湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネ学習的就労支援活動・災害ボランティアの実践を書き溜めていきます。

6/10綿引幸代さん講演会準備進む/定時通信制高校の/第5回全国LD親の会公開フォーラム

2006-05-26 05:44:00 | 引きこもり
第一回公開講演会をメインタイトルにした通信を書いています。5/17に茅ケ崎市が私達を協働事業の交渉相手であるか、担当課の判断を集約しました。心配です。就労支援活動が1年遅れることになってしまいます。

通信裏面は6月の講演者、綿引幸代さんに期待する課題について書いています。偶数月は会員内の活動のすり合わせのための話し合いです。講演者というより発題者です。ゲストとすると軽すぎ。ヤングジョブスポットよこはまの紹介をお願いしています。茅ケ崎に広義のハンデキャップを持った方の就労相談窓口を開設するために、具体的な論議をします。関心がある方は飛田にご連絡ください。

ここ二日、湘南高校定時制と通信制、茅ヶ崎高校定時制にお邪魔しています。ひとつは連続講演会へのご招待・若手グループの活動作りの相談です。今年度は連続講演会とともに、若手の登場を是非実現したいのです。

28日藤沢市民会館会議室にて「ニートっていうな!」の石川さんを招いてヒューマンスタジオがシンポジウムを開きます。14時から会議室。青少年支援セミナー春夏。いろいろな講演者が来ます。私もほそなかのひとり。鍛錬型の就労研修の根拠の無さは同感。議論はどうなることやら。SOFの掲示板をご覧ください。

SOF学びの掲示板
http://ip.tosp.co.jp/i.asp?i=tobipub2


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神奈川LD・にじの会の岸本さんから、6/11第5回 全国LD親の会公開フォーラム(横浜)のお誘いがありました。参加させていただきます。ご連絡ありがとうございました。

以下はそのお知らせです。


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     第5回 全国LD親の会公開フォーラム

  「発達障害のある人の思春期・青年期を考える」
   -教育・非行・就業・自立の諸問題にどう取組むか-


日 時: 2006年6月11日(日) 10:00 - 17:00(開場 9:30)
会 場:横浜市開港記念会館 講堂 横浜市中区本町1-6
      TEL:045-201-0708
    <交通> JR京浜東北線・根岸線
 関内駅南口から徒歩10分

          横浜市営地下鉄
           関内駅出口1から徒歩10分

          みなとみらい線
 日本大通り駅出口1から徒歩1分

会 費:999円 (LD親の会会員 無料)
定 員:480名

 発達障害者支援法が施行されて1年。教育の分野においては、中央教育審議会より「特別支援教育を推進するための制度の在り方について(答申)」(2005年12月)が公表され、小・中学校における特別支援教育に対する取組は着実に広がっています。しかし、義務教育以降の取組については、重要な課題であると認識しつつも、これからといった状況です。 後期中等教育期、高等教育期は、「学校から社会へ」「子どもから大人へ」と一人一人がライフデザインを考えるうえで非常に大切な時期であり、ニーズも多様化してきます。義務教育終了後、発達障害のある人には、具体的にどのような支援ニーズがあるのか、教育支援、就労支援、地域での生活支援などの観点から、講演、トーク、シンポジウムを行い、思春期・青年期の教育・非行・就業・自立の諸問題にどう取り組めばよいか、当事者の視点も踏まえて、参加者とともに考えていきたいと思います。 多くの方のご来場をお待ちしています。

主 催:全国LD(学習障害)親の会
後 援:文部科学省、厚生労働省、横浜市教育委員会、神奈川県教育委員会、東京都教育委員会、 埼玉県教育委員会、千葉県教育委員会、川崎市教育委員会、さいたま市教育委員会、千葉市教育委員会 認定特定非営利活動法人パイロット日本基金、日本LD学会、日本障害者協議会、 日本障害者リハビリテーション協会、日本発達障害ネットワーク、NPO法人アスペ・エルデの会、 NPO法人エッジ、NPO法人えじそんくらぶ、社団法人日本自閉症協会、NHK厚生文化事業団


<プログラム>
 10:05-10:30
来賓挨拶・解説   瀧本 寛(文部科学省 特別支援教育課 課長)

