辻邦生の『西行花伝』(新潮文庫)を読んでいる。100頁ほど読んだ。
長い小説だが苦にならない。
井上靖の『孔子』と『本覚坊遺文』が大好きなのでこの『西行花伝』も好きにならずにいられない。雰囲気がそっくりだ。
亡くなった師について弟子が回想するという形式がものすごく好きなのだ。思わせぶりな雰囲気もよい。
「二の帖」では霊媒に西行(佐藤義清)の従兄(佐藤憲康)の霊を呼び出してもらうという場面が出てくるのだが、「なぜに本人ではなく、いとこ?」と思った。霊媒に知人を呼び出してもらってその人から話を聞くとはなんと遠回しなことをするのだ。とても不思議だった。
しかしこの「二の帖」では、流鏑馬についての興味深いお話があった。
的を射ぬくことよりも雅であることのほうが大切であるという話で、僕もついこの間テニスは相手に勝つことよりもボールを打つ姿が美しいことのほうが重要なのではないかと考えたことがあったので興味深く読んだ。
このような偶然があることによっても、この本はいま私に読まれるべき本であることがわかる。
長い小説だが苦にならない。
井上靖の『孔子』と『本覚坊遺文』が大好きなのでこの『西行花伝』も好きにならずにいられない。雰囲気がそっくりだ。
亡くなった師について弟子が回想するという形式がものすごく好きなのだ。思わせぶりな雰囲気もよい。
「二の帖」では霊媒に西行(佐藤義清)の従兄(佐藤憲康)の霊を呼び出してもらうという場面が出てくるのだが、「なぜに本人ではなく、いとこ?」と思った。霊媒に知人を呼び出してもらってその人から話を聞くとはなんと遠回しなことをするのだ。とても不思議だった。
しかしこの「二の帖」では、流鏑馬についての興味深いお話があった。
的を射ぬくことよりも雅であることのほうが大切であるという話で、僕もついこの間テニスは相手に勝つことよりもボールを打つ姿が美しいことのほうが重要なのではないかと考えたことがあったので興味深く読んだ。
このような偶然があることによっても、この本はいま私に読まれるべき本であることがわかる。