ICT工夫
全ての自由を奪えても、自由を求める自由だけは奪えない




先日の信玄公祭りを見ていた時にスタッフの方から頂いた袋に広報リーフレットが入っていました。
20090425

2009年04月22日の山梨日日新聞で、情報プラザ「探訪Week」を開催 風林火山展閉幕前に講演もと報じられ、山梨県庁サイトでも2009年4月22日リリースで「やまなし歴史探訪Week」のお知らせが出ています。

◇ 4月25日(土) 午後2時~3時30分 「武田の時代を知ろう!」 講師 平山 優氏(歴史家) 
◇ 5月 2日(土) 午後2時~3時30分 「近代日本を築いた山梨出身の偉人たち!」講師 齋藤康彦氏(山梨大学教授)
各定員100名(申し込み不要)
4月16日の記事で富士の国やまなし観光ネット > 観光トピックス > やまなし歴史探訪Weekもあります。

私はここを二三度訪問しています。甲府市の事業として進行中の武田氏館跡保存整備事業について知るために良い情報を得ることができました。「山梨出身の偉人たち」も拝見しています。だから私は根津記念館にも甲宝シネマにも関心を持っているのです。やまなし・まちかど図鑑でも紹介されている内藤多仲が手がけた建築など、回ってみたいところが甲府にも山梨にも沢山あります・・・

先日公開された大手門東史跡公園に立つと、このジオラマの風景を思い描きながら昔日の姿を想像することもできます。手元に関連情報の蓄積があれば初見のものでも見方が判ります。

2007年の風林火山博の映像記録がどこにあるか未だ調べていませんが、7月26日で終了するこの「風林火山ガーデン」(県民情報プラザ)、「風林火山なるほど時代館」も記録として残されると思います。ジオラマなどは甲府市の事業に引き継がれて武田氏館跡に作られる何かの施設で常設展示されるとよいと思います。

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武田八幡宮
いよいよ明日4月5日は甲州軍団出陣です。私はこれまで武田神社の儀式も舞鶴城公園での式典も見たことが無いのですが、出陣に際してなにかの文が読まれるらしいと聞いたことがあります。

昨年の祭りの後でしたが、その文章の基になったのが武田勝頼の夫人北条氏が武田八幡宮に捧げた祈願文であることを、この信玄公祭りの創設に関わった方から直接お話を伺いました。

このことがずっと気になっていて、先日ようやく武田八幡神社に出かけその碑文を確認することができました。

この読み下し文には漢字も添えられていましたので、それを参考にしてWebページを作りました。

軍団出陣の下知がどんな内容なのか、いつかこの祈願文と比べてみたいと思っています。



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2008年03月20日の日本経済新聞甲信越版は、『風林火山博、黒字4200万円・跡地に「時代館」』 として次のように報じました。

山梨県甲府市で開催した「甲斐の国 風林火山博」の実行委員会と推進会議は19日、甲府商工会議所で合同解散総会を開いた。予想を上回る入場者数で4200万円の黒字で終わった決算を報告。余剰金を山梨県大型観光キャンペーン推進協議会に寄付し、跡地の一部を「風林火山なるほど時代館」として活用する。
風林火山博の2006年5月―08年3月の収支決算は、収入が4億6500万円と予算額を2億円強上回った。入場者が当初予想の2倍以上の48万6000人にのぼり、入場料収入や物販手数料が伸びた。
補助金は山梨県と甲府市がともに6000万円を拠出した。
支出は施設設置費が中心。1月の閉幕後に、一部展示を会場1階に移設し「時代館」として県が管理するのに伴う改修費用を計上した結果、閉幕時に7000万円程度としていた黒字は最終的に4200万円となった。
余剰金は公共的団体に寄付すると定めた実行委員会の規約により、山梨県大型観光キャンペーン推進協議会への全額寄付を決議した。推進会議は総会後解散。実行委員会は残務を整理した後に28日に解散する。

山梨県と甲府市が補助金を出すことは当初から知られていました。公式サイトとしては主催・協賛の皆さんに対してはもとより、県民に向けても事業・決算報告を掲載してから閉じることになるものと思います。


この件に関連して先日メモしておいたのですが、2008年03月15日の山梨日日新聞によると、「風林火山博」が開催された県民情報プラザの今後の活用策がまとまったとのことです。
観光情報の発信拠点や市中心部の憩いの場にしようと、地下1階にあった展示物を1階に移設し、地場産品の直売コーナーやイベントコーナーを開設する。4月1日の大型観光キャンペーンのスタートに合わせ、「風林火山ガーデン」の名称でリニューアルオープンする。展示コーナーは約130平方メートル。「風林火山なるほど時代館」と銘打ち、のろしのリレーゲームや躑躅(つつじ)ケ崎館のジオラマ、武田氏の年表などを展示。3月末に解散する同実行委に代わり、県観光部が運営する。地場産品の直売コーナーはJA山梨中央会が運営し、県産フルーツなどを販売する見通し。喫茶コーナーの開設も検討されている。同プラザ1階には「ジョブカフェやまなし」などが入る「仕事ひろば」が開設。県観光物産連盟が引き続き事務所を構える。

