湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネ学習的就労支援活動・災害ボランティアの実践を書き溜めていきます。

常識に根ざし、常識を穿つ仕事

2007-11-06 08:12:26 | 引きこもり
昨日は町田さん(仮名)宅にお邪魔。当人の話を聞く。この子の論は本当に整然としている。膨らみもあり、関連の分野で生かすことができたら伸びると思う。勿体無い。

地域図書館で借りてきたという書籍の話を聞いていた。この本が好きだという。はじめのうちは、その本の書籍紹介を私は知っているので、背伸びかなと思って聞いていたが、なるほど論拠があるのだ。私はその分野の専門ではない。しかし勘所はわかっているつもりなので、●●●先生のところにいけば君は伸びると言った。これは親御さんと話したときにも伝えて、私の虚言妄想ではないことを理解してもらった。町田さんの話がぽったり熱を帯びたのを感じ取った。さて、いざこざはどこへやら、役割を終えたようで、とりあえず、お暇してきた。家に帰ってメールボックスを開けると、町田さんから、ありがとうとメールが届いた。君の挫折は肥しに転じるような挫折だから、好きなことに今は没頭していいんじゃないかと応答した。私は、天才型ではない裾野の広さを感じたのだった。

帰りに久美堂書店に立ち寄って、「非正規労働の向かう先」鴨 桃代 (著) と 「ケアの本質―生きることの意味」ミルトン・メイヤロフ(著)を購入。

湘南台駅で下車し、藤沢大庭市民図書館に寄ろうとして月曜日であることに気がついた。私のように定休日を持たない仕事をしていると曜日の感覚がにぶくなる。ダイエーで買物をして、辻堂駅行きのバスで帰宅した。バスに乗って爆睡。運転手に起こされる。乗車中に寝ると急ブレーキのとき危険。何回注意しても起きなかったと叱られた。買物袋から長ネギが飛び出しているのを見つけて、急に許してくれた。どう解釈したかがわかり、矮小な眼差しになんとも言葉をなくしてしまった。女性だとこうはなるまい。家事は情けないことではない。たったこれだけのことが伝わるまで何百年かかるのだろうか。

なんとなくまっすぐに帰宅する気が失せて、辻堂駅のデニーズに立ち寄る。町田さんへのメールを書きながら思った。この席のすぐ前に座って、故*君がシニカルな笑いを浮かべながら、職場の効率性と使い捨てのことを吐き捨てるように語っていたのだ。

まもなく彼の誕生日がやってくる。不合理な怒りのような、こみ上げてくる気持ちを解きほぐしながら、彼の感じていた「社会への取り付きようのなさ」を超えるものは、目の前のあなたを知る私(隣人)なのだと念じていた。

町田さんは、「偽りの手」のことを激しく弾劾していた。クレタ人は皆うそつきだとクレタ人が言ったように、私の手は偽りではないと語ることは出来ない。さて証明するものは何かなと窓に目を移して、ふいに飛び込んだ着想に笑ってしまった。「証明は長ネギである…」これかなと。

しかし町田さんのメールにそう書くわけにも行かず、「大人社会は、まんざら捨てたものではないのだよと、書きたいがいまのところ、偉そうな立証はできないからやめておこう」と書いた。*君が見ていたら「何だよ、それ」と笑っていただろう。町田さんの「ありがとう」メールは、その応答だったのだ。

-----

夜間傾聴が始まった。旗の台君(仮名)からだった。滔々と愛犬の話をしていた。彼とは長い付き合いだから、彼にまとわりついていた子犬の登場から死まで知っているので、彼の一言一言が染み入るように感じられた。

作業も終え、一日が終わる。この世界に見通しを持たせるのが私たち支援者の仕事。常識の壁を穿つ仕事なのだと思っている。


夜間傾聴:旗の台君
     +++(初回)

p.s. 地域就労支援PJの企画、Mさんの説得あり。足並みを揃えるところから。

(校正2回目済み)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする