昨年は夏目漱石没後100年、そして今年は生誕150年ということで、朝日新聞が『吾輩は猫である』を連載したり、二松学舎大学と大阪大学、朝日新聞が共同で漱石のアンドロイドを製作したりしています。
その漱石が、京都のカラスについて面白いことを書いています。下鴨神社近くの宿に泊まったときのことを記した随筆『京に着ける夕』の後半部分。
暁(あかつき)は高い欅(けやき)の梢(こずえ)に鳴く烏で再度の夢を破られた。この烏はかあとは鳴かぬ。きゃけえ、くうと曲折して鳴く。への字烏、くの字烏である。加茂の明神がかく鳴かしめて、うき我れをいとど寒がらしめたもうの神意かもしれぬ。
画像はPublic Domain
漱石らしい皮肉まじりの表現ですが、私は京都のカラスが「キャケエ」とか「クウ」とか鳴いたのを聞いたことはありません。3回続けた「鳥の声は世界共通か?」の記事のとおり、擬音語は国によって違うだけでなく、人によっても違うということでしょうか。
もう一つ、この作品の最初の方で漱石は、「東京を立つ時は日本にこんな寒い所があるとは思わなかった」と書いています。京都駅から下鴨神社へ向かう人力車の中で「震えていた」とも書いています。漱石が入洛したのは3月末ですが、“京都の底冷え”を体感したのでしょう。
確かに京都は寒いですが、北海道に比べれば可愛いもんでしょう。先生も北海道を連想したのか、次の1句でこの作品を締めています。
春寒の社頭に鶴を夢みけり
その漱石が、京都のカラスについて面白いことを書いています。下鴨神社近くの宿に泊まったときのことを記した随筆『京に着ける夕』の後半部分。
暁(あかつき)は高い欅(けやき)の梢(こずえ)に鳴く烏で再度の夢を破られた。この烏はかあとは鳴かぬ。きゃけえ、くうと曲折して鳴く。への字烏、くの字烏である。加茂の明神がかく鳴かしめて、うき我れをいとど寒がらしめたもうの神意かもしれぬ。
画像はPublic Domain
漱石らしい皮肉まじりの表現ですが、私は京都のカラスが「キャケエ」とか「クウ」とか鳴いたのを聞いたことはありません。3回続けた「鳥の声は世界共通か?」の記事のとおり、擬音語は国によって違うだけでなく、人によっても違うということでしょうか。
もう一つ、この作品の最初の方で漱石は、「東京を立つ時は日本にこんな寒い所があるとは思わなかった」と書いています。京都駅から下鴨神社へ向かう人力車の中で「震えていた」とも書いています。漱石が入洛したのは3月末ですが、“京都の底冷え”を体感したのでしょう。
確かに京都は寒いですが、北海道に比べれば可愛いもんでしょう。先生も北海道を連想したのか、次の1句でこの作品を締めています。
春寒の社頭に鶴を夢みけり
漱石の俳句は岩波文庫にまとめられていて私も読みましたが、北海道を連想した句もあったんですね、忘れていたというか、今度また読み直してみます。
京都は寒いとよく言われます。
確かに北海道に比べれば、ですが、でも京都は内陸だから札幌の寒さとは少し違うような気もします。
私が修学旅行で行ったのは3月から4月にかけてでしたが、でも寒いという記憶がありません。
嵐山で自転車を借りて乗ったのですが、その時もそれほどではなかったし、そういえば京都にいた2日間は晴れていたような記憶が甦ってきました。
京都はまた行きたいです、というか東京以外で今いちばん行きたい場所です。
鶴が詠まれているので、北海道の寒さを連想したのかな、と思ったのでした。
ある評者は、この句について、当時漱石は朝日新聞社への入社が決まった頃で、夢に出てきた鶴を瑞兆と考えて詠んだのではないかと書いていました。
寒さに対する感覚というのは、人によって違いますね。私は雪国(今は少ないですが昔の丹後は豪雪地帯でした)出身ですが、学生として4年間過ごした東京の方が寒かったです。からっ風というのか、乾燥しているからそう感じるのかも知れません。白い雪が降っている故郷の風景の方が暖かいと感じました。
ギタバさんは東京出身ですが、東京の寒さと札幌の寒さは感じ方が違うでしょうね。
京都の寒さは、多分、京都市内の御苑より北に住んで初めて実感できると思います。御苑の南側が雨でも北側は雪、とよく言われています。
漱石が泊まったのは、その北側に当たる下鴨神社付近なので、寒さを実感したのだと思います。
私は京都市内で暮らしたことがないので「京都の底冷え」は実感していません。