天難欺』、このような誰にも分かる素晴らしいご発言が続く事を願っています。

2007年01月25日の山梨日日新聞の記事は以下のようでした。

建設から36年がたち、老朽化が進む県立図書館。蔵書も収蔵能力を超え、閉架書庫の棚にも収まらず、段ボールに入れられた図書は十万冊にも上る。「建物は耐震基準も満たしていず、駐車場も少ない。早く建て替えの動きが具体化してほしい」。県立図書館の福岡哲司館長は、建て替え論議が宙に浮いた格好になっていることにもどかしさを感じている。
 県立図書館と生涯学習センターを一体化し、JR甲府駅北口に整備する新学習拠点計画。政策面で山本県政との違いが見えにくいとの指摘がある中で、横内氏が明確に白紙撤回を打ち出した事業だ。「民間資本を活用するPFI方式による建設、運営は図書館になじまない」と言い切る。
 担当職員は「3年間かけて入札までこぎつけた。議論を一から始めることになれば、新しい図書館はいつできるのか」と表情を曇らす。
 横内氏は、図書館単独で県が直接建設する考えだが、図書館建設は国から補助金が出ないため、すべて「自己資金」で賄わなければならない。財政状況が厳しい中、数十億円とされる建設費をどのようにして確保するかが課題となる。
 現計画地は甲府市の区画整理事業エリア内。横内氏は建設場所をあらためて検討する構えだが、宮島雅展市長が計画変更に強く反対しており、場所を変える場合は、中心市街地活性化につながる代替案を示す必要が出てくる。

中部横断道の県費負担を削減すれば図書館に回せる訳です。議論の前提がおかしいのに3年もかけて無駄な仕事をしてきた事を反省していただけると思います。県立博物館の二の舞にならずに済んだ事を喜びましょう、しかし、県立図書館のこんな状況も知ってか知らずにか、博物館も国費が使えるからと急いで造ったのでした。国の金だから・・と箱物作りにいそしむ自治体の話を昨晩のテレビでもやっていました。

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2007-01-24 野中さんのブログ日記で、[言いたい放題] 喜びの瞬間 がありましたが、その記事中に 『昨日は朝から早速北口の新たな生涯学習拠点事業に関する問題提起が地元からありました。当然の事ですが、知事の公約でもあるこの事業の白紙撤回について、その跡地活用策についての要望を新知事に行うというものです。』 と書かれていました。
「甲府駅北口地区整備構想策定委員会」や、「甲府駅北口地区整備構想」のページを見ながら、「甲府駅周辺整備課」さんにお電話(055-230-1029)して、宮島さんがおっしゃるような 『県と市が相談して・・』 の意味が見えるページが欲しいと申しておきました。


2007年1月23日の毎日新聞山梨版で市長選挙の記事を読んでいたら、『JR甲府駅北口への新学習拠点の整備事業について横内氏は見直しを公約としており、宮島氏は「県と市の相談の上で計画が決まったのに、市に一言も説明なく見直されても困る」と話し、県市の連携は難航が予想される。』と書かれていました。

新学習拠点の整備事業というのは県庁が勝手に複合施設として計画したものと私は思い、当初は図書館という名前も使わないような報道もあったと記憶しています。甲府市もこの問題では北口周辺商業地の盛衰にも関係する問題と捉えていると思っていました。
県と甲府市が相談の上で決まった事なら、その事が甲府市サイトでも何か記事が無いかと探してみたのですが、見つかりません。

市議会の議事録では、「甲府駅周辺整備に関する県市推進協議会」という言葉が出てきますが、2002年-2003年の質疑です。しかしこの協議会についての記録などは県庁ホームページからは見つかりません。
2004.06.04 : 平成16年6月定例会になると、『山梨県は県立図書館の移転先として、本年2月の県議会において、甲府駅北口拠点整備事業地内の県有地が適地であるとの考えを表明したところであります。現在、山梨県は「県立図書館等複合施設基本構想検討委員会」を設立し、基本構想の策定に向けた検討を行っているところであります。本市といたしましても、シビックコア地区整備計画との整合が図られることや、交流機会の創出の面からも期待をするところであります。』-企画部長(林 正孝君)-という答弁になっています。
2005.06.06 : 平成17年6月定例会では、『具体的な整備計画といたしましては、本市が事業主体となります甲府市歴史公園、駅前広場及びおまつり広場の整備に加え、新県立図書館を中心とする県の新たな学習拠点施設、NHK甲府放送局及び国の合同庁舎の整備、さらには中央消防署の建て替えなどの計画案が了承されたというところでございます。』-助役(森下憲樹君)-となります。

この間に甲府市として街づくりの観点からも、新たな学習拠点施設が商業部門を含む複合施設であることについて、県とはどんな「相談」をしたのでしょうか。地元の方々とは何を話し合ったのでしょう。

