日々是好日日記

心にうつりゆくよしなしごとを<思う存分>書きつくればあやしうこそものぐるほしけれ

ついに本当の劇場国家になった?、ニッポン國

2019年04月24日 06時10分46秒 | 政治
 「劇場国家」とは、アメリカの人類学者 クリフォード・ギアツが『ヌガラ~19世紀バリの劇場国家』 (1980 みすず書房刊) において展開した社会学的概念である。
 近年に至るまでバリ島という小国家は、西欧近代が定義する意味での、民主的または封建的政治権力によって治められていたのではなく、人々は王族や貴族たちがおりなす華やかな国家的儀礼の祝祭空間(劇場)に没入することで治められていた。ギアツは、バリ島の伝統社会 (ヌガラ) は「儀礼」自体を目的とした「劇場」として位置づけられていたとして、これを「劇場国家」と呼んだのである。
 振り返って現代ニッポンという国を見て、どうも古き「劇場国家=バリ」といささかも違わないのではないかという気がしてならない。特に、近年、その傾向が顕著になってきたようにみえる。
 今週を最後に天皇の代替わりとなる。間もなく元号も改変されるという。それに伴って豪華に10日間の休業日が続く。おそらくテレビは何が有っても天皇代替わりの絢爛豪華な、ギアツが言った「劇場空間」を中継し続けるだろう。人々はそれをあんぐりと口を開けて悩殺され続けることだろう。60年前の「華燭の典」の記憶が蘇ってくる。あの時も日本全国津々浦々が劇場空間に早変わりした。早春の寒気と高度経済成長のトバ口にあったとは言うものの、現実の生活は食うや食わずの貧しい時代であったにもかかわらず、人々は熱狂し、津々浦々「劇場」と化したのである。
 皇族による劇場だけではなく政治家もこの「劇場」に参加しようと考えたかどうか知らないが、選挙運動で訪れた大阪で次のような劇場公演が催されたとNHKが好意的に放映していた。
 「安倍総理大臣は、大阪を訪れて吉本新喜劇に出演し、ことし6月のG20大阪サミットについて、『貿易摩擦や格差問題を丸くおさめる解決策を見いだしたい』などと述べたうえで、会議の成功に向けた協力を呼びかけました。ことし6月のG20大阪サミットを前に、安倍総理大臣は20日、関西のお笑い文化の拠点の一つとして知られる大阪の劇場<なんばグランド花月>を訪れ、吉本新喜劇に出演しました。(NHKのアナウンサーは明るい表情でこれを放送していたが、以下バカバカしいから省略する)」(2019/04/20 NHK)
 これもまた「劇場国家日本」を象徴する「事件」ではないか?。あろうことか、お笑い劇場の舞台に立って、「お笑い」を求めて集まった万来の観衆に向かって、G20(Group of Twenty)大阪サミット会議の説明をしたという。ニュースでは客席とのやり取りもあって、劇場はやんやの喝采で盛り上がったという。
 われらはあの敗戦を機に議会制の近代的民主主義体制の中にいたとばかり認識していたのだが、それは大きな間違いで、いまやこの国は「古代国家バリ」なみの劇場国家として立っているのであることを承認しなくてはならないらしいのである。
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もはや<個人崇拝>だ! 自民党総裁4選論

2019年04月23日 06時51分09秒 | 政治
 「令和考案者は反対だが…改憲狙う『安倍4選』、誰が拾う『火中のクリ』」という刺激的な見出しの記事が新聞に載っていた。
 「永田町で妙な話が持ち上がっている。『安倍4選論』である。昨秋の自民党総裁選で3選された安倍晋三首相、党則に従えば最後の任期のはずだが、どっこい『ルールを変えて4選も可能にしよう』という件だ。2012年12月から24年までの超長期政権もあり得るが、自民党、それでいいのか?」(2019/04/19毎日新聞)
 移動式の土俵の中で催す大相撲のようなものだ。ひいきの相撲取りが土俵に追い詰められたら、知らん顔して土俵を彼の後ろの方に思いっきり引っ張るのである。こうして2度、3度と<安晋関>という細田部屋の相撲取りが勝つようにするというのである。
 このように、「ルール」を「ルール」とも思わない無定形な行為、味噌もくそも一緒くたにして束ねてしまうやり方。これをしも「ファシズム(Fascism)」というのである。そういえば、ファシズムはイタリア語源のfascismo(ファシモ)から、ムッソリーニ政権を表象する為に欧米の自由主義陣営で名づけられた言葉であり、そこでは「束」とか「集団」などを意味するラテン語語源の「結束」の意だという(Wikipedia)。つまり、ミソもクソも一緒くたにして束ねてしまう意味だったのである。
 自民党総裁選出ルールをFascismだとこう言い切ると、「これは、一政治集団の首領を選ぶに過ぎない行為、どういう風に決めようとその集団の構成員が納得すればよい。これも民主主義だ」という反論が返ってくるかもしれない。だが、それは絶対に違う。
 自由民主党は、そんじょそこらの任意団体ではない。卑しくも天下の<公党>である。しかも1955年結党以来64年、その間の延べ90%の期間にわたって政権を担当し、ここには巨額の国費が供与されてきた天下の公的存在(公党)である。
 その天下の公党が、首領選考ルールをミソクソ扱いするというのであれば、これはもはや「Fascism」以外の何物でもない。先年行われた最大2選までのルールを3選容認に改定する場合でいえば、すでに2選に達している者の被選挙権を剥奪した上で、新人を選び、その後に2選で被選挙権を失った者の権利を復活する。つまり、今日現在安倍氏は総裁の座にあらず、誰か別の人物がその座にあって、安倍氏は次の総裁選に出馬し3選まで立候補できる権利を改めて得る、これがfascismでなく、適正な民主主義ルールというものである。
 自らの首領を選ぶ規則を鵺(ぬえ)的にしておいて、民主主義に適う政治が行えるわけがない。今の自由民主党はもはや健全な保守政党では断じてない。多数横暴のファッシスト政権と化している。
 こんな横暴を行っているといつか国民から、日本国民でなければ世界人民から痛棒を受けること間違いないであろう。猛省を促したい。

