晩年(太宰治著)

2021-10-27 00:00:52 | 書評
太宰治が好きな読者もいるが嫌いな読者もいる。おそらく「斜陽」「人間失格」のどちらかを読んだ結果なのだろう。私にとっては、好きでもあり嫌いでもある作家だ。時々、読んでみたいのは、なぜかデタラメ人生を究めたような作家の文章が読みたくなるからだろうか。



『晩年』は、彼が初めての単行本として昭和11年に砂子屋書房より初版を出している。著者によれば10年間の苦労の結果の作品ということ。実際、短編集の大部分は3~4年前に書いたものということだ。小説を書き始めたころの作品もあり、多くは数年前から雑誌に掲載されたものである。

全15編だが、極端に長短が異なっているのが特徴ともいえる。注意深く読むと、おそらく太宰治そのものの投影のような、だらしない男とか生きるとか死ぬとか、そういう話が登場する短編が長く、完全な登場人物創作型の小説は短い。

その後の作品を見ても、登場人物を作者自身が本の中に突き放すのが苦手だったのだろう。あるいは、時代的に戦争前後の余裕のない社会では、こういう作家しか評価されなかったのか。逆に同時代の中島敦は自己を書くのが下手で、登場人物が作家を引っ張っていくようなところがある。

今回、新潮文庫で読んだのだが、少し余談がある。新潮文庫に太宰作で最初に登場したのが『晩年』だったそうだ。昭和22年。ところが同時進行中の太宰治全集(八雲書店)の第一刊は、当然ながら最初の単行本である『晩年』になっていた。慌てた太宰は新潮社を優先して、全集の二刊目『虚構の彷徨』から発売するように変更させてしまった。

ところが、その結果、次の配本に回された八雲書店の『晩年』を太宰は手にすることができなかったわけだ。その前に、人生何回か目の自殺決行に不幸にして成功してしまったからだ。

これも余談だが、『晩年』を出版した砂子屋書房だが、経営に行き詰ってしまった。現在も砂子屋書房があるが、前身を引き継いだそうだ。詩集などの美しい製本に特徴がある出版社である。数年前に詩人で大学教授だった原子朗氏の葬儀の際、受付会計係を賜ったのだが、大手出版社をはるかに凌駕する重量感のある袋を頂いたことを思い出した。