宮島さんともあろう方が、甲府市当局として県の構想に同意した事を市民に隠していたとは思いたく無いので、もう少し甲府市ホームページの中を探さねばならないとは思っていますが・・・

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2007年01月23日 山梨日日新聞が、『子育て支援団体が甲府・銀座通りの「銀座街の駅」内にオープンした保育施設「ボンボニエール保育園」(森沢昌子園長)が、市中心街で働く母親から注目されている。』、と報じました。読んでいて楽しくなるニュースです。

中心街の深夜バイトをしていた時に小さな子供を連れた方によくお目にかかりました。子供たちとも顔なじみになって、ちょっとからかって遊んだりした事を思い出します。夜中の0時前後にも起きている子供たちの姿に様々な事を考えました。
東京などの大都市では通勤ラッシュに幼児を同伴する事は出来ないから、保育施設は住居地の近くにある事が多いと思います。徒歩やマイカー通勤が一般的な環境なら、職場の近くに保育施設があるということは、母親にとっても良いことだと思います。残業があっても保育時間ぎりぎりまで対応できる訳です。
幼児の目線で見た中心商店街や周辺公園、道路、公共施設のよい所、改善すべき事なども保育にたずさわる方々が気が付いて、それが甲府市中心部の活性化の為になるかも知れません。

「銀座街の駅」ホームページから見ると、山梨日日新聞が紹介した電話番号は、子育て支援 ハッピーキッズと同じです。この中の「教室」をクリックすると、ハッピーキッズGINZA内「ボンボニエール保育園」 として詳しい説明があります。

街から子供たちの遊ぶ姿が消えている、登下校時しか見ることがない。「街に三声あり、その街栄ゆ」、でしょう、あわせて宮島市長再選のお祝いを申し上げます(^o^)


母親にとっては、職場に近く子どもを連れて通勤できる便利さと安心感が魅力。商店街を巡る散歩など、繁華街の立地を生かした独特のプログラムも評判だ。同施設は中心街で夜間に働く母親を支援するため、希望者が集まり次第、24時間の保育対応も始める。
 商店が並ぶアーケードの一角、銀座街の駅。午前9時ごろになると、1-2歳の子どもを連れた女性が集まってくる。子どもを預けると、その足で近くの職場へ。子どもたちは母親の仕事が終わるまでを街の駅で過ごす。
 同施設は現在、7人の子どもが通っている。2歳になる男の子を預けている会社員さんの職場は同施設の目と鼻の先。「子どもの送り迎えに手間が掛からず便利。子どもの体調が悪い日には仕事の合間を縫って様子を見に行くこともできて安心」と話す。
 2006年6月、子育て支援団体「ハッピーキッズ」代表の森沢さんが認可外保育施設として開設。同団体はこれまで、子どもの一時預かりをしていたが、「市中心部で働く母親たちが安心して子どもを預けられる保育施設をつくろう」(森沢さん)と考えた。
 中心街ならではの取り組みも展開している。朝の散歩のコースは商店街や舞鶴城公園。「おはよう。今日も楽しそうだね」。周辺の商店主が子どもに声を掛ける。コース沿いの店頭には、エビが入ったすし店の水槽や映画館のポスターが並ぶ。興味深そうに眺める子どもたち。「中心街には子どもの好奇心を刺激する物が多いようだ」と森沢さんは話す。
 交通量が多い個所は、交通マナーを学ぶ場。身体測定は体重計などを備える甲府銀座ビル内の「こうふアルジャン」を利用する。すぐ近くの公園を遊び場にできるほか、子ども向けの商店街イベントも開かれるため、「子どもたちは屋外での遊びを十分にできる」(同施設)という。
 同施設は、24時間、昼夜を問わず子どもを預かることも視野に入れている。森沢さんは「中心街には飲食店関係など不規則な時間に働く母親もいるはず。今後、希望者が集まれば24時間対応を始めたい」と話している。
 問い合わせは同施設、電話090(7735)8685。



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2007年1月17日の産経新聞山梨版で、『「謙信公の塩」のお返し 新潟県民に特産品』という記事を読んで調べてみたら、山梨県観光振興協会ページに「塩のお返しプレゼント」の記事が出来ていました (このページはInternet Explorerでご覧ください、他のブラウザでは完全に表示できません)。

越後から送られた塩が松本に到着したのが、1568年(永禄11年)1月11日ということから、更に調べてみると、長野県松本市ホームページで、松本あめ市記事や、塩伝説に由来した伝統行事としての松本あめ市の紹介ページ、『上杉軍と武田軍に分かれ綱引き 松本あめ市で威勢よく』という2007年1月17日付けの信濃毎日新聞記事などが見つかりました。

