ダブログ宣言!

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ヘミングウェイ『日はまた昇る』

2014年12月31日 02時23分52秒 | 文学
ヘミングウェイ『日はまた昇る』(新潮文庫)読了。
お正月が来るとなかなか本が読めないので、読みかけのこの本を夜更かしして読み終える。
もう一冊丸谷才一の『裏声で歌へ君が代』も読んでいるのだが、あちらは読み終えられるかどうか怪しい。動きがない。
『日はまた昇る』は動きがあり、読みやすい本だと思う。
語り手のジェイクが戦争で性器を失い(はっきりと書いていないのでよくわからないのだがたぶんそういうことなのだろう)、性行為ができなくなっているのだが、ブレットという女性のことがいまでも好きで、でもそうはっきりとは自分の気持ちを書いていなくて、切ない。ブレットがいろいろな男性と関係を持つのをジェイクは「悔しい」とも言わずに見ている。
そういう関係がスペインの闘牛とも重ねられて(そこに登場する去勢牛とも重ねられて)語られる。
ロバート・コーンというユダヤ人の男性が登場し、ブレットに恋をして、辛気くさいのでまわりのみんなから嫌われている姿もきちんと描かれる。
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ヤーロン・ジルバーマン監督『25年目の弦楽四重奏』

2014年12月29日 00時14分41秒 | 映画
ヤーロン・ジルバーマン監督『25年目の弦楽四重奏』を見た。
お休みなのでのんびりと映画を見た。
『オーケストラ!』を見て、映像で演奏を見るというのはおもしろいものだと思い、この映画を借りてきた。クラシック音楽が集中して聞けないのはそこに映像が結ばれないからではないかとも思う。音楽を聴いても、演奏している姿を想像できないのは、意識していないがもしかするとかなり苦痛なのではないか。例えば、歌謡曲を聴くときは音だけ聞いているにしても歌っている人の歌っている姿というのはなんとなく想像できている。しかし、クラシックはほとんど見たことがないのでどういう楽器をどんな位置関係で演奏しているのかよくわからない。最近はYouTubeで演奏を見るようにしている。クラシック音楽を聴くのに、こんなに良い状況はない。インターネットにつながったパソコンさえあればどんな曲でも(たぶん)聞けるし見られる。
で、この映画なのだが、演奏シーンが雑で適当に端折られていてベートーヴェンの作品131がどんな曲なのかよくわからなかったし、興味も持てなかった。ほぼそれだけが目的だったので残念だ。
お話もちょっと雑だなと感じた。第1ヴァイオリンの男は、第2ヴァイオリンのフィリップ・シーモア・ホフマンに「情熱を解き放て」と言われて、フィリップ・シーモア・ホフマンの娘と関係を持つのだが(そのようにしか解釈できない)、そんなことってあるだろうか。では第1ヴァイオリンの25年間の、情熱を克服してきた人生はなんだったんだろうか。アメリカ映画ではどうしても情熱を解放して感情のままに生きることが正しいとされてしまいがちなのだが、僕としてはアラン的に、音楽は情熱を克服するもの、その姿を見せるものであるというところを見せてほしかった。まあ、演奏シーンをきちんと見せてくれるのならこんな不満もなかったんだけど。
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ミヒャエル・ゾーヴァ(画)、那須田淳(文)『魔笛』

2014年12月28日 00時01分03秒 | 文学
図書館で借り、ミヒャエル・ゾーヴァ(画)、那須田淳(文)の『魔笛』(講談社)を読んだ。
これは、絵本? 挿絵の入った本といったほうが近い。文章が多い。とても子どもに読み聞かせられるような本ではない。疲れるだろう。親子共倒れ。
石田衣良の『I LOVE モーツァルト』に出てきて、主人公が敵だと思っていた僧ザラストロの素晴らしい人格に共感する云々というような記述に興味を惹かれて読んでみた。「魔笛」がどのような話なのかわかった。いつかテレビで放送するようなことがあれば録画して、見てみたいと思う。物語としては退屈な気がするが、モーツァルトの音楽が入るとまた違うのだろう。
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裏声で歌へ紅白歌合戦!