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やっぱりそういうことだったのか?外国人労働者受け入れ拡大の真意

2019年04月22日 07時26分42秒 | 政治
 この4月1日から始まった「外国人労働者の受け入れ拡大」(改正出入国管理法施行)を受けて、東京電力は協力企業数十社を対象に、原子力発電所への「外国人技能者」の受け入れについて説明会を開いたという。
 「原子力発電所」と「技能者」というから、てっきり原子力工学や核物理学の外国人専門家を招くというのかと思いきや、記事を詳らかに見ていくとどうもそんなんではない。名前は「特定技能1号」とかいうのだが、内実は「相当程度の知識または経験を必要とする技能」と「日常会話レベルの日本語能力」が必要、つまりこういう「能力」を「最高」の「条件」として採用できる「労働者」という意味である、らしい。
 ここに「相当」という日本語は口語でいう「非常に」とか「かなり」とかいう意味ではない。採用側にとって「それでよい」というレベルという意味であって、「相当」であるか否かは担当者の「判断」に全面的に任される。
 すでに、福島第一原子力発電所の廃炉作業では、土建業者のところで鉄筋型枠などの技能を学べるとして日本に来たベトナム人など「技能実習生」が、知らない間に廃炉作業に従事させられ、怖くなって逃亡した例など、悪徳事業者によってインモラルな制度運用がなされてきた。
 こうしてついに、天下の東京電力が「外国人技能者」という名目で、誰もが嫌がる危険な原発廃炉作業に、言ってしまえば何にも知らない素人の外国人を投入するという。政府がもっともらしい説明をしてきた改正入管法の本質が、早くもここにさらけ出されてきたのである。
 思えば、原発事故は、その事故に至る経営者責任は言うまでもないが、それにしても「宴のあと」、高度経済成長期以来の日本人が飲み食いしたシュツルム・ウント・ドランク=疾風怒濤の文明の残骸であり、廃棄物、つまり社会的な断捨離行為なのである。それを、縁もゆかりもない外国人に、「特定技能者」なる厚底の名称を与えて使い捨てようという。神罰・仏罰が与えられなければよいのだが。
 そもそも、この国が言葉の正確な意味で「開国」するのであれば、宴の後の後始末を頼むのではなく、我らと共に未来を切り開く仕事をしてくれる人々を三顧の礼をもって迎えることであるべきだった。辛うじて改正入管法でそれに該当するのが「特定技能2号」なのだが、何処を見てもこれに関する話題は見当たらない。「2号」が、法改正の隠れ蓑に過ぎなかったからである。
 外国人低賃金労働者を集める「労働政策」にも拘らず、これを外務省による「入国管理政策」で処理する矛盾が、その中に厄介な事態を招くこと間違いなかろう。いまだに徳川幕府以来の鎖国政策を続けているこの国の国境管理政策の前近代性がこういう形でしか実現されない。この結果は、イギリスでBrexitに発展してしまった歴史逆行の迷路に入った人種問題と同じ事態につながるのではないか、と危惧される。実に残念である。
  
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現代に現れた「ハーメルンの笛吹男」?それとも?