「敵に塩を送る」と言う言葉は時々使われている言葉ですので私も知っていました。越後から山梨県まで届いたものとばかり思っていたのですが、松本までだったのだと、今回初めて知りました。松本から甲府まではどのようにして届いたのか、それはどのような方法で人々に配られたのかは未だわかりません。この史実が信玄堤のように人々の尊敬の源になっているかも知れません。引き続き調べてみたいと思います。


2007年1月21日の毎日新聞山梨版に、風林火山博のオープニングセレモニーでは、「敵に塩を送る」儀式も。武田信玄のライバルだった上杉謙信のおひざ元、新潟県上越市から「義の塩」が届けられ、初代当主が越後の国から甲斐の国に塩を持ち帰ったという吉字屋本店(甲府市中央4)18代目、高野総一氏が受け取った、とありました。
吉字屋本店ホームページには、以下のことが書かれています。

この際、武田信玄の命を受け越後産塩の取り引きに使いしたのが塩屋孫左衛門(初代)で、無事信州松本まで塩を持ち帰ったのが永禄11年(1568年)正月11日、甲府に帰着したのが同14日であったとされています。
 この越後塩移入の努めを果たし、国内の塩飢饉を救った活躍に対し、信玄公より当時の甲斐の国の通貨「甲州金」の裏刻印である「吉」の字を屋号として贈られ、「吉字屋」が誕生しました。

どうして甲府ではなく松本だったのかが、未だ分からないのですが、「国内の塩飢饉を救った」という点から読み取れば、荷駄か荷車かの一部が最初におろされたのが松本で残りが甲府まで運ばれたということかも知れません。そして以後は「戦時中」にもかかわらず人道的配慮により武田-上杉間の「塩の貿易」はビジネスベースで継続したという事が考えられます。

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県民情報プラザ前の歩道アーケードの部分に百鬼丸さんの武田二十四将切り絵が飾られています。
20日のオープニングでは、8時50分から10時まで、県民情報プラザ南側の道路が通行止になるという看板も各所に立てられています。
路上では9時から各種のイベントが行われるようですから、委細は風林火山博公式ホームページをご参照ください。



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2007年01月14日に知りましたが、株式会社上野原ブロードバンドコミュニケーションズのホームページが出来ていました。
u-bc.net なのですが、半ば公的な企業なのに何故 co.jp や ne.jp ではなく .net なんて誰でも取れるようなドメインにしたのでしょう。.net は確かにネットワークを表わすトップレベルドメインですが実際は登録する組織に制限は無いと聞いています(u-bc.net ドメインの登録・管理にも企業ドメインとしては奇妙に感じる点がありますが理由はわかりません)。
日本企業である日本のプロバイダーなら属性型JP(u-bc.ne.jp、u-bc.co.jp)か汎用JP(u-bc.jp)であって当然と考えます。

尚、この場合ドメイン登録料や更新料の高い安いを問題にする必要は無いはずです。

『属性型JPドメイン名の分類は9つある。営利法人用の「co.jp」、非営利法人用・国際機関・外国政府の在日公館の「or.jp」、法人格のない任意団体用の「gr.jp」、多数者向けのネットワークサービスを意味する「ne.jp」、政府組織用の「go.jp」、地方自治体用の「lg.jp」、高等教育機関・学校法人用の「ac.jp」、幼稚園・保育園・小中高校など18歳未満対象の教育機関用の「ed.jp」、JPNIC会員が運用するネットワークが使用する「ad.jp」である。』(e-words.jpの参照記事・属性型JPドメイン名

登録データベースが更新されてはいないようですが、以下のような情報が確認できる事で信用もできるのです。

Domain Information: [ドメイン情報]
a. [ドメイン名]       CITY.UENOHARA.YAMANASHI.JP
e. [そしきめい]       うえのはらまち
f. [組織名]         上野原町
k. [組織種別]        地方公共団体

インターネットプロバイダーは自前でサーバーを運用して自社ホームページを開設したりユーザーにインターネットアクセスやホームページ開設のサービスを行っていると思います。サーバーを置くのがインターネットデータセンター(IDC)であっても、あるいは用意されたハードをレンタルするにしても、サーバーを運用するからプロバイダーであるはずです。UBCさんとさくらインターネットさんとのご関係はわかりませんが、ホームページ開設を待っていたのは、その点がどのように構築されるかも知りたかったためです。ちなみにIDCというのは山梨県情報ハイウェイによる山梨県の経済的活性化にも大いに関係ある事だと私は考えています。それは株式会社デジタルアライアンスさんの仕事でUBCさんには直接は関係ない訳ですが。