県民情報プラザは山梨県庁の耐震改築構想にともない取り壊されて新県庁に建替えられる計画があります。「風林火山ガーデン」は山梨デスティネーションキャンペーンとの連携として良い企画だと思います。3月19日には「山梨の特産品 オンラインショップ」もオープンしました、こちらはJA全農やまなしが中心ですが「風林火山ガーデン」とも連携できるとよいですね。



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毎年4月12日の武田信玄命日に開催される武田二十四将騎馬行列の参加者募集が始まっています。私も2008年第38回信玄公祭りページを作りはじめました。

■日程 4月12日(土)
■場所 甲府市内(武田神社ほか)
■募集人数  22人(申し込み多数の場合は抽選。当落選は通知でお知らせします)
■参加資格  長時間の騎乗に耐え得る心身ともに健康な方
■参加料   10,000円(乗馬指導、着付け、保険代含む) ※参加に伴う交通費・宿泊料などは自己負担となります
■応募方法  官製はがきに住所、氏名、年齢、性別、電話番号を明記し〒400-8585 甲府市役所観光開発課内  甲府市信玄公祭り実行委員会事務局まで郵送、またはEメール

委細は甲府市ホームページの募集案内をご覧ください。二十四将騎馬行列は金曜日~日曜日開催の信玄公祭の後になりますが、4月12日と日付が決まっている行事です。
今年は土曜日になるので賑わいは例年以上になると予想されますから楽しみです(^o^)

(社)山梨県観光物産連盟のページに「信玄公祭り 出陣式典」観覧席へのご招待申込要項が掲載されています。ご確認ください。

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2007年8月14日の山梨日日新聞記事がありました。


JR東日本八王子支社と県大型観光キャンペーン推進協議会は、県内の観光施設179カ所をマップで紹介する「風林火山 山梨パスポート」を発行した。各施設で料金割引などのサービスを受けられるクーポン券を付けた。
 2008年4-6月にJR6社グループと同推進協が実施する「山梨デスティネーションキャンペーン」を前に行う9月30日までの期間限定イベント。計7万5千部を用意し、山梨、東京、千葉、埼玉などの主要駅で配布する。
 掲載しているのは美術館、温泉施設、ワイナリー、寺社、宿泊施設など。料金割引のほか、ワイン一本や絵はがき、手作りジャムなどのプレゼントを用意した。
 また、県内で受け取ったレシートやチケット半券など1万円分か2万円分を同推進協に送ると、抽選で地ビールセットや特産品セットが当たる「お楽しみプレゼント」も行っている。
 パスポートに付いているクーポン特典は、携帯電話向けのホームページ「富士の国やまなし観光ネット」に接続して各提携施設のページを提示しても同様のサービスが受けられる。

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以前トラックバックをいただいた裏日本ニュースもこのニュースを取り上げていました。「歴史モノには歴史をぶつける正攻法で勝負すべき」というご意見。コメントには「体験型希望」というのもあります。信玄公祭りの時の武田二十四将騎馬行列はまさに体験型であったわけです。笛吹市石和の「川中島の合戦」も一般参加で盛り上がったようです。「風林火山」についてインターネット上で何が語られているか、そんな目配りも必要かも知れません。

2007年08月12日の山梨日日新聞で『風林火山博盛況の陰で…大河ドラマ効果 周辺施設「期待外れ」』とタイトルしていた記事がありました。

4月17日に10万人、5月22日に15万人、6月19日に20万人という順調なペースでした。半年で20万ということで30万人の最終目標は40万人に設定変更されたのです。

この記事には書いてありませんが、関連する甲府市内観光として武田神社の集客も多くなっていると思います。しかし団体客の動線を見ると県庁東のバス乗降場と会場を往復するだけで中心商店街に向かう動きには気が付きません、それはたまに中心街に出かける私の印象にしか過ぎないのですが。

団体バスツアー客の宿泊という点からは山梨は風林火山関係地の中で不利な位置にあるのでは無いかという気がします。最初に山梨からスタートした団体は北杜市の風林火山館を経由して長野方面に向かいそちらで一泊する、逆の場合は山梨が最後日になってそのまま帰宅するという状況だと思います。一泊二日の日程だと風林火山関係だけでは山梨泊まりの必然性が無いのかも知れません。昔の大河ドラマ「武田信玄」との比較は私にはわかりません。

