日々是好日日記

心にうつりゆくよしなしごとを<思う存分>書きつくればあやしうこそものぐるほしけれ

安倍氏に土下座強要?、どこにもいるお騒がせ人

2020年08月03日 07時39分04秒 | 政治
 「韓国・平昌の植物園が、慰安婦を象徴する少女像にひざまずいて謝罪する安倍総理大臣を模した像を設置していることについて、韓国外務省の報道官は、支持しない考えを示しました。『外国の指導者に対して国際儀礼を考慮する必要がある』と説明しています」(2020/07/28 NNN)。
 韓国江原道の私立植物園の園長が私費で園内に設置したという「少女とそれに向かって土下座している男の像」、少女の方の像はいまや「従軍慰安婦」問題の象徴的「記号」と化している像であり、土下座しているのは設置者本人の言でもこれを「日本国の安倍晋三首相と解釈してもらってもよい」と言っているそうだから、確信犯的行為と言わざるを得ない。実に「人間として」残念である。
 これに対するに、韓国政府の公式見解が上記記事である。他の外電報道と合わせるとこれは「報道官による定例記者会見」の席上で述べられたものだそうだが、一民間人の所業とはいえ、これを一応青瓦台の政府見解として遺憾の意が表明されたこととして了としたい。
 対するに菅官房長官は、「『事実かどうか確認していないが、そのようなことは国際儀礼上、許されない。事実であれば、日韓関係に決定的な影響を与えることになる』と強い不快感を示した」(2020/07/28読売新聞)という。これを設置した金持ちの男に、してやったりと思わせるに十分な、冷静さと理性を欠いたもの言いであったのは実に残念である。この内閣はこんな小人をもって7年もの長きにわたって総理官邸の管理人たる官房長官を勤めさせてきた。内閣の政治的質の程度がここからも分かる。
 さなくても日韓の間には難問が山と積り、一触即発の危機に直面している。ここ数年の日韓対立はごく一部とはいえ両国の過激な民衆レベルの煽情的運動、かてて加えてそれに意識的・政治的に異をとなえない政府という構図が横たわっている。その結果が、こういう民間人の「金持ち」や「閑人」が、政治権力におもねるように跳ね上がった行動に出てくる。
 他方、香港に関わって世界に公約した一国二制度を一方的に破棄して民主主義を無視していよいよ独裁権力を嵩に着た習近平の中国。その中国とは反対に経済的ばかりでなく政治的にも斜陽化の始まった米国、その二国間関係が「冷戦の復活」と言われる程までに一触即発の状況にまで悪化してきた。
 他方、まさか?とは思いつつも過去3年ほど、期待をかけもした「米朝関係」はもはや元の木阿弥。かつ、トランプ政権にとってはとりあえず北朝鮮からのミサイルが米本土に届かないレベルにある間は関心がない北朝鮮政策。加えて憲法改正して王権を強化したプーチン帝王のロシアの存在。こう見てくると東アジアにあって、何と言っても共通の価値観をもっとも多く共有できるのは韓国である。
 こういう国際環境下にあって、政治が度量を欠いているのであれば、せめて国民レベルでの善隣友好こそが頼みである。にもかかわらず、この民間人金持ちによる像の制作と展示は実に遺憾である。どこにもいる「お騒がせ人」の所業について、これを悪しき実例として肝に銘じておきたいものである。
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やめるなら今が最後のチャンス、リニア中央新幹線計画

