昨日までは五月晴れだった空、今朝は薄曇りの夜明けに変わっていた。歩いて出かけようと玄関を出ると、ポツリポツリと雨の挨拶が始まった。雨雲が西から接近している予報が当たる。傘を持ち改めて出かけようとしたときに、淡いピンク色の傘をさした女の子が、隣家のフェンスに向かって「綺麗ね~」と声をかけ「バイバイ」と言いながら背中を見せて遠ざかって行った。
隣は留守のようだが誰と会話していたのだろうとフェンスを見ると、内側に咲いている花の数輪が、フェンスの隙間から覗いている。それは、女の子の声を聞いていたから思いついたことだが、覗いている花は、そばを通りかかる人へ何かを話しかけているように見える。傘に隠れて女の子の顔は見えないが、優しい心根の子どもだろうと思った。
ある寺の掲示板で見かけた格言は「子どもの行為で反省することに気づいたとき親になれる」、こんな言葉だった。それを読んだ時に、子どもの手本になれるのは親であり大人であり社会だと思い、その中で子どもに最も近いところで接する親の責任は特に重大だと思いながら、自分を省みるが忘却の彼方になっている。
花と会話していた子ども、このままで成長してくれることを願いながら見送った。もしかしたら新しい格言が生まれるかもしれないと感じながら。