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加藤典洋のつぶやき

2011年08月29日 23時18分59秒 | 文学
この間書店に行ったときに、加藤典洋の新刊『村上春樹の短編を英語で読む1979~2011』を見つけ、ぱらぱらと立ち読みした。ぱらぱらと立ち読みして全体を把握できるほど短い本ではなかったのでいつか読みたい。しかし、分厚いし値段も高いので躊躇してしまう。
家に帰って加藤典洋について調べていたら、他にも『耳をふさいで、歌を聴く』という音楽評論のような本を出していることを知る。こっちも興味を持った。
加藤典洋は最近よく働いている。
さらに調べていたら加藤典洋がツイッターをやっていることを知って驚く。
加藤典洋はネットが嫌いなのだと思っていた。
いつかどこかで、作家がやっているホームページのようなものを見るのが嫌いだというようなことを書いていたように思うし、ブログもやっていなかった。自身のホームページのようなものもない。
珍しいので加藤典洋のツイッターに注目していきたい。

民主党の代表選挙は予想外の結果だった。
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モーム『マウントドレイゴ卿/パーティの前に』

2011年08月28日 23時29分59秒 | 文学
昨日テレビで「スマステーション」の稲垣吾郎の映画紹介コーナー「月イチゴロー」を見ていたら、「こち亀」が一位になっていた。そうか、そうなのか。しょうがない。
ちなみにその他の映画は、上位から順に、
チャン・イーモウ監督「サンザシの樹の下で」
テレンス・マリック監督「ツリー・オブ・ライフ」
ロマン・ポランスキー監督「ゴーストライター」
ミカエル・ハフストローム監督「シャンハイ」
だった。
テレンス・マリックは「シン・レッド・ライン」を見て、この人の映画は二度と見まいと決めているので気にならなかった。「シャンハイ」は菊地凛子と渡辺謙が出ているので見ない。いつになったら僕は渡辺謙と和解できるのだろう。このひとのことを見るたびに嫌いになっていく。
「サンザシの樹の下で」はおもしろそう。
「ゴーストライター」はロマン・ポランスキーということだけで見てみたい。

モームの短編集『マウントドレイゴ卿/パーティの前に』(光文社古典新訳文庫)を読んだ。
「パーティの前に」がおもしろかった。
「雨」は以前別のひとの訳で読んだ時にオチがわかりにくいと思ったが、今回読んでみてもやっぱりわかりにくいと思った。≪マクフェイル医師は息をのんだ。わかったのである。≫と言われても、僕にははっきりとはわからない。
わりとよく人が死ぬ短編集だった。
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テニススクール4回目

2011年08月27日 22時18分15秒 | スポーツ
テニススクール4回目。
今日はすこし感覚がつかめた時があった気がする。こうやってやればよいんだと思える時が来たように思った。
あまりスポーツをきちんとした経験がないので、水泳と比べることしかできないのだが、水泳とテニスを比べると、テニスはボールを使う。そこが違う。(当り前だ。)
水泳は自分の動きだけが問題のスポーツだけれど、テニスはボールの今の位置、ではなく、自分がボールを打つときのボールの位置と、自分の今の位置、ではなく、ボールを打つときの自分の位置が問題になる。今の自分の位置とボールの位置から、未来のボールの位置を、正確にはボールの軌跡を想定し、そこに自分を置くようにいまの自分を動かす、というのがこのスポーツのおもしろさなのだなあと思った。いまの自分とボールを鳥瞰的にとらえ、未来の自分の位置を先取りして想定するというのが、水泳とは違うところだと思う。
今日はラケットを購入した。何をどのようにすればよいのかわからないので店員の言いなりでガットや持ち手のテープを張ることにした。
ああいう、道具の何をどうする、という話になると途端に興味が持てない。自動車のマフラーがどうとかオイルがどうとか、ブルーレイディスクレコーダー(つい最近購入)のメーカーはどこがいいとか、パソコンのメモリの話とか、とことん興味が持てない。どうにでもしてくれ、という気分になる。どうせそれ一個だけ買うんだから(今回購入しなかった)他のものと比べることなんかできんだろ、と思ってしまう。
テニスについては、とても楽しくなってきているように思う。
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試験の結果、モーム、マン

2011年08月16日 12時03分05秒 | 文学
一応書いておくと、データベーススペシャリスト試験の結果は不合格だった。
悔しい。
もう試験を受けても合格しないのではないかという気がする。まったく違う分野の試験を受けてみるべきではないか。野菜ソムリエとかワインアドバイザーとか。