UBCさんと契約してインターネットに接続するユーザーのメールアドレスが aaa@bbb.u-bc.net のようになり、ホームページ開設サービスでは、www.u-bc.net/~aaabbb/ のようになるのでしょうか。それともユーザー向けには新たなドメインが設定されるのでしょうか、ホームページに「サービス紹介」が公開されるのを待ちたいと思います。



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2007年01月12日の山梨日日新聞によると、甲府市が二十四将の屋敷跡に略歴など紹介する看板を設置したとの事です。 

パンフレットを入手したら、それもホームページでご紹介したいと思います。山本勘助の屋敷跡が武田神社の西方にある事は武田氏館大手口三日月堀のページを書きながら知りましたが、その他の武将の屋敷については、これから現地探訪してみたいですね。

山本勘助屋敷跡

追記・1月15日、甲府市観光課さんにお訊ねしたところパンフレットは現在印刷に回しているので近日完成、ホームページも年度内には公開する予定とのことです。二十四将の名前を全てそらんじている方は少ないと思いますが、観光ページの一覧紹介とかケータイ用ページがあります。私は既に1か所気が付きました、こんな所に!と驚いています。

ホームページで「城下町 甲府」という記事を書いた事があります。その中で、『甲府の街には武田時代と徳川時代の二重基準があるのだとしたら、それはそれとして外から見ると実に面白い話です』と述べました。そして、『町の名前は歴史資産のひとつと考えれば、それを活用する事から始めてみたらどうだろうと思います。現在名、旧町名の場所と由来、いくらかは残っているであろう昔ながらのお店や建物をおしゃれなイラストの地図で確認しながら街をのんびりと歩いてみたいです。』とも書きました。その考えは今でも変わりません。
ホームページでは風林火山博をずっと追いかけていますが、甲府市内では県民情報プラザのメイン会場の他は、既存の武田神社やお寺が観光コースとして紹介されているに過ぎません。甲府市全体として、ソフト的にもハード的にもネットワークが組まれていない事に苛立つ思いでした。その中でこの二十四将屋敷跡表示プロジェクトは、待ち望んでいた甲府全域の活性化に大きく寄与することになると期待しています。


 甲府市は、大河ドラマ「風林火山」の放映に合わせて武田神社周辺に点在する武田二十四将の屋敷跡に、各武将を紹介する看板を設置した。併せて屋敷跡や甲府五山の場所を記した観光パンフレットも作成。パンフレットを手に屋敷跡を歩いて巡ることもでき、市観光開発課は「信玄や二十四将にまつわる観光を気軽に楽しむ上で役立ててほしい」としている。
 看板は縦28センチ、横45センチで、各武将の略歴が書かれている。戦国時代から江戸時代にかけての史跡の所在地を記した大正時代の地図「古府之図」に基づき、位置が明らかになっている屋敷跡22カ所に設置した。山本勘助屋敷跡

 山本勘助の看板は、同市古府中町の古府中町二号公園南側に設置。武田神社入り口付近には商業政策などに優れていたとされる穴山信君を紹介する看板が立っている。
 観光パンフレットでは、屋敷跡や甲府五山など武田氏に関連する史跡を記した地図を掲載。散策用のルートや信玄ら二十四将の解説も盛り込んだ。



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1月21日は山梨県知事選挙・甲府市長選挙の投票日、関連ホームページをご紹介しておきます。

インターネットを活用した選挙と言えるのかどうかわかりませんが、山梨評論というホームページに関連記事リンク集がありますので参考にしています。

私の関心はむしろその後に来る甲府市議会議員選挙で、これは「甲府再成勝手連ホームページ」を引き継いだ記事を残している「ICT甲府」としては当然でしょう(^o^)
だからこんな記事はバンバン書きますよ!



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やはり風林火山の年です、初詣の人の列は予想以上でした。この時間ならもう空いているだろうと思っていたのですが、賽銭箱の前に立つまでに1時間かかりました。
その間にゲットした写真が二枚、「史跡 武田氏館跡」の石碑は石段脇に建てられています。

武田神社330 武田神社329

鳥居脇には両側に見事な門松が立っていましたが、これぞまさしく武田・甲斐の国バージョンの門松でした。

能楽堂334 少しずつ進む参拝の列に並びながら左にみえた能楽堂を眺めていました。
昨年春先にこれが建立されたニュースも、その後の能楽の催しも知っていましたが、行く機会はありませんでしたので、今回初見です。

参拝が終わって藤村記念館の方へ抜ける時にこの写真を撮りました。「甲陽武能殿」と読めますが、「甲陽」とは「甲陽軍鑑」の「甲陽」と同じ意味でしょう。

明けましておめでとうございます。甲斐の国・風林火山が山梨県を輝かしい年にする事を県民の皆さまと共にお祈りします。



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