破船(吉村昭著)

2017-08-30 00:00:49 | 書評
恐怖小説である。吉村昭のほとんどの小説は、江戸時代以降の歴史上の事実をもとにした作品だ。虚実の比率は2対8といったところだろうか。ただ登場人物が考えることについては記録がないのだから、氏の完全な想像に基づいている。それが定番化されている。

hasen


ところが、本書では、事実なのかそうでないのかが判らないようになっている。時代は江戸時代の中期だろう。場所は不明。海辺の漁村で、隣村まで2日ほども離れたところである。いわば隠された村の秘密。なにかカフカ的だ。

事実、この貧しい村には口外禁止の重大な秘密があった。それは「お船様」と呼ばれている。

いつの頃からなのか秋から冬にかけ海が時化ることが多く、物資を積んだ回漕船が沖合で難破することがある。その時に破船となる遭難船の唯一の助けは、陸であるし、島でもある。

一方で、この村の重要産物が「塩」。海岸で塩水を蒸発させ、何度も火を入れることで生成していく。本来は、そういう作業は昼間に行うものをこの村では夜間に行なうことになっていた。その理由は「お船様」に関係がある。

難破した船は、昼間であれば自分の目で安全確認できるのに夜間は海岸の焚火しか頼りにするものがないわけだ。そして夜の海で遭難船は海岸の火を見て、そこにあるはずの砂浜を目指して必死に操船するわけだ。しかし、その結果、無慈悲にも岩礁だらけの危険な入り江におびき寄せられてしまう。そして、夜明けになると海面に浮かぶのは座礁してしまい完全に動けなくなった難破船とその積荷ということになる。

しかし、よく考えると、その積み荷を村民が山分けするには、問題があるわけだ。そしてその問題を解決する方法は・・。否、そんな筈はない。しかし、そうなのか・・

というようにグルグルと恐怖の予感が高まっていくわけだ。

そして、数年ぶりの獲物(お船様)が村民に大量の米俵を与えるわけだ。

そして翌年、再びお船様が現れるのだが、船にあったものは、天然痘で亡くなった大勢の水夫の死体であった。天然痘は村人に容赦なく襲い掛かり、亡くなったものばかりではなく、病魔に侵されながら必死に生き延びた者に対する健常者からの非情な掟「山追い」という行為により、村から追われ山中で餓死する運命が待っていた。


歴史的事実というよりも、能登半島に伝わる伝承を、舞台を江戸時代に置きなおして書いた作品らしい。


しかし、今まで読んだ吉村昭作が23作あるが、その中では一番怖い。怖すぎる。映画にするのは、困難だろう。