ICT工夫
全ての自由を奪えても、自由を求める自由だけは奪えない




以前トラックバックをいただいた裏日本ニュースもこのニュースを取り上げていました。「歴史モノには歴史をぶつける正攻法で勝負すべき」というご意見。コメントには「体験型希望」というのもあります。信玄公祭りの時の武田二十四将騎馬行列はまさに体験型であったわけです。笛吹市石和の「川中島の合戦」も一般参加で盛り上がったようです。「風林火山」についてインターネット上で何が語られているか、そんな目配りも必要かも知れません。

2007年08月12日の山梨日日新聞で『風林火山博盛況の陰で…大河ドラマ効果 周辺施設「期待外れ」』とタイトルしていた記事がありました。

4月17日に10万人、5月22日に15万人、6月19日に20万人という順調なペースでした。半年で20万ということで30万人の最終目標は40万人に設定変更されたのです。

この記事には書いてありませんが、関連する甲府市内観光として武田神社の集客も多くなっていると思います。しかし団体客の動線を見ると県庁東のバス乗降場と会場を往復するだけで中心商店街に向かう動きには気が付きません、それはたまに中心街に出かける私の印象にしか過ぎないのですが。

団体バスツアー客の宿泊という点からは山梨は風林火山関係地の中で不利な位置にあるのでは無いかという気がします。最初に山梨からスタートした団体は北杜市の風林火山館を経由して長野方面に向かいそちらで一泊する、逆の場合は山梨が最後日になってそのまま帰宅するという状況だと思います。一泊二日の日程だと風林火山関係だけでは山梨泊まりの必然性が無いのかも知れません。昔の大河ドラマ「武田信玄」との比較は私にはわかりません。

ただ、あの当時より広報手段は格段に変わっていますので、短期ツアーでも宿泊地が他に求められている理由などを調べてみることは必要かと感じます。風林火山をインターネットで追いかけている私ですが、県内発が明らかなブログ、Webページ情報は観光部のサイト、風林火山博公式サイト、北杜の風林火山館を応援するサイトの三つしか見えてきません。

もちろん個人ブログなどで記事になさっているものは多いので、そのブログから風林火山博を知り、山梨観光の「ついでに風林火山博も」訪ねるというケースがあると泊まりは山梨です(^o^)

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