調理師がいないからではない

2017-08-31 00:00:47 | 市民A
少し前(8月12日)に、時事通信が国土交通省の方針として「船舶料理士」の取得要件緩和の方針を固めたという記事を見た。要旨は国内船舶の船員不足の要因が船舶料理士不足にあるとして、料理士を増やせば船員が増えるという論理なのだが、かなり違和感がある。実際には、たいして難しい資格ではなく、一定の時間内に2種類(和食と洋食)の料理を作れれば(つまりいわゆるコックなら)合格する。

船舶料理士の要件緩和へ=おいしい食事で船員確保―国交省

国土交通省は、国内の港を行き来する内航船の職場の魅力を高める一環として、船内で調理を担う国家資格「船舶料理士」の取得要件を緩和する方針を固めた。

現行では、国家試験に合格した上で船内で最長1年の実務経験が必要だが、同省は年内にも、期間短縮に向けた検討を始める。栄養バランスの優れたおいしい食事を提供する環境を整え、減少する船員の確保を目指す。

船舶料理士の資格取得には(1)国家試験に合格した上で1年(2)調理師や栄養士の資格があれば3カ月―の船内での実務経験が必要。調理師などの資格が既にあり、船内に船舶料理士の「先輩」がいれば、1カ月で取得できる。

国交省によると、2015年度は363人に資格を与えたが、実務経験の期間を短縮して有資格者を増やしたい考えだ。

船員法施行令では、遠洋を航行する1000トン以上の船には、船舶料理士の乗船を義務付けている。しかし内航船にはこの規定がなく、船員が業務の合間に交代で調理するケースが多い。こうした負担が離職要因の一つとされる。

15年10月1日時点で内航海運に携わる船員は2万258人で、06年から約7%減少。50歳以上の船員が半数を超えている。若い担い手が求められる中、同省は就労環境を良くするため、食環境の改善や調理の負担軽減も重要と考えた。


船舶会社に少しいたこともあるので、まずミクロ的な話からすると、職名は司厨長(本当は司厨員だが、船に一人しかいないから自動的に司厨長になる)。

一隻の船員数は船のサイズにより定員が決まっていて、だいたい10人位である。24時間運航するので3班にわかれて、4時間交代で働く。だから、船員は1日2回、計8時間勤務になり、陸上勤務者と同じになる。ところが土曜も日曜も働くので休暇が取れないため、2~3ヵ月連続乗船し、1ヵ月位まとめて休むということになる。この交代要員を考えると、定員の1.3~1.4倍の船員数が必要になる。

乗船中の10人は、交替で仕事をするのだが、司厨長は船内の食事を一人で作らないといけないので、だらだらと一日中忙しい。港に寄港中には、食糧を買いに行かないといけない。栄養のバランスも重要だし、食事の予算管理も必要だ。しかも船員の食事の好みはバラバラである。年齢は20代と60代に二極化して、カロリー優先派と健康食優先派になる。基本的には、船員の生活に刺激を与えるように毎日メニューを大きく変えるのがコツらしい。

それと、勤務の都合上、食堂で船員が一緒に食べることはなく、だいたい一人か二人で食べるので、司厨長は船員の話し相手になることが多い。いつの間に船員の裏情報を全部知っていたりする。もちろん口が堅くないといけないが、そんなことは国家試験では問われない。

以前、海上自衛隊情報を聞いたが、民間の商船よりも過酷なのが潜水艦だそうで、その生活の閉塞感は甚だしい。呉では退役後の潜水艦に陸上で乗れるのだが、とても我慢できない狭さだ。自衛隊でも各船にコックはいるが、腕のいいコックは潜水艦に回ることが多いそうだ。隊員がやめないように細心の苦心をしているそうだ。

民間の場合、各船員には個室があるので(しかも潜水もしないので)、ストレスは潜水艦ほどではないが、といって、コックの腕が悪いと言ったところで改善されるわけでもないので、口に合わなくても我慢して、自室の冷蔵庫に秘蔵する冷凍の刺身を解凍して口直ししたりする。

では、本題の「なぜ船員は不足するのか」ということだが、マクロ的には、一つは、船員に限らず労働者数は不足しているということがある。しかも連続勤務、連続休暇という特殊な勤務形態だ。また、記事に書いているように定員より一人多く乗せる余裕がある船主は半分くらいだ。もっとも、記事のように一般の船員が調理を行うと、過剰時間労働になるのは明らかだ。

それと、実際には船員不足のように感じても、単に船員が退職し、常に採用しているので不足のように見えても、人の回転が速いだけなのかもしれない。その背景には、船員の身分は国家が資格を認定する(船員手帳)ので、手帳を持っていれば他の会社に簡単に転職できるからなのだ。