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『ダークナイト』と『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』

2012年08月13日 22時21分04秒 | 映画
お盆休みなので久しぶりにレンタルして映画を見る。『ダークナイト』と『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』を借りた。
クリストファー・ノーラン監督『ダークナイト』は、いま『ダークナイトライジング』が公開中で、それについて調べていたら前作のほうが評判が良いので見てみることにした。さらに前作(つまり三部作の最初)の『バットマン ビギンズ』は見た記憶はあるのだが、どんな内容だったか思い出せないくらいつまらなかった記憶がある。
『ダークナイト』については、ヒーローは戦うけれども正義に則って戦わねばならず、たとえ悪人でも残酷に卑怯に殺してはならない、という暗黙のルールにとらわれたヒーローがそこを攻められたときにどのようにすればよいのかを考えさせる映画だった。”考えさせる映画”と書いたが、たぶんそのように見るように作られた映画なのだろうと思っただけで、私自身がつよく考えさせられたわけではない。
マイケル・サンデルの本を読んでも感じたが、アメリカというのは正義が何かということを、きちんと、論理的に考えずにはいられないのだなと思った。
クリストファー・ノーランの映画はいつも見る前はとても興味を惹かれるのだが、実際に見ると私には少しだけ長すぎて、少しだけ合わない。
スティーブン・ダルドリー監督『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』は、泣ける映画という評判を聞いていたので用意していたのだが、泣かなかった。
用意していたせいかもしれない。泣きというのは不意に訪れないといけない。
9.11で父親を亡くした少年が、父親の部屋で見つけた鍵に合う鍵穴を、口のきけない老人といっしょに探すという物語で、村上春樹の『海辺のカフカ』ってこんな感じのお話じゃなかったかなと思いながら見ていた。展開も村上春樹的で、結末に大きな解決があるわけではなく、謎は単に物語を前に進めるための一応の建前でしかない。
こういうのはあんまり続くとわくわくもしなくなって、「どうせまたあれでしょ、はぐらかすんでしょ」という気持ちになってしまう。
しかしもしかすると、ほんとうに自分に主人公と同じような経験があって、ずっとわだかまりが残っている場合にこの映画を見ると、癒されるということがあるのかもしれない。
私はそんなふうな感じにはならなかった。
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