光文社古典新訳文庫のモームの短編集(『マウントドレイゴ卿/パーティの前に』)の最初の二つの短編を読んだがどちらも岩波文庫の短編集で読んだことのあるものだった。なぜ、すでに訳されているものがあるのに(しかも最近)、それをまた訳そうとするのだろう。読んだことのないものが読みたい。
光文社古典新訳文庫といえば、トーマス・マンの『詐欺師フェーリクス・クルルの告白』はおもしろそうなので下巻が出たら読んでみよう。
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テニスボーイの憂鬱

2011年08月14日 19時13分33秒 | スポーツ
テニススクールに通い始めた。土曜日がその二回目だった。
バックハンドがうまく返せない。今日は左腕が痛い。
きちんと返せるようになったら楽しいのだろうなと思う。いまでもわりと楽しい。
いままでは持っていた屋内履きを履いていたのだけれど、テニス専用のシューズを今日購入した。新しいスポーツを始めようとするとお金がかかる。
慣れてきたらラケットも買おうかという気になるかもしれないけれど、いまのところスクールで借りるラケットで充分だと思う。
気分を盛り上げようかと思い、村上龍の『テニスボーイの憂鬱』を読もうかと思ったのだが、幻冬舎文庫版は絶版のようだ。『テニスボーイの憂鬱』は昔読んだときものすごくおもしろくて、当時は上下二冊の集英社文庫版で読んだのだが、そのあと一冊になった幻冬舎文庫版が出て、「次に読むときはこっちを買おう」と思っていたのに、いざ読もうとしたら絶版になっている。月日は移り変わってゆくのだなと感じる。しかたがないから集英社文庫版で読もうか。
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モーム『お菓子とビール』

2011年08月11日 00時35分20秒 | 文学
モームの『お菓子とビール』(岩波文庫)を読んだ。とってもおもしろかった。
夏目漱石の『こころ』のようでもあり、プルーストの『失われた時を求めて』のようでもあった。
ドリッフィールド夫妻に自転車の乗り方を習うところから始まる、非常識な夫婦との交友はとてもいい話だ。
少しずつ昔の話をしていくところもよい。
ドリッフィールドの先妻のロウジーを、後妻のエイミとアルロイ・キアが貶すのを我慢できなくなって語り手が反論するシーンもよい。
伝記を書こうとしているアルロイ・キアがドリッフィールドの都合の悪いことは書かないようにするのもおもしろい。
とても切なくておもしろい良い小説だった。

エイミがドリッフィールドの部屋を彼が生きていたときのままに保存しているというところがあり(実は彼女は自分の好みに家具を少しずつ変えているのだが)、「生前のままの部屋」というのは、よく聞く話ではあるのだが、それはいったい残された人間にとってどういう意味があるのだろうかと考えた。
考えたが答えは出ないので保留にしておく。
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ニーチェ『ツァラトゥストラ』

2011年08月10日 21時13分09秒 | 文学

ニーチェ『ツァラトゥストラ』(光文社古典新訳文庫)をやっと読んだ。いつから読んでいたんだろう。
やはりほんとうに読みにくい本だと思う。何を言っているのかわからないし、何が行われているのかもよくわからない。
たぶん、もう読むことはないであろう。
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内田樹『「おじさん」的思考』

2011年08月06日 11時18分32秒 | 文学
内田樹『「おじさん」的思考』(角川文庫)を読んだ。すっかり忘れていたのだが、この本は単行本で読んでいる。文庫で再読した。
以前読んだときは漱石についての話、師と弟子についての話がよく分からないと感想を書いているのだが、今回読んでみるとそこの部分がおもしろかった。内面のない人間、内面のある人間というものが当時はよく理解できなかったのだろうが、いまはよくわかる。
ひさしぶりに夏目漱石の『こころ』や『門』が読んでみたくなった。

非常に時間がかかっているが、ニーチェの『ツァラトゥストラ』を読んでいる。ぜんぜん意味がわからず、あまり愉しめていない。しかしあまりまとめて読もうとすると、さらにどうでもよくなって読みとばしてしまいそうなので会社の往復の時だけ読んでいる。
もうすぐ読み終える。
最後あたりに王様の二人組が登場し、そういえばこんな場面は、マーク・トウェインの『ハックルベリー・フィンの冒険』にも出てきたなと思い、ひさしぶりに読みたくなった。
ひさしぶりに読みたくなる本が多い。
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