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加藤典洋『世界をわからないものに育てること』途中

2017年01月23日 21時40分17秒 | 文学
加藤典洋の『世界をわからないものに育てること』(岩波書店)を図書館で借りて読んでいる。
収録されている、島尾敏雄と吉田満の対談『特攻体験と戦後』の文庫解説や、柴崎友香の『わたしがいなかった街で』の書評の初めなどは、百田尚樹の『永遠の0』への、もっと正確に言うなら百田尚樹個人への攻撃だった。『永遠の0』の内容よりは百田尚樹の思想に対して怒っているようだった。
百田尚樹が反戦思想など持っていない人間なのに『永遠の0』のような(僕は読んでいないですが)本を書いたことに加藤典洋は怒っているように見えたのだが、そのようなことは怒られるべきことなのかなと思った。例えば大江健三郎は『セブンティーン』で右翼の少年を主人公にしたが、大江健三郎は右翼の思想家ではない。ドストエフスキーは自分の思想とはまるで違う登場人物を書いたことでポリフォニーと言われてバフチンに褒められたんだと思う。
自分の思ってもいないことを小説に書いたからといって責められるのはおかしいと思った。
しかし、これからはそのようなことを赦すべきではない、と加藤は言っているのかもしれない。そのようなことを文学だからと赦してしまっているから世の中は歪んでくるのだと言っているのだとしたら、それはそうかもしれない。

柴崎友香の『わたしがいなかった街で』はとても長く紹介され、興味を惹かれるが、実際読んでみたらそんなにもおもしろくない気がするので読まないでおこうと思った。
ある人物Aが、別のある人物Bから聞いたさらに別のある人物Cの話を、三人称の語りで語るが、その内容に、AがBから聞いたとはとても思えない話が含まれているということがおもしろいのだろうと思った。しかしそれがなぜ3・11につながるのかがこの本を読んだだけでは理解できなかった。

赤坂真理の『東京プリズン』は僕も全くおもしろくなかったので、「おもしろくない」とはっきり言ってもらえて嬉しかった。
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