2016/10/03 記
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母の古い友人の癌発症で、手術・薬物治療不可とのことで、その方が病院から自宅に戻され昼間ひとりの生活をしているとの話で、母が見舞いに行きたいと言い出した。
埼玉県の某駅から1時間に2本の路線バスで30分、園芸農家だらけのバス停から歩いて20分。コンビニひとつない集落の一軒がその御宅だった。消化器系の癌なので、食べ物も難しく、母が土産を辻堂駅モールで選んでいる間に、私はカラスの行水を済ませて、辻堂に後から追いかけた。そんなこんなで、先方宅には夕方ついたのだが、お孫さんが留守番しているだけで、当人はいなかった。
廊下で転倒したとかで、命に別状はないが大腿骨骨折?整形外科入院に。今日は面会謝絶とのことで、病院の場所だけ確認して帰ってきた。病院まではタクシー。寝たきりにならなければいいが。原因は犬の散歩をしようとしたとのこと。前にも同じ原因で肋骨を折って入院していた。
後日、私は母の他の友人らを引率して、病院に見舞いをすることになってしまった。とても大船渡行を言い出せる状況ではなくなっている。慌てて持ち帰ってきてしまった土産の粥を粥嫌いの母に食べさせる新たな宿題ができた。途中、横浜改札のビッグイシュー受け取り、母文句の塊となる。
私と母の、介護戦場跡の生活の終章が始まったような気分がしている。深呼吸。母は、早々と寝床に入ってしまった。
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にんにくオリーブ油を効かせた
自家製ボンゴレ・ビアンコと人参サラダ
食事1時間後、ダンピングの様子を見て、初物・種無し柿を食べさせる。
母、完食。一応成功。
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「わーくNo.067」記事最終稿より
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(第5面下段 東日本大震災の中で提案した『わーく』のアイデアより>『要援護者支援者サイン』の提唱(頓挫))
●激甚災害に会った時、安全に避難するための訓練が行われているが、ひとを匿名の人体としてまず捕らえられ、集団力学的なマクロの目で安全を確保する土台の上に、個人差が加味されて防災活動が成り立っている。ところが、匿名の人体という抽象を拒否している身体がある。それは「要援護者」と呼ばれる。外出時は特に集団に紛れ、その集団からも身を守らねばならない人々だ。
●特に聴覚障がい・発達障がい・内臓障がい・網膜症・精神障がいのような見かけではわからない障がいの方々は、集団行動を強要されて非常に危険な状況に陥る。その方々が緊急避難する別の場所が必要ではないかという発想がら、考えられたのがこの「要援護者支援者サイン」だ。勿論身体障がいや高齢・妊産婦の方も利用可能だが、視覚に頼るサインゆえに、視覚障がいの方までフォローすることができなかった。笛も雑踏の中では効果が怪しいのだ。このサインは、支援者と要援護者の集合を、一切の準備機材なしに行える点が特徴だ。航空機の誘導に使う「頭上交差を繰り返す」サインだ。視覚障がいの方は逆に当人の側から赤ハンカチ等を振るサインを出してもらい保護する以外難しいだろう。サイン公認の道が問題。
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<気になる記事>
●「弁護士ずっと被災者のそばに 公設から法人に」(河北新報・陸前高田)
●「宮城)登米市に被災者転居支援センター 県内2カ所目(朝日・宮城版)」
夜間傾聴:臨時休業
(校正1回目済み)