ただ、あの当時より広報手段は格段に変わっていますので、短期ツアーでも宿泊地が他に求められている理由などを調べてみることは必要かと感じます。風林火山をインターネットで追いかけている私ですが、県内発が明らかなブログ、Webページ情報は観光部のサイト、風林火山博公式サイト、北杜の風林火山館を応援するサイトの三つしか見えてきません。

もちろん個人ブログなどで記事になさっているものは多いので、そのブログから風林火山博を知り、山梨観光の「ついでに風林火山博も」訪ねるというケースがあると泊まりは山梨です(^o^)

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2007年7月21日の読売新聞山梨版が、『風林火山「商標権侵害」、桔梗屋が仮処分申請』と報じました。風林火山という商標登録については2006.06.13に「風林火山」の商標登録という記事にしていますが、トラブルが報じられたのは初めてだと思います。

商標登録している「風林火山」という表記や山本勘助の旗印のデザインを使用されたのは商標法に違反するとして、菓子製造販売会社「桔梗屋」(笛吹市一宮町坪井)は、長野県松本市の土産品卸売会社を相手取り、東京地裁にデザインなどの使用差し止めを求める仮処分申請を出した。
 桔梗屋によると、同社が商標登録し、商品名や包装紙などに使用している「風林火山」と山本勘助の旗印が、土産品卸売会社が販売している2種類の菓子にも使用されていた。「該当商品は当社の商品と混同しやすく、損害を被るのは明らか」としている。今年4月から該当する商品の販売停止を求めてきたが、応じなかったため仮処分申請に踏み切ったという。
 一方、土産品卸売会社は「孫子の漢詩は使っているが『風林火山』という表記や、山本勘助の旗印をパッケージには使用しておらず、商標権は侵害していない」と話している。

商標登録は企業サイトのドメイン登録などと同様に早い者勝ちだと思っています。日本語ドメインなどは他社に取られないようによく調べておく必要があります。
武田信玄.JP」は京都のベルウッドクリエイツさんが取得されているようで、既存サイトにジャンプ設定、「風林火山.JP」はあの「バンダイ」さんが既に取得されていますがサイトは開設されていないようです。企業名などでも無関係の人が取得している日本語ドメインは以前に流行したドットコム売買のように売りに出しているかもね(^o^) タレントの名前でそれらしいドメイン名だからとうっかりクリックしたらウィルスが飛び込んでくる悪意のサイトにはご用心!
ついでに、桔梗屋.JPも既に桔梗屋さんが取得されています、さすがです。山梨は武田信玄も風林火山も取り逃がしてしまったですね。kansuke.orgご関係の方が、山本勘助.JPをお持ちになっていますが、この様子では二十四将全て調べないといけないかも。

そんなわけで私は 野中一二.JP が正当に使われていることに感心しております。



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2007年07月21日の山梨日日新聞によると山本勘助の宝箱探しという新しいイベントが始まったようです。


山本勘助が残した暗号をヒントに宝箱を探し、景品をゲットしよう-。県大型観光キャンペーン推進協議会は7月21日から10月21日までの3カ月間、「信玄公の埋蔵金伝説」と題したイベントを展開する。専用チラシに記載された6つの暗号を解いて県内6カ所に置かれた宝箱を探し出し、記されたキーワードを集めて応募すると「お宝」(景品)が当たる。
 「宝石の館近く 甲斐梶原の祖が守りし 金の器の周りを調べよ」(河口湖の巻)や「“館”の前に座す 我が主が見据える 戦の残影を探れ 其処は主が墓所の近く也」(甲州の巻)など、勘助が残したとする設定の暗号は“難問”ぞろい。同推進協は「宝探しをしながら山梨の歴史や観光を楽しんでほしい」と話している。
 抽選に参加できるのはキーワードを三つ以上集めた参加者で、同推進協事務局に郵送するか、「甲斐の国 風林火山博」総合案内所など県内六カ所の「発見報告所」に持参する。
 キーワードを6つ集めた参加者には抽選で百万円相当のジュエリー(1人)、甲州ワインビーフ・地どりセット(5人)などが当たる。キーワードを3つ集めた場合に当たる景品は五万円相当の県内旅館・ホテル利用券(2人)、あわびの煮貝(5人)など。
 参加無料だが、JR中央線の特急停車駅と「発見報告所」に置く専用のチラシが必要。


ポイントの近くに富士河口湖町の宝石博物館だし、甲州で「主が墓所」と言うなら恵林寺だろうか。
特急停車駅と「発見報告所」に置く専用のチラシが必要、という意味が判らないので後で調べてみます。



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2007年06月12日の山梨日日新聞記事は朗報でした。そろそろ梅雨入りの情報もありますので、ツアー客などの動向が心配ですが、屋内施設であることは強みだと思います。県外からバスで4千人とすれば、バスは延べ80台くらいになりそうです。時間的に集中する可能性もあります。大型バス駐車場の容量は足りているでしょうか。


