ダブログ宣言!

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佐野元春と吉田松陰と、時々、カント

2010年06月29日 20時31分25秒 | 文学
NHK教育の番組「スコラ 坂本龍一 音楽の学校」が終わり、マイケル・サンデルの「ハーバード白熱教室」も終わり、NHK教育で見る番組がなくなったと思っていたら、「スコラ」の時間帯に「佐野元春のザ・ソングライターズ」が始まったので第一回目を見た。以前もやっていたのは知っていたのだが、ゲストに好きな人がいなかったこともあり見ていなかった。今回の桜井和寿の回を見て「とてもおもしろい」と思った。
いつか松任谷由実が登場しないかと期待する。

司馬遼太郎の『世に棲む日日』を読んでいる。
ひさしぶりの歴史小説でおもしろい。吉田松陰もおもしろい。
吉田松陰は脱藩しても元気だ。元気のある人はいい。
それと、柄谷行人の『トランスクリティーク カントとマルクス』も読んでいる。カントとマルクスの両方に興味があるのでちょうどいい本だ。この本は朝日新聞の「ゼロ年代の50冊」の第10位に選ばれていて、読む気があまりなかったのに読んでいるのはそのせいなのだが、半分くらい読んでいるが、いつもの柄谷行人とどこがちがってどうすごいのかは僕にはよくわからない。朝日新聞の書評委員に柄谷行人がいることが微妙に影響しているのかもしれない。まあ、選ばれていなければ読まなかったかもしれないのでそれはいい。予想よりも読みやすくて、カントのことがよくわかる。いい本ではあると思う。

旅の途中で立ち小便をしたあとは走って遅れを取り戻す吉田松陰と、毎日同じ時間に散歩して近所の人に時計代わりとして重宝されたカントは、なんとなく僕には同じ印象だ。
公と私について考えているところも似ている。

今日本屋で、リリー・フランキーの『東京タワー』が文庫になっていたのでしばらく立ち止まる。この本は読むべきだろうか。たしか相当売れたと思うけれど。おもしろいのだろうか。ちょっと分厚いなあ。
と、しばし考えて立ち去った。
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試験結果

2010年06月28日 00時16分56秒 | 勉強
前回も書いたので試験結果について書いておく。
データベーススペシャリスト試験の結果は、
午前Ⅰ 74.80点
午前Ⅱ 76.00点
午後Ⅰ 70点
午後Ⅱ 49点
で、不合格。
60点で合格なので、惜しいと言えば惜しい。しかし、試験は、惜しくても不合格は不合格なのだ。
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邂逅

2010年06月24日 23時19分49秒 | 文学
この間、お昼ごはんを食べた店で、大学のときにお世話になった教授に会った。卒業以来一度も会っていなかった。
話しかけたのだが、向こうはこっちのことをとっさには思い出せず名前を言ってやっと思い出す程度だった。こちらはやや興奮気味だったので、そういうもんなのだなあ、と思った。こちらは非常によく覚えていても向こうはそんなに(あるいは全く)覚えていないということは世の中にはある。
こっちが知っていることは向こうも知っているだろうとなんとなく思ってしまうことがあるが、もちろんそんなことはない。

最近はあまり本を読んでいない。
トルストイの『戦争と平和』は一冊目もまだ読めていない。もう一度最初から読んだ方がいいだろう。
いま読みたい本がない。
読みたい本がないので村上春樹のエッセイとかを読んでいた。読みたい本がなくなると、村上春樹か夏目漱石を読むことにしている。わけじゃないが、なんとなくそういうふうになっている。
今日は本屋に行ったが、何も買わずに帰った。
内田樹の新刊『若者よ、マルクスを読もう』を立ち読みしたが、これは買うほどではないなあと思い、買わずに帰る。内田樹にもマルクスにも興味はあるはずなのだが、食指が動かず。図書館で借りて読むことになると思う。
ジェイン・オースティンの『ノーサンガー・アビー』にも最近興味があるのだが、「また今度にしよう」と思い購入せず。E・H・カーの『歴史とは何か』(岩波新書)の最初に、『ノーサンガー・アビー』からの引用があり、もしかしたらおもしろいのかも、と思ったのがきっかけ。
と、いろいろ読もうかなあ、と思いながら、実際に読むには至らないという状況。

次回の新潮社の雑誌「考える人」は、村上春樹のインタビューかあ。これは是非読もうと思う。
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ふたたびの番組モニター