2014年12月27日 02時11分35秒 | 文学
丸谷才一『裏声で歌へ君が代』を読んでいる。
最初の、「台湾民主共和国」の大統領の演説が結構長くて、こんなものをなんで読まされないといけないのかと思い、もう読むのをやめようかと思ったが、引き続き読んでいると会話が多くまあまあ退屈もしないので読んでいる。会話が脱線し、また元に戻るということを繰り返す。たぶん、そういうことをやるのがこの小説の目的なのだろう。君が代の話も出てきた。日の丸の話も。
すぐに読み終えるかと思ったが、まあまあ長いので時間がかかる。
なぜすぐに読み終えることができると思ったかと言うと、むかし江藤淳の本を読んでいたときにこの本が出てきて、この本が評判でちょっと読んでみようと思ったが本がないので知人の誰かから借りて読み、庭の手入れや編集者との雑談をしながらあっという間に読んでしまった、というふうに書いて馬鹿にしていたからだ。
私は江藤淳のようにすぐには読めない。
しかしいま思えば江藤淳の丸谷才一への攻撃は、丸谷才一の小林秀雄への攻撃への反撃だったのかもな、と思う。仁義なき代理戦争。
昔はやはりこのようなことがあって、活気があった。
『裏声で歌へ君が代』は読んでいると案外おもしろい。
あまり動きがないがこれはジョイス的なのだろうか。ジョイスをきちんと読んだことがないのでよくわからない。

年末で明日からお休み。
今年はいつになく紅白歌合戦に注目している。
中島みゆきと薬師丸ひろ子は見たい。
クリス・ハートが「糸」を歌うときに中島みゆきは登場するのだろうか。一番だけ歌うと思っていたクリス・ハートが歌い終わって舞台を去ろうとすると、曲はまだ続いて、後ろから中島みゆきが登場して二番を歌うという(そしてクリス・ハートびっくりという)、昔コロッケと美川憲一がやっていたような演出をやってくれる、わけはないか。
薬師丸ひろ子は高倉健について語るだろうか。語るだろうなあ。
黒柳徹子は「わたくしが昔ザ・ベストテンという番組をやっていましたころ」の話をするんだろうな。
中森明菜は出る出ないと噂されるが、出るのかな。「まだ決まってない」と言われているが、そんなはずないじゃんと思ってしまう。最近のテレビのぎちぎちの決まりきった演出に慣れてしまって、こういうのが信じられないのが悲しい。
出場歌手は紅組の中島みゆき(2)と白組の井上陽水(初)しか決まってなくて、残り40組くらいはサプライズ、もし決まらなければ陽水とみゆきの歌とおしゃべりでつなぐ、というのであればほんとうにサプライズで、私は風呂にも入らずテレビに釘付けで見てしまうと思う。
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「軍師官兵衛」「ごめんね青春!」最終回

2014年12月24日 23時53分26秒 | テレビ
NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」最終回を見る。
今年はひさしぶりに最初から最後まで大河ドラマを見ることができた。「篤姫」以来か。
官兵衛の天下取り狙いはいったいなんなんだろうか。ほんとうを言うとない方がいいような出来事が歴史では起きていて、ドラマにするときに困る。司馬遼太郎の『播磨灘物語』ではこのへんを描いていなかったように思う。ある人物を一貫した人物に描こうとすれば、いらない出来事というのがある。
しかしそれも、その人物なのだということをよく考えないといけないなと思った。
小林秀雄が講演で、本居宣長の研究についてそんなようなことを語っていた。もう一度聴いてみよう。
来年の大河ドラマはどうしようか。やはり第一話は見てみるか。

