青べか物語(山本周五郎著)

2021-09-12 00:00:36 | 書評
昭和36年(1961年)に出版された短編小説集。31の短編からなる。その中のある一篇を読みたいので購入(山本周五郎作品を読んだことはなかった)。後で調べたら青空文庫で無料で読めるので、知っていたら文庫本13ページ分だけ読んでいたかもしれない。



主人公の「私」は、売れない新進作家で東京に住むのに飽き、根戸川下流の浦粕という漁業と石灰工場の町に逃げ出している。貧しく素朴であり、また狡猾でもある地元の人たちとの交流を、溶け込んだり、傍観者的だったり、被害者的だったり、さまざまな立場になり書き綴っていく。題名の「青べか」は引っ越し直後に無理やり売りつけられたボロい川舟の俗称で、要するに現代で言えば20年落ちの原付バイクのようなものだ。主人公の私は、遠くへ行くときはこの舟を出して、釣りをしたり読書をしたり離れた場所から貧乏な町を観察したりする。

実際、新活字で文字が大きくなり、350ページ程度なのだが、読み進むのにかなり時間が必要だった。戦前の貧しい町の話って、要するに貧乏で不公平という社会だったわけで、それを書く「私」も売れなくて東京脱出した作家という貧乏人。悲しい話がたくさん続くので、元気がモリモリ湧いてきたりはできないわけだ。

そして、「私」は1年ほど我慢したが、何もかもそのまま置き去りにして、歩いて町を去るのだが、歩いて駅に向かったのだろうかとか色々と推測したのだが、後で調べるとわかったが、「私」が潜んでいた浦粕は実際には浦安だそうだ。ディズニーランドの北側にある東西線の浦安駅周辺だ。江戸川をはさんで東京都だ。もちろん当時は東西線も京葉線も存在しない。川岸を上って橋を渡ったのだろう。


本作は小説なので、作家の私小説ではないものの、かなりは実話をもとにしているそうだ。実際に住んでいたのは1928年、作者25歳の時だそうで、そのあと作家として苦心惨憺(直木賞を辞退したのがいけなかったのかもしれないが)。売れ出したのは50代になって。「樅ノ木は残った」「赤ひげ診療譚」で一流作家として認められた後、31年前の経験をメモや記憶を頼りに本作が書かれている。

新潮文庫には作家の作品が50冊ほど揃っているのだが、代表作をいくつか読んでみようかとも思うが、今年はやめておく。

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