2020年07月31日 07時17分35秒 | 政治
 リニア中央新幹線品川―名古屋間の2027年開業は、JR東海が6月中の着手が必要としていた静岡県内のトンネル関連工事の準備について、川勝平太静岡県知事がこれを認めないとしたために大幅に遅れる公算が大きくなった。
 川勝静岡県知事が「認めない」と言っているのは、山梨・静岡・長野3県にまたがるリニア中央新幹線「南アルプストンネル」のうち最長の静岡県分にトンネルを掘削したとき大井川の水量がどのように変化するかが不明のうちは工事をしてはならないとして着工許可を出さないということである。
 上記新聞記事は、ゆくゆく完成後の非常時において乗客が退避する通路で、これを掘削しながらトンネル本体の現場へアクセスするための工事、そしてそのためのヤード建設を許可して欲しいとしてJR東海社長が静岡県知事と会談したという報道である。
 論理的には、これら数本のトンネルが掘削された後の地下水脈のじょう乱が大井川水源をどの程度かく乱し、その結果として川水の流量がどのように変化するか?それが許容できるという結論を得るまで一切の工事の着工は最終許可権限を持つ地方自治体の長として静岡県知事はこれを認めないという、ごく論理的な拒否である。
古来、「越すに越されぬ」と言い伝えられた大井川だが、それでいて渇水期には実に水量のあぶなっかしい川でもある。加えて流域人口60予万人、水利用産業が多く、有数の水力発電利用の多い川でもある川だ。知事が神経質になるのはむべなるかなである。加えて氏は、「言い出したらテコでも」という個性の人である。当面、国や愛知県知事をはじめ沿線各県知事、財界関係者はやきもきされることであろう。
 かくて、リニア中央新幹線の完成予定とされた2027年は無理というのがここでの主題になっている。それによって生ずる不都合は数知れない。まず、当のJR東海の経済的負担、延期1年あたり1000億円加算を余儀なくされるという。「2027年完成」という確証無しの喧伝に悪乗りしてきた財界による莫大な先物投資、加えて全部自社で建設というJR東海の「決意」にもかかわらず、3兆円の財投を奮発した安倍政権の政治責任。これらが群れを成して川勝知事を攻め立てることであろう。
 こういう「カオス」の真の原因は何処にあるのか?? それは他でもない。年間4ミリも成長する不可思議にして、日本で一番腹中が不明の山脈南アルプス国立公園という難物の山を貫通するという「不見識」に他ならない。その腹中には中央構造線という日本列島を2つに分断する巨大断層。加えて清水・糸魚川断層という活断層。これらによって引き裂かれた無数と言ってよい程の小さな亀裂が集中する典型的メランジェ層の山、年間降水量2000ミリをはるかに超える日本列島でもトップクラスの多雨地帯。山の神に謙虚に尋ねれば尋常には許しは出なかったはずの御山に穴を開けるという無作法。これこそがここに至るカオスの主因である。 
 南アトンネルを開ける前に、いま地球を席巻しているパンデミックを通過した後の世界は、もはや超高速鉄道を必要としないだろう。まして、瞬時大電力を食いかつ非効率ステムは次代の自然エネルギー主体の世界では存立不能である。
この前近代的発想の事業、続ければ続けるほど傷口が大きくなる。止めるなら今が最後のチャンスだ。
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「コロナも経済も」とは、「二兎を追う」ことである