 甲府・県民情報プラザで開かれている「甲斐の国 風林火山博」に10日、一日としてこれまで最高の5464人が来場した。
 この日は県内外の観光客が、大河ドラマ「風林火山」を紹介するゾーンに入ろうと長い列をつくった。9日も3395人と記録を更新したばかり。4-5月の一日平均の来場者数は約1300人となっている。
 実行委の上原伊三男専務理事によると、サクランボ狩りなどに合わせて来場する人が多く、この日は8割近くが県外からの来場者とみられる。


バス駐車場については実行委員会さんにお尋ねしてみました。素晴らしい対処をされたようです。
甲府駅北口にある駐車場は30台のキャパはあるが、日曜日は甲府市役所の駐車場を使わせて貰うように市役所の協力も得ていて、日曜開庁で来庁する一般の方に混じってバス13台分確保、舞鶴城公園北側(JR脇)の駐車場を開放などで対応ができた。
なにより旅行会社さんとは事前の予約体制があり、予約だけで4千人の予想が出来ていたので到着時間調整などのお打合せも出来ていたとのことです。



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「武田家子孫1日砂防事務所長」という記事がNHK山梨のニュース-2007年6月2日にありました。

武田信玄が治水のためにつくったとされる堤防「信玄堤」にちなんで信玄から16代目にあたる子孫がきょう富士川砂防事務所の1日所長を務めて治水対策や防災の大切さを訴えました。
これは6月が土砂災害防災月間に定められていることを受けて甲府市の富士川砂防事務所が行ったもので1日は「信玄堤」などの治水事業に力を入れた武田信玄から16代目の子孫にあたる武田邦信さんが1日所長を務めました。
和服姿の武田さんは「1日事務所長」と書かれたたすきをかけて、堀内成郎所長から委嘱状を受け取りました。
このあと武田さんは、JR甲府駅を訪れ土砂災害の恐ろしさや防災対策を展示したパネル展の前で訪れた人たちにパンフレットを配って治水対策や防災の大切さを訴えました。
土砂災害防止月間である6月中は県内各地で県民の防災意識の向上をはかるためのパネル展やイベントが行われることになっています。 

「信玄公の願い」というイベント記事が富士川砂防事務所サイトに掲載されています-PDFファイル。この記事で思い出したのですが、信玄16代目の子孫にあたる武田邦信さんと織田信長の子孫が和解したという話。保存していたファイルをやっと探し出せました。この記事は2004年4月11日の毎日新聞山梨版が報じたものです。

武田神社で10日、信玄公と織田信長公のそれぞれの子孫がそろって参拝した。信玄公の死後、武田と織田の両軍が対決した長篠の合戦(天正3年-1575年)から430年が経過、「これからは仲良くしましょう」と固く握手をした。
参拝したのは武田家当主16世の武田邦信さん、織田家当主12世の織田信成さんと長男で同13世の織田信和さん。 武田さんは信玄公の二男・信親、織田信成さん、信和さん親子は信長公の二男信雄の子孫。
武田さんと織田さん親子は2001年、愛知県新城市で行われた設楽ケ原(長篠)合戦祭りで初めて出会い、2年後の同祭りでの再会を約束。しかし武田さんの仕事の都合で再会できなかったため、織田さんが2004年の信玄公祭りに合わせ武田神社を訪れた。
神社境内には武田方の武将の子孫も訪れており、織田さんは「皆さんの目が鋭く、威圧されました」と冗談混じりに苦笑。3人とも「今となっては、昔の合戦への恨みなど全くない。今後も機会があれば会いたい」と笑顔で話した。

という心の和むお話です。豊臣秀頼生存説、秀頼=天草四郎の伝説とかジンギスカン=義経伝説とか、子供のころに読んだようなオトギバナシではみんな生きていた(^o^) 現実の歴史として信長や信玄の家系(血筋)が継続しているということを初めて知ったのがこの記事でした。
そして和解と言えば、赤穂と吉良の和解についても以前読んでいました。ちょっと検索したら、「播州赤穂」に残っていました、『兵庫県赤穂市の呼びかけで、89年から忠臣蔵にゆかりのある自治体が、「義士親善友好都市交流会議」を毎年開いているが、93年に(旧)吉良町も参加することになり、「歴史的和解」と騒がれた。』 ということです。本所松坂町吉良邱跡(両国)、泉岳寺(高輪)は在京時代の馴染みの場所でもあり、こうしてネット記事を読み漁っていると里心をかき立てられます。大河ドラマ「風林火山」を観て山梨に来られる方々にも、なにがしかの望郷心をかき立てられるものがあるのでしょう。

お客様が失望してお帰りになることがないように、また来たい山梨、何度も来たい山梨、そして住んでみたい山梨であるように・・・ささやかにネットで書き続けます。



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