第1部 講 演
 10:30-11:20
  講演 Ⅰ   特別支援教育、発達障害者支援の現状と課題
         ~教育から就労・自立における諸問題にどう取組むか
          山岡 修 (全国LD親の会 会長)

 11:20-12:10
    講演 Ⅱ  非行化の予防と初期非行への対応
          小栗 正幸 (鳥取少年鑑別所 所長)

 12:10-13:10 (休憩) 

 13:10-14:00
  講演 Ⅲ  発達障害のある人の思春期・青年期の課題
          上野 一彦 (東京学芸大学 教授)

第2部 トーク
   14:00-14:50
 「発達障害者支援法、障害者自立支援法を解剖する」
        解説  大塚 晃  (厚生労働省 障害福祉専門官)
       質問者 氏田 照子 (日本自閉症協会 副会長)
             内藤 孝子 (全国LD親の会 副会長)

第3部 シンポジウム
   15:05-16:35
「発達障害のある人の思春期、青年期を考える
 -具体的事例を中心に‐」
      シンポジスト:新堀 和子  (LD親の会「けやき」)
             瀧田 美紀子 (横浜市立高等養護学校 教諭)   
             志賀 利一 (電機神奈川福祉センター・常務理事)
       指定討論 :上野 一彦  (東京学芸大学 教授)
         司会 :内藤 孝子  (全国LD親の会 副会長)

参加申込方法
■参加ご希望の方は、
   ①住所 ②氏名 ③電話番号 ④所属 ⑤参加人数(3名まで)を
明記の上、往復はがきか、E-mailでお申し込みください。
(締切:5月25日)

    1. 往復はがき送付先
       〒247-0074 神奈川県鎌倉市
城廻775-19 伊藤裕美方  
        全国LD親の会・公開フォーラム申込係
    2.E-mail:
         office-jpald@mbr.nifty.com 
        全国LD親の会・公開フォーラム申込係

*会費(999円)は、当日受付にてお支払いください。
*定員(480名)になり次第、事前受付を締め切らせていただきます。
*LD親の会会員の方は、所属の会経由でお申し込みください。
*電話でのお問い合わせは受付ておりません。
*当日の子どもの保育はありません。

<このフォーラムのご案内については、転載自由です。>


以上

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足跡を刻む書き込みはあてつけか?

2006-05-26 03:13:03 | 引きこもり
昨日早朝、ブログの長時間メインテナンスがありました。そのとき書き込めなかった文書を載せます。私の夜間傾聴オンラインボランティアの中で議論があり、それに関連して書いた公開メールのようなものです。

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 今夜のメール交換(chatは語る内容が浅くなるため使わない。)の中で武居さんの話を伝えたとき意見が出た。武居さんの危惧する「働かなければならない」という脅迫観念(常識)が、ひとを歪にするという発言の背後にある考え方と、「働かないと食べていけない」(現実?)との論の隙間に何かあるんじゃないのというP君の指摘に意を得たりと語ろうとしたら、もう寝ると対話を切られてしまった。だから不完全燃焼のような気分で文を書いている。

 食物は命を支えている。しかし私達の社会では食物は商品として登場する。自然の山海がありそこから採取するものとて、厳密にはそこに所有者がいて、自然なるものが実はかすめ取りになっているという話や、それはものの見方の問題で、地球の上では「商品なんて知らないよ」という社会があるだろうという話が出た。珍しく深まった話だったが、勿論、斜にものを見るまる子さんのような困った人物もいる。(笑)

 まる子さんいわく「働かなければならない」主義の権化は飛田じゃないかという指摘だ。これは少々きつかった。私の文章には、「今日自分が何をしたか」ということが綿々と書き連ねてある。「今日私はこれをやったのだから、お前も働け」と読めるというのだ。その危惧は充分予想していた。