2010年06月21日 22時21分16秒 | テレビ
去年の10月から半年間NHKの番組モニターをしていた。
全国番組はまだおもしろいのだけれど、地方番組を見て感想を書くのがたいへんで「もうしばらくはやるまい」と思っていたのだけれど、一昨日の夜ひさびさに見たNHKのホームページに、衛星とハイビジョンの番組モニターを募集していて、それならば楽しいかもしれないと思い応募してみた。一昨日の夜に知ったのだが、締め切りは今日までで、しかも番組を見て感想を書いて応募するのだが、選択する番組は昨日の夜の二番組しか残っていなかった。
アメリカ海兵隊かマヤ文明かものすごく迷って、アメリカ海兵隊の番組を見て感想を書き応募した。
募集にギリギリ気付いたというところに運命を感じるので、おそらく採用されるだろう。駄目であってもたいした痛手ではないが、衛星とハイビジョンには興味深い番組が多いので是非やってみたいと思う。
結果は7月の下旬にわかるようだ。

アマゾンからCDが二枚届く。
クラッツ・ブラザーズ&キューバ・パーカッションの『クラシック・ミーツ・キューバ』と、ブライアン・ウィルソンの『ブライアン・ウィルソン』。クラッツ・ブラザーズは映画『コラテラル』で、ブライアン・ウィルソンは村上春樹のエッセイで興味を持った。
CDを買うのはもう何年振りだろう。
最後に買ったのは、たぶん、いや、おそらく、なんだろう。思い出せない。ユーミンのような気がする。
ネットで音楽をダウンロードして買っているからCDを買っていないわけではなく、ただ単にあまり音楽に興味がないから買っていない。音楽にお金を使うのは惜しいと感じてしまう。
ある程度お金を使ってものを買わないと趣味は身に付かないものだと最近よく感じる。レンタルや誰かに借りたりしていたのでは結局音楽好きにはなれない。本も図書館で借りて読んでいるだけでは身に付かないのではないかと思う。
物体をお金を出して購入し、家に持って帰って愛でるという行為が、趣味心を育てるのじゃないかと思う。愛情には対象が必要なのだ。
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よしもとばなな『王国 その1 アンドロメダ・ハイツ』

2010年06月20日 18時23分20秒 | 文学
よしもとばななの『王国 その1 アンドロメダ・ハイツ』(新潮文庫)を読んだ。
なんだかもうよしもとばななは読めないのかもな、と何度も思い、読むのをやめようかと思った。よしもとばななの小説はおもしろいこともあるのだけれど、感じやすい女の子の感じがつらいことも多い。『王国』はいつまで続くシリーズか知らないが最後まで読めないかもしれない。
目の不自由な楓という男の子と、サボテン関連の仕事をしている(?)真一郎という男の子がふたり登場するのだが、あまり区別がつかない。片岡さんというゲイのひとが登場するのだが、このひともいまひとつどういう人かよくわからない。
よしもとばななの小説ってもう少し引っかかるものが何かあったと思うのだが、今回は何もなかった。次回に期待、という気もあまりしない。

ずいぶん前(2007年5月6日)に、イングマール・ベルイマン監督の『ある結婚の風景』と『サラバンド』が見たい、NHK-BSでベルイマン特集をしないかなと書いている。ちょうどいまBSではベルイマンの映画をたくさんやっていて、『ある結婚の風景』と『サラバンド』も録画した。
しかし『ある結婚の風景』と『サラバンド』のどこに興味を持って、見てみたいと思ったのかが全く思い出せない。あとで振り返ったときによくわかるように、どこにどのような興味を持ったのかをきちんと書いておくべきだと反省した。三年前の自分なんて全くの他人みたいなものだ。何を考えているのか理解できない。
『ある結婚の風景』の第一話を昨日見た。表情と台詞で夫婦の微妙な感じ(不穏になったり持ち直したり)をよく描いていて、それなりに面白い。
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『日本文化のかくれた形』感想

2010年06月19日 22時49分29秒 | 文学
『日本文化のかくれた形』(岩波現代文庫)を読んだ。
加藤周一と木下順二と丸山眞男の講演が載っている。
もちろん、このところずっと読んでいる丸山眞男の講演(「原型・古層・執拗低音」)が読みたくて買ったのだが、やはり講演なので読みやすかった。
どんな問題がやってきても「結局カネだろう」という話にしてしまうひとや、なにが来てもセックスの話にしてしまうひと、どんなことがあっても戦争に負けたせいにしてしまうひと、などいろいろというと思うが、丸山眞男の言う「古層」というのはそういう、なにが来ても同じようなふるまいをしてしまうということがあるのであればその型とはどういうものであるか、ということなのだろうと思う。何が来たかは重要ではない。
恐らく僕にもそういうものがあり、どんな本を読んでもどんな映画を見ても、同じようなところに行きついているのかもしれない。そういうことは、何か大きな反省をしようと思うのなら、知らないよりは知った方が良い。
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村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』