2020年07月30日 07時48分05秒 | コロナウィルス
 孫が通う神戸の小学校で新型コロナウィルス感染者が出たと、彼女らの母親から知らせが届いた。実感の無かったコロナがいたって現実味を帯びて迫ってきた。
 彼女らとはこの正月に会ったのが最後で、1月15日に国内第一号のコロナ感染者が出現したことで、春休みも会うことはならず、また例年なら必ず大騒ぎしながらやってくるはずの5月の連休も静謐のまゝに今日を迎えている。
 伝え聞くところによればこのウィルス、2020年7月8日厚労省発表データ「コロナウィルス感染症による国内感染データ」のうち「年齢階級別に見た死亡者数の陽性者数に対する割合」の統計データをみると、20代までの死亡率は0.0%とあるのに対して筆者の年代ではその値が28.7%とある。つまり、孫たちとの致死率の倍率の乖離はつまり無限大。
 畢竟、COVID-19ウィルスの暗躍を許す社会である限り、免疫形成に確実な「ワクチン」かはたまた薬効著しい「治療薬」の両者又は片方が出現しない限り、孫たちと老人が安全に交流することは、「決死の覚悟」をしない限り不可能である。つまり、もはや現代社会では高齢者は少なくとも3割の死を承諾しない限り社会的存在としては原理としてはありえないことになる。三世代同居の家族はいま如何なる覚悟をもって毎日を過ごしているのであろうか?
 と、ここまで考えてくると、パンデミック対策は重要だが、「経済社会」の維持も同等に大切であるという「政治」は、どこに立ち位置を定めて語っているのであろうか?と怒りと共に疑問が湧いてくる。この論理をもって「強力に」推進している安倍政権の勧める「Go Toキャンペーン」なる政策は、これを要するに「高齢者は死ね」とまでは言わなくとも、悪意の有無を問わなければ「慮外」であると結論して間違いではなさそうである。しからば、一昨日の本欄(https://blog.goo.ne.jp/genyoanki/e/64dc281052acfef203ddd88bbd29582e)でも触れた「嘱託殺人」と同種の論理を政権は支持していることにならないか? そういう評価を避けたければ「Go Toキャンペーン」は完全なワクチンが開発・流布されるまで延期します、というのが本当ではないか?
 上に、20代までの致死率は0.0%と書いたが、小数点以下二けた目はゼロではないはずだ。であれば若年者のコロナ死もゼロではない。まして、働き盛りの30代~50代の致死率はそれぞれ0.1、0.5、1.1%と決して低くない。人の命は地球より重いとする「原則」からすれば「経済優先」は人命優先を標榜する「政治」の原理としてはあり得ないのではないか?
 「経済優先」と声高に叫んでいる指導者として世界ではトランプ米大統領、ボルソナロブラジル大統領、モディインド首相、ドゥテルテフィリピン大統領などが挙げられる。何れ劣らぬ歴史の評価には耐えないはずの政治家ばかりである。
 ひるがえって、我らが指導者はどちらに与しているのであろう? このところ彼の姿が見えないのは感染死亡率への恐怖の故なのか? 60代の死亡率4.9%に恐れをなして「家で踊ろう」を決め込んでしまったのか? いまや国民は、船長不在の「さまよえる日本人」ではないか??
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「夜の街」にこだわる人の記憶の深層には何があるのか?

2020年07月29日 06時57分27秒 | 政治
 「東京都内の繁華街の接待を伴う飲食店で新型コロナウイルスの感染拡大が続いていることを受け、小池百合子知事は22日、警視庁本部を訪れて斉藤実・警視総監と面会し、各店の感染対策の徹底に関して協力を要請した。同庁は、風俗営業法に基づく立ち入りの機会に合わせて対策を呼びかけるなどの「声かけ」を想定する」(2020/07/22朝日新聞)
 「風俗営業」とは、「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」の第二条に定義されている「キャバレー,待合い,料理店,カフェー,ナイトクラブ,ダンスホール,照度や広さなどが一定基準以下の喫茶店とバー,麻雀屋,パチンコ屋,その他これらに類する設備を設けて客を接待し,遊興または飲食させる営業,およびスロットマシン,テレビゲーム機などを店舗にそなえて遊戯をさせる営業(ブリタニカ国際大百科事典より)で、都道府県公安委員会の許可を受けなければ営むことができない業種のことである。
 小池百合子東京都知事がCOVID-19ウィルスのクラスター源であると、執拗なまでに陰に陽に口の端に上らせてきたのが実はこの「業種」である。上記記事は、ついに堪え切れなくなってきたか、泣く子も黙る警視総監に知事自身がお目見えして、この「巣窟」への「声かけ」という名の立ち入りを要請(命令)したというのが上記新聞記事である。
 これは、なんだか、湿気にまみれた台所の隅にひそむゴキブリに殺虫剤を撒いて退治しようという雰囲気を感じさせられてあまり好い気分にはなれない記事ではある。
 こういう話を見聞きするたびに、筆者はなぜか?松本清張の名作「砂の器」のストーリーを思い出す。京浜東北線蒲田駅の操車場の列車群の陰で発見された死体の主を探す捜査と犯人と思われる男が犯行前鎌田駅前の飲み屋で使っていたズーズー弁を東北弁と判断して秋田県内を捜査、あわや宮入りかという時、ズーズー弁は島根県の一部にもあるという方言知識から一転犯人に迫っていくハラハラドキドキの長編推理小説。清張作品の中でも「点と線」や「けものみち」「波の塔」・・等々と並んで特に読者は緊張を強いられる作品である。
 石井妙子著「女帝小池百合子」から得た知識と合わせるといよいよ彼女が自らの出自から遠くへ遠くへと遠ざかっていく姿が彷彿としてくる。「砂の器」の主人公、国際的に成功したピアニストがそうであったように?
 小池氏が都知事に就任して最初に世間を森閑とさせる話題を呼んだのは、関東大震災時に起きた不幸な歴史「朝鮮人虐殺」事件の鎮魂のための記念式典に石原都知事ですら寄せた追悼メッセージを送らなくなった最初の都知事となったことであった。彼女の記憶の深層に半島の人々との苛烈な関係の記憶が彼女の人種観を育てていはしないか?
 そして、冒頭の記事である。「夜の街」、そしてそこに「働く人々」への執拗なまでのこだわりを聞くにつけ、小池氏の遠い記憶の中にわだかまる「何か」を探索したくなるのであるが・・・
 「ただ一つだけ、はっきりとしていることがある。彼女は決して下を見なかった、ということだ。怖気づいてしまわぬように。深淵に引き込まれないように。ひたすら上だけを見て、虚と実の世界を行き来している」(石井妙子著「女帝小池百合子」 (文芸春秋社)より)
 彼女の記憶の深層には何があるのだろうか? 彼女が見たくない「下」にも莫大な数の生きた人間がひしめいていることを、はたして彼女は知っているのだろうか??
 