ドラマ「ごめんね青春!」も最終回。
難しいテーマのドラマで期待したが、最後はドラマと同じように高校の文化祭のような雰囲気で終わってしまったような気がする。
残念。
もっとギリギリ、ぐいぐい、突き刺さるような感じでやっても良かったのではないか。
最終回が残念だったが、おもしろいドラマだった。
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丸谷才一『持ち重りする薔薇の花』

2014年12月23日 23時06分19秒 | 文学
図書館で借り、丸谷才一『持ち重りする薔薇の花』(文藝春秋『丸谷才一全集 第六巻』所収)読了。
この全集は二段組になってないので読みやすい。また、新しい本なので図書館の本なのにきれいだ。たぶんまだだれも読んでいない。
ひさしぶりに丸谷才一の小説を読んだが、思った以上におもしろかった。なんとなく、丸谷才一の小説というのは内輪の、周辺の人たちが一生懸命褒めて、持ち上げているという印象があり(勝手な思い込みです)、この最後の長編小説も、たいしたことないだろうと高を括っていた。なぜ読んだかというと、最近クラシック音楽に興味があり、なにか参考になることでも書いてあるかと思った、ただそれだけです。
蘊蓄満載で、この小説(というか思えば丸谷才一の小説全般)を名付けるとすれば「蘊蓄小説」なんだけれども、小説としてもなんだか高級な、上品な、あっさりした感じでよかった。暗くてじめじめしていない小説というのは良い。
水村美苗の『本格小説』は、あるひとがあるひとの話を聞いたという話をさらに別のあるひとが聞く、というような話なのだが、そのようなことがこの小説ではしたかったんだろうし、その愉しさはよく伝わると思う。話の内容はクヮルテットのメンバーの内輪話みたいな、そんなに興味を惹かれる話でもないんだけど、語りがおもしろくて最後まで読むことができた。

クラシック音楽について、参考になることはあまりなかった。
弦楽四重奏というのが、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンとヴィオラとチェロで演奏されることを知り、勉強になった。
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ラデュ・ミヘイレアニュ監督『オーケストラ!』

2014年12月23日 01時07分10秒 | 映画
録画していたラデュ・ミヘイレアニュ監督『オーケストラ!』を見た。
フランス映画で、全体的に皮肉な感じでフランス的。ロシア人を徹底的に馬鹿にする。
あまりにくだらなくて途中で見るのをやめようかとも思ったが最後まで見てよかった。
最後の、チャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」のコンサートシーンを見るための映画です。
最初の、音が響かないぎこちない感じが、ヴァイオリンのソロによってぐっと良くなって、気持ちがひとつになる雰囲気がよく出ている(って指揮者になったこともオーケストラで演奏したこともないからわからないのだが、それがわかった気持ちになれる)。
アンヌ・マリー役の女優が美しくて、このひとを見る映画なのだとも思う。
父と娘の話なのだなと思っていたら、最後に裏切られて、それもフランスっぽいのかもしれない。

私は、こんなにいいものならコンサートに行きたくなりました。
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石田衣良『I LOVE モーツァルト』は名著

