『平家物語』にヌエという妖怪の話が出てきます。
…平安時代末期、御所で毎晩のように不気味な声が響き、恐怖におののいた天皇が病気になったため、弓の達人・源頼政が退治した。その妖怪は、顔が猿、胴体が狸、手足が虎、尾が蛇、そして声は鵺(ぬえ)のようであった…
鵺とはトラツグミのこと。確かに、夜中に「ヒョー、ヒョー」と気味の悪い声で鳴きますし、現在も毎年冬になると京都御苑に数羽がやってきます。
このヌエ伝説には続きがあります。
…都の人々はヌエのたたりを恐れ、死骸を船に乗せて鴨川に流した。その屍が淀川の下流に流れ着くと、周囲の村人はたたりがないようにねんごろに葬り、鵺塚を造って弔った…
その鵺塚が今も残っているというので見てきました。大阪の都島商店街の近くに小さな社が祀ってあり、石碑が建っています。
こういう塚があるということは、ヌエ伝説が根も葉もない作り話ではなく、何か実際の出来事があったということでしょう。
話がトラツグミからドンドン離れますが、面白いことに、大阪港の紋章にこのヌエが採用されています。鵺塚にはその紋章も掲げてありました。
中央の盾を左右から支えている2頭のサポーターがヌエ。紋章学の専門家に依頼して作製したもので、サポーターには怪獣が描かれることが多いため、当初は天狗や河童の案もあったそうですが、大阪にふさわしい怪獣としてヌエが選ばれたそうです。
しかし、実際のトラツグミは、上の動画のように、妖怪とは程遠いかわいい鳥。ツグミ独特のキョトンとした顔つきで、動きも他のツグミよりのろく、同じ場所をウロウロしている愚鈍なヤツです。
私も久しぶりに会っていちだんと好きになりました。かわいい姿と、気味の悪い声、そのギャップが大き過ぎるんですね。
…平安時代末期、御所で毎晩のように不気味な声が響き、恐怖におののいた天皇が病気になったため、弓の達人・源頼政が退治した。その妖怪は、顔が猿、胴体が狸、手足が虎、尾が蛇、そして声は鵺(ぬえ)のようであった…
鵺とはトラツグミのこと。確かに、夜中に「ヒョー、ヒョー」と気味の悪い声で鳴きますし、現在も毎年冬になると京都御苑に数羽がやってきます。
このヌエ伝説には続きがあります。
…都の人々はヌエのたたりを恐れ、死骸を船に乗せて鴨川に流した。その屍が淀川の下流に流れ着くと、周囲の村人はたたりがないようにねんごろに葬り、鵺塚を造って弔った…
その鵺塚が今も残っているというので見てきました。大阪の都島商店街の近くに小さな社が祀ってあり、石碑が建っています。
こういう塚があるということは、ヌエ伝説が根も葉もない作り話ではなく、何か実際の出来事があったということでしょう。
話がトラツグミからドンドン離れますが、面白いことに、大阪港の紋章にこのヌエが採用されています。鵺塚にはその紋章も掲げてありました。
中央の盾を左右から支えている2頭のサポーターがヌエ。紋章学の専門家に依頼して作製したもので、サポーターには怪獣が描かれることが多いため、当初は天狗や河童の案もあったそうですが、大阪にふさわしい怪獣としてヌエが選ばれたそうです。
しかし、実際のトラツグミは、上の動画のように、妖怪とは程遠いかわいい鳥。ツグミ独特のキョトンとした顔つきで、動きも他のツグミよりのろく、同じ場所をウロウロしている愚鈍なヤツです。
私も久しぶりに会っていちだんと好きになりました。かわいい姿と、気味の悪い声、そのギャップが大き過ぎるんですね。
しかしそのような紋章があること自体にちょっと驚きました。
トラツグミはこちらは夏鳥ですが春の渡ってきた直後と秋の渡りの前は割と姿を見ることができますが、それ以外はあまり見られないです。
でも、意外と深い山に行くと真夏でも見られたりします。
一度、エゾライチョウと間違えたことがあります。
と話すと、えっと思われるかもですが、地面近くから一瞬にして飛び立つと意外と分からないです。
というのは鈍い私だけかもしれないけど・・・(笑)。
エゾライチョウと、そう言えば、シルエットが似てますね。
私も久しぶりなんですが、こんなにかわいい鳥だったんですね。ツグミの中では大型ですね。
私もこんな紋章があるなんて驚きました。多分、外国との関係で紋章を作製しないといけないのでしょう。日本の港には基本的にあるのかも知れません。
今の京都でも深山に行けば繁殖してますが、歴史や言い伝えからいろんなことが想像できます。
当時はまだ都の中に林が多くて、繁殖できる環境があったのでしょうね。
ただ、御所で鳴いていたのが実際のトラツグミなのか、別の怪獣の声が単にトラツグミに似ていたという話なのか、よく分かりません。
いずれにしても、こういう古文からいろいろ想像するのは面白いですね。