2010年06月18日 00時19分34秒 | 文学
村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』(文春文庫)読了。
このところ村上春樹のエッセイを立て続けに読んでいる。
第9章のタイトル「少なくとも最後まで歩かなかった」をもじって言えば、少なくとも最後まで走ろうとは思わなかった。マラソンを走るのはたいへんだなあ僕には無理だ、と思った。自転車も無理だ。
水泳はやってもいいかもしれない。
村上春樹のエッセイはいつも、期待したほどではない。期待しすぎなのかもしれない。

村上春樹のエッセイで、あと興味のあるのは『シドニー!』。
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丸山、村上、カント

2010年06月16日 22時17分33秒 | 文学
会社を休んで一日寝ていたら大分調子が良くなった気がする。しかし汗をかいて気持ちが悪い。風呂に入って着替えよう。

『丸山眞男座談7』(岩波書店)を読んでいたら、「普遍的原理の立場」と題された鶴見俊輔との対談で、吉本隆明の丸山眞男批判にこたえる形で、
《過去のなにかを理念化するのがいけないというのなら、いっさいの思想形成自体が不可能になっちゃう。手品師じゃあるまいし、そんな何もないところからパッととり出すオリジナリティなんてものは、にせものにきまってますよ。そういう意味で、わたしがヨーロッパ思想史や文化史からわたしなりに最大に学んできたことをすこしも否定しません。》(112頁)
ということを丸山眞男が言っていて気にいったのでメモしておく。
この本には加藤周一との対談「歴史意識と文化のパターン」も載っている。この対談は「歴史意識の「古層」」の解説として読めて、良い本だ。
よくわからない思想家の本を少しずつ読んで、少しずつ理解していくということも時には大切なことだと思う。

今日は寝すぎて眠れなくなり、しかしテレビもつまらない。しかし丸山眞男を読むほどの体力もないので、村上春樹の『走ることについて語るときに僕の語ること』を読んでいた。
村上春樹って立派だ。
自分で決めて何かを続けるということが僕にはなかなかできない。
そういうことができるひとを見ると立派だと思う。
NHKの「ハーバード白熱教室」を見ていたらマイケル・サンデルがカントについて語っていて、渇きに従って炭酸飲料を飲むことは、カント的な意味では自律とは言えない。自律とは自分で決めた規則に従って生きることだと言っていた。少し私はカントの自律を学ぶべきなんじゃないかと思う。
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マイケル・マン監督『コラテラル』感想

2010年06月14日 23時20分58秒 | 映画
滅多にないのだが、なんだか頭が痛い。少し熱もある。
たぶん丸山眞男を読んでいるせいだ。

そういうわけで丸山眞男はやめて、ソファに寝転がり、録画していたマイケル・マン監督の『コラテラル』を見た。
プロの殺し屋(トム・クルーズ)と、あえて言えばこちらも「プロの」タクシー運転手(ジェイミー・フォックス)の話だった。
毎日を同じように過ごすタクシー運転手が、殺し屋を乗せたことでその習慣を乱されるところを、クラシックとジャズの喩で言われるところがあり、おもしろかった。音楽で言えば、タクシーの車内で流れていた(車内で流れていたわけじゃないかもしれないが、映画なので車内で流れていたように思える)、バッハの「G線上のアリア」が良いように思い、エンドロールを見てみたら、Klazz Brothersとあった。ちょっと注目してみようと思う。
映画は、最初の女性検事を乗せたあたりの車内の雰囲気がとてもよく、こんなタクシーに僕も乗りたいものだと思った、そこが頂点だったように思う。あとは脚本をいろいろいじくりまくった感じのいつものハリウッド映画で、とくに心に残る場面もないけれど、退屈もしない、という映画だった。
殺し屋のトム・クルーズがしつこい。ああいうのはもういいよと思ってしまう。
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丸山眞男『忠誠と反逆』

2010年06月13日 00時40分13秒 | 文学
丸山眞男『忠誠と反逆 転形期日本の精神史的位相』(ちくま学芸文庫)を読んだ。
「近代日本思想史における国家理性の問題」は中華-夷狄という考えで世界を見る見方と、平等な国家観の話で興味は持てた。が、やはり難しかった。国家は平等だという考えは当然だというように思っているが、それはもともとそうだったわけではなく、儒教によって、個々の国家よりも上のものを想定するということを通して日本では出来上がった考え方だというようなことを言っていたのだと思う。自分のまわりが素晴らしく、そこから遠くなるにつれてだんだんと野蛮なものになっていくという華夷思想についてもよく考えてみる必要がある。昔は今とは別の考えがあったのだと考えるのは楽しい。
「歴史意識の「古層」」はこれまで何度か引用されるのを読んだ。加藤典洋の『日本という身体』や木田元の『反哲学入門』や、内田樹の『日本辺境論』でも引用されたかもしれない。やはり難しい。
講演の方がまだ読みやすいが、だんだんと何が言いたいのか、どこに向かおうとしているのかよくわからなくなってくる。
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