2014年12月21日 00時27分07秒 | 文学
石田衣良『I LOVE モーツァルト』(幻冬舎)。
クラシック音楽を、とくにモーツァルトを聴きたいと思っていて、しかし何からどういうふうに聴いたらいいのか全く見当がつかないので、やはり手始めに本を読んでみることにする。
いろいろ調べてみるとやはり吉田秀和がもっとも良さそうなのだが、もう少し低いところから、と思い、石田衣良のこの本を図書館で借りてくる。図書館に行くのはほんとうにひさしぶり。足繁く行っていた時期もあったのだが、「図書館で借りた本は結局記憶に残らない」と感じて行くのをやめていた。
石田衣良のこの本はほんとうに求めていた通りの本で、とてもいい本だ。買いたいくらいなのだが、もう売っていないので仕方がない。
CDが付いていたのでこれをしばらく聴くことにする。このCDに入っている曲の解説がとてもすばらしく、初心者にはありがたい。
ついこの間ラジオも聴けるラジカセというかコンポというか、そういう音楽再生機器を買ったのだが、それにはUSBメモリから再生することもできる。
でも、USBメモリに手に入る限りの大量のクラシック音楽を入れて、ずっと流してしまうのはどうなのだろうと思い、CDに焼いて聴くことにする。
やはり74分程度の音楽を繰り返し聴いて、それに飽きたら取り出して別のCDをまた入れて再生するという、愛情のこもった作業が必要なのではないのかと思う。
なんらかの物(この場合はCDという物)への愛情ということが音楽を聴く上でとても重要なとっかかりになる気がしている。
音楽をデジタルなファイルの一つとして認識して、制作者の曲の並べ順などは無視し、ランダムに、あるいは自分の好きな順に聴くことでは、なんだか愛情が育って行かない気が私などはしています。

図書館ではその他、吉田秀和の「名曲のたのしみ」の本、丸谷才一の『持ち重りする薔薇の花』の入った全集(ほんとうは全集じゃなくて単行本で良かったのだが借りられていた)を借りた。
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太田静子『斜陽日記』

2014年12月18日 22時43分05秒 | 文学
太宰治の『斜陽』を読んだのでついでに昔買ったまま読んでいなかった太田静子『斜陽日記』(朝日文庫)を読んだ。僕の持っているものと現在売られているものは表紙が違う。内容も多少違うのかもしれない。解説は小森陽一。
『斜陽』が『斜陽日記』からまるごと書き写されている部分の多いことがよくわかった。
最初の、お母さまのスウプひらりひらりのシーンは『斜陽日記』にはなかった。
直治は太宰の創作であることもわかった。弟はいるのだがこんな太宰治的な人物ではない。
上原も登場しない。上原は太宰治のことなのだが、『斜陽日記』には登場しない。
それ以外は、印象的な部分はだいたい『斜陽日記』にあった気がする。
火事のときに嫌みを言う近所の女性も登場する。

娘の太田治子の「母の糸巻」を読むと、太田静子の苦労がよくわかる。
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山田洋次監督『遙かなる山の呼び声』

2014年12月16日 22時35分36秒 | 映画
山田洋次監督『遙かなる山の呼び声』。
高倉健の追悼で放送されたものを録画して見た。何年か前に高倉健の映画を続けてみていたときにこの映画も見たかったのだが、僕の行っていたビデオ屋に置いていなくて、見れなかった。今回見ることができた。
高倉健の、短く素早く頭を下げる挨拶を久しぶりに見て涙が出そうになった。やはり高倉健はいい。
1980年というのはついこの間のような気がするのに、世の中はずいぶんと変わってしまったものだと思った。
高倉健が馬に乗るシーンがあり、ここで音楽がかかり、僕たちは倍賞千恵子の目を通して高倉健を見て惚れなければならないのだが、恥ずかしい。80年代ではできていたことがもうできない。
コーヒーに角砂糖を入れて飲むということをほんとうにしなくなった。昔はやっていたのに。犯罪者が人を殺して逃げているというのも、いまよりもリアリティがあった気がする。「人を殺すには殺すなりの理由があったんだ」、「善人がやむをえず殺すのは悪人だ」というようなことをもう僕たちは素直な気持ちで受け入れることができない時代になってしまった。
高倉健が逮捕される前の晩に、夜中に彼がやってきて倍賞千恵子が「家に入って鍵をしめて」と言ったら、高倉健に「いや、馬が死にそうで。馬小屋に来てください」と言われて、泣きながら服を着替える場面は非常に切ない。倍賞千恵子かわいそう。
最後に倍賞千恵子が高倉健に黄緑色のハンカチを渡す。うっかりしていたがあれは「黄色いハンカチ」だった。妻に言われて気づいた。迂闊でした。
いい映画を見ました。
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