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コロナの後の国づくり 人工知能で考えるしかない?  

2020年07月28日 07時30分59秒 | 政治
 「この国はどこへ コロナの時代に 広井良典・京大教授 AIで未来予想 地方分散へかじ切る時」といささか大袈裟な見出しの記事を毎日新聞が載せていた。
曰く;――「人口の『都市集中型』社会は日本を破局に追い込む恐れがあり、『地方分散型』社会への切り替えが望ましい――。京都大こころの未来研究センター教授(公共政策、科学哲学)の広井良典さん(59)らが3年前、人工知能(AI)を使って日本の将来をシミュレーションしたところ、そんな結論が導き出された」(2020/07/21毎日新聞)。
 「鶏を割くに焉んぞ牛刀を用いん」ということわざがある。「小さなことを処理するために、大人物を引っ張り出したり、大げさな手段を取る必要はないということのたとえ。また、適用の仕方が正しくないことのたとえでも」(「故事ことわざ辞典」)。
 上記記事もその気味がある。「一極集中」の不都合と「地方分散」というソリューションはなにも人工知能を引っ張り出して調べるまでもなかろう。はるか昔、1970年代には「集中から分散へ」がすでに重要な政治的テーマであった。そして、それは「中央省庁の分散」という筋違いの結論でお茶を濁して終わった。
 その一例:――横浜駅と大宮駅を結ぶJR東日本の「京浜東北線」、その終点大宮駅の一つ手前に「埼玉副都心」という名の駅がある。駅に隣接して高層ビルが2棟屹立して立っている。これが地方分散の唯一の「ソリューション」だったのである。何のことは無い東京都心霞が関界隈に集群していた各省庁関東地方局をひとまとめにしてここに移動しただけのこと。一か所に集めた分の利便性は高まったが、機能的には本省等から電車で1時間隔絶されたことの非効率の方がはるかにマイナスとなっていることだろう。
 「分散(Diversity)」という概念を、中央省庁の在京地方局を1時間の遠くに離すことで実現したことにしたというこのいい加減さこそが未だに矛盾が解けず、人工知能を引っ張り出さなくてはソリューションが説得力を持たない原因なのであろう。
ただ人口が集まるだけの一極集中型のカオス都市(=首都圏)、その一方で過疎のために存立の危ぶまれる無数の崩壊都市群(地方)、コロナパンデミックによってついに衰微していくであろう資本主義社会の世界的な崩落の後に生きる国家構造としていかにもこれは脆弱ではないだろうか!
 安倍政権の日本政治は、パンデミックの真っただ中で木っ端のように翻弄され、あげくの果てに「Go Toトラベル」キャンペーンなどというレベルでもたつく程度の能力しかない。まして、この後の国家構造の設計など到底その任に無い。
 となれば、政治家の頭脳では歯が立たず、今さらのように冒頭新聞記事の説くごとく、人工知能に助けてもらうしかないのであろう?
 その答えは分かっている、「分散と多様性!」。そしてそれは1970年代の結論であった。その宿題を実に50年さぼった結果が現代なのである。
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