 しかし、まる子さん、それは私が延々何十年いわゆる活動をやってきて、ぷっつりと中断を余儀なくされてきたからという事情があるのだ。話は飛躍するが、田舎に出かけたとき地元の方の語り口に眩暈を感じたことはないか。民宿のおばちゃんが、あたかも近所のひとのように「●坂の☆ちゃんがさ…」とか「一本松の長男さんの嫁さんみたいな…」という家族に語るように語りかける現象がそれ。おばちゃんは、何の不思議も無く語っているのだが、さっぱり私にはわからない。それは小さな地域社会では、お互い承知の共通の情報があって、あえて発言を見直さなくても「あれ」「●坂の☆ちゃん」で話が通じるから、それで語り慣れてきた。よそ者が「あれ」「●坂の☆ちゃん」を知らないということが思いも寄らない。

 何をいいたいかといえば、市民活動も似たところがあって、自分達が所属する組織があるとその中に暗黙の了解がたまっていく。その流儀で外に語って魚の「あなご」みたいにひょいと出た頭は、するりともとの穴にもどってしまうんだ。「市民活動は、あなご?」違う。皆、ホームグラウンドを基準に動くから、中間支援者といういわば「流れ者」にとっては、語る言葉が中途のうちに通らなくなる不本意な伝わり方で相手が閉じてしまう空転の事態が起こるんだ。この中間支援者というのは、なりたくてなったわけではなくて、運営19年目に自分の塾を閉じた時点から約10年、他塾・他団体のひとのふんどしで相撲を取っている。流儀が合わなくて相手がいなくて3・4年は活動の失業者として彷徨っていたのだ。主張を持った年配のおっさんはうざいだけで、結局知人の塾の一角で、「学習困難児の学習指導」という自分の活動をつくってきたが、無理に組まされた教員の非協力が、露骨に子どもに反映して破綻。今度はその年に交通事故で2年入院して、根無し草になった実家の湘南に戻ってまた作りなおしをしている。だから、中間支援者というわけのわからない(うそです)仕事をやっているんだ。

 私のやってる道を刻印していかなかったら、足跡は消えてしまう。岩登りのハーケンを打っている感じ。私の記録は、まる子さんと僕を比べて語っているわけではないのだ。無所属の立場ゆえ。

 しかし、書いても私とあなたを結ぶ情報になりえないのは、私とあなたの共同行動の中にその言葉が横たわっていないからだ。あなたの流儀を私は取ることが出来ない。例えば「親だけの会」に支援者が入れないように。でも共通のテーマで行動することは出来る。でもあなたは何者という問いかけがないと、私はあなたのまわりをくるくる回るだけになってしまう。それが中間支援外野の宿命。つなぎ屋の悲哀ってもの。ときに便利屋さんのような気にもなってくるが、新しいことは接点のずれのなかに始まるからあながち無意味な仕事とは思わない。

 組織の中ではルーチンワークは暗黙の了解ですぎていくが、よそ者にはわからない。なんでそんなわかりきったことを聞くのってこと、あるでしょう。その暗黙の了解で言葉にしない部分を取り上げているから、なおさら「うざい」わけ。まる子さん、聞かなきゃよかったって思ってるでしょう?信不信の所属の棚から私は降りているから、話が元の木阿弥になってしまうような構造を、意識しているから、悪あがきかな。ひたすら書いていくのですよ。

 リルケっておっさんが、「ゆうげの窓の明かりを見つめていたら、窓がぴたりと閉まった」という内容の詩を書いているんだけれど、「あれ」ね。属していないものの言葉。語る前に閉まる。そればっかり。でもやると決めれば語るでしょう。

 Pさんの隙間の話だって、常識を盾にしてはいけない。納得がいかなかったら世界中を相手にしても語らなければならないでしょう。「敵」とは書いてないですよ、ここポイント。多面的な視座というか、「メタ自我」というか、当たり前に充足せず「鳥瞰の眼差し」を持つことって大事だと思う。

この前、武居さんが話し終えたあと司会のMさんが、武居さんの旧友の顔に戻って、「自分達は民俗学とか文化人類学が好き」と語っていたけれど、この集団の暗黙を浮き上がらせてくれるからだろうなと、勝手に納得していたんだ。それでさえ「こういうもんだ」という物言いは、抑圧となり探りをストップさせるから、私はこの断層を疑い続けるけどね。

(今回は脱線)


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いつものメモ

5/24

湘南高校定時制
湘南高校通信制
茅ヶ崎高校定時制

にお邪魔。進路担当者の方とのアポとり。

懇談会通信No.016 作り

以上

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