2019年04月19日 07時29分32秒 | 政治
 「グリム童話」に出てくる「ハーメルンの笛吹男」の噺。あれは、笛を吹いてネズミを集め虐殺してしまう不思議な才能のある男の話である。
 この奇想天外な事件の起こったのは1284年。この頃、このライン川の川辺の町は、粉ひき屋(製粉業)が盛んであったという。人口増加が背景にあったとも言われている。その原料の小麦倉庫に巣食った大量のネズミが事件の発端だった。
 大量のネズミによる被害に悩まされていた町の人たちは「報酬をくれればネズミを全部殺して見せよう」という、派手な服を着た男に殺鼠を依頼した。すると男は笛を出し、これを吹くとネズミが何処からともなく出てきて、笛吹男の後について集まってくる。町のネズミが全部が出てきた頃、男はライン川の岸辺にこれらを連れて行き、その全てを川に落として絶滅させた。
 さて報酬を貰う段になった時、市長は支払いを拒否した。裏切ったのである。悪徳政治家によくあることだ。
 こうしてネズミのいなくなった町に再び男が現れたのはそれから数か月後の1284年6月26日朝。人々が教会で祈りを捧げている時、男があの笛を吹くと今度は家に残っていた町中の子供たちが笛の音に誘われて出てきた。そしてあろうことか、やがてこの男の後について何処かへしずかに消えてしまった。その数130人。
 この話、この頃、ヨーロッパは北へ北へと開拓がすすみ、シュバルツバルトを切り開いて、植民が大々的に行われるようになった時代であり、この話は若い労働力を集めるための誘拐事件だったのではないかとも言われている。
 こんな昔読んだ話を思い出したのは、他でもない次のようなコラム記事が目に入ったからである。これもまた、天皇代替わりの「元号」改定に乗じて吹く「笛吹男」の話ではないかと「勘違い」したからである。   
 「この国は、新しい元号が発表されて、政権の支持率が上がるという不思議の国だ。こんなものが手柄になるなら毎年元号を変えればいい。一体、その人たちは何を評価したというのだろうか。ある調査では、10ポイント近くも跳ね上がっている。第一、政権が元号の選考に口出しするという、越権というかやぼというか、その差し出がましさのどこに支持率を上げる要素があるのかまったく理解不能だが、こんなことを言い出せばきりのないこの数年間ではある」(<松尾貴史のちょっと違和感『新元号発表~どうして支持率が上がるの?』> 2019/04/14毎日新聞)。
 そういえば、日本でも幕末に天から天照大神の伊勢神宮のお札が降ってきたという、「ええじゃないか」の騒ぎがあった。あれもまたハーメルンの笛吹男と同種の才能の持ち主の男の仕業ではなかったか?。われらが安倍首相も・・・???

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リニア建設工事、何をそんなに急いでやってるの?

2019年04月18日 07時29分15秒 | 政治
 JR東海の発表によれば、リニア中央新幹線の建設工事、今年度は3,500億円もの巨額予算を注ぎ込んで、いよいよ佳境に入ってきたという。全線にわたって着工されているようで、我が家の目と鼻の先でも、リニアガイドウェイの高架橋設置に邪魔になるというのでそれと直行する高圧送電鉄塔の改修工事がなされ、すでに鉄塔一本は昨日あたり出来上がったようである(写真)。
 このように、巨額の予算に対応する工事が沿線全体にわたって着手されているようだが、よくよく考えてみればそれもこれも肝心の南アルプス赤石山脈を貫通する全長25,000mのトンネルが無事に貫通しなくては意味が無い。果たしてメランジェ層という難物の地質構造にトンネルは無事に、予定の2027年までに貫通するのであろうか?
 何しろ赤石山脈はその山頂に貝の化石が見つかることからも分かるように、太古の昔には海底に沈んでいた山である。しかもあろう事か、フィリピンプレートに突き上げられて今でも年間では5ミリ、10年で5センチと急激に成長する山である。そこに「土かぶり」1,400メートルのトンネルを掘るのである。確かな根拠が有るわけではないが、それでも環境アセスメントの結果このトンネルが貫通すると大井川の水流が1秒間に2トンも減少すると予測され、その対策について静岡県知事とJR東海の間で論争が収束しない。この地域は年間2,500ミリを超す我が国最大の多雨地帯でもある。
 実は、ここにこういうトンネルを掘ろうという「夢のある」アイデアは初めてではない。すでに敗戦直後の昭和24年に参議院議員田中清一らが「国土開発縦貫自動車道構想」(田中プラン)と称して、同じ保守政治家の青木一男らと建設促進運動を華々しく行ったという歴史がある。しかし、これはいくらなんでも無理と、当時の専門家に判断されて諏訪・伊那地方を回る現在の中央自動車道として実現したのだが、その顛末の中で先行着工された名神高速自動車道が東名自動車道に接続されて「国土開発縦貫自動車道構想」としてはそちらが先に建設され、中央自動車道が後回しになったという経緯があったのである。つまり、70年前には日本列島中央構造線やら清水・糸魚川構造線、その他無数の断層ひしめく難物をさけるという知性が働いていたのである。
 いま、品川・名古屋間の全線にわたって工事を始めているこのプロジェクトも、畢竟、南アルプス横断トンネルという掘って見ないと分からない工事の正否にすべてがかかっているのである。そういう越すに越されぬ関所のある時に、何を急いで高圧送電鉄塔の交替工事などする必要があるのだろうかと、首をかしげながら筆者は青く澄んだ春の空を眺めているのであるが・・・はてさて????
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