姫君を喰う話(宇能鴻一郎著)

2022-03-01 00:19:05 | 書評
官能小説で有名な著者の芥川賞受賞作『鯨神』を含む6作の短編集。

1960年から1970年にかけての10年間に書かれた小説で、「わたし、〇〇なんです。」で始まる官能小説群ではない。素材としては、どの作品も全編怪しさが漂うストーリーと表現なのだが、登場人物を人間として描こうとしていることが良くわかる。そして、非常にストーリーにこだわる。



ストーリーにこだわるのは、文学ではないというのは第二次大戦後の欧州の作家たちで、日本の作家も多くは影響を受けているが(庄野潤三とか)宇能氏は相当凝ったストーリーを組み立てる。

鯨神は、クジラハンターと巨大クジラの戦いなのだから「白鯨」の模倣ではないかと思われそうだが、実はクジラハンターの先祖からの生い立ちや、日本的しきたりとか大きなストーリーが流れていて、白鯨とは全く違う。

「姫君を喰う話」も妖怪が姫君をバリバリ食べるような話ではなく、怖いながらもありそうな話である。

実は、「鯨神」と「花魁小桜の足」の二作は舞台が長崎であり。「鯨神」の舞台は長崎県の和田浦という捕鯨の町とされる。実際には長崎では捕鯨が行われているが、和田浦という場所はない。逆に千葉県の和田浦は捕鯨の町だ。長崎と和田浦をくっつけたわけだ。

本書を読み始めたのは、羽田から長崎に向かう機内だったので、実は驚いた。読み終わったのも帰りの機内だ。旅行に行った場所は捕鯨の町だったし、長崎のオランダ商館での日通いの花魁はキリシタンを棄教しようかと思案するのだが、いわゆる出島地区にも行っていたので、